第20話★君と私とロバと…… パート1




何とか全科目赤点を免れた私は、期末テストお疲れ会と称して、ネズミーランドへ遊びに来ていた。


期末テストお疲れ会なんて言っているけど、実際にはひぃくんとのデートだったりする。


「はい、花音。あーん」


普段ならお行儀が悪いと怒られてしまう食べ歩きも、ネズミーランドでは当たり前。

なんて素晴らしい場所なんだろう。


私はニッコリと微笑むと、ひぃくんから差し出された棒状のドーナツにカプッと食いついた。


「んーっ!美味しぃーっ!」

「良かったねー。花音可愛いー」


ニコニコと微笑む私を見て、フニャッと笑うひぃくん。


あぁ……何だかとっても幸せ。


「ーーおい」


ーーー?!


いきなり背後から割り込んできたお兄ちゃん。


「くっつきすぎだろ」


そう言ってギロリとひぃくんを睨みつける。


何でお兄ちゃんがいるのよ……。


何故か勝手に付いてきたお兄ちゃん。

さっきからずっとこの調子で、正直面倒臭い。


「……もうっ! 何でお兄ちゃん付いて来たの?! さっきからうるさいよっ!」


頬を膨らませて文句を言うと、ギロリと私を見たお兄ちゃん。


……ひっ!

い、言いすぎた?!


「お前を狼から守る為だよ」


……?

狼なんて何処にいるのよ。


「お兄ちゃん、狼なんていないよ」


私はそう言うと呆れた顔でお兄ちゃんを見た。


狼なんているわけないのに。

……ここはネズミーランドだよ?


「お前がそんなんだから心配なんだよ」

「心配しすぎだよ。ネズミーランドに狼なんているわけないから」


お兄ちゃん頭いいくせにそんなのも知らないの?

私は呆れて小さく溜息を吐く。


チラリと横を見ると、お兄ちゃんに付き合わされて来た彩奈が目に入る。


何か本当にごめん……彩奈。


「狼は響だよ……」


お兄ちゃんの声に視線を戻すと、呆れた様に私を見て溜息を吐いた。


「……ひぃくんは王子様だよ」


まぁ……中身はちょっと変だけど……。

狼になんて似ていない。


「……お前そんなんじゃすぐ響に食われるぞ」

「は……?」


いくらひぃくんが変わってるからって、人なんか食べないよ。

……失礼しちゃう。


人喰いは鬼の方だよ。


「それはお兄ちゃんでしょ!」

「はっ?!」

「人喰い鬼っ!」


お兄ちゃんに悪態を吐いた私は、サッとひぃくんの後ろへ隠れる。


そんな私を見て、クスクスと笑うひぃくん。

……どこが狼に見えるって言うのよ。


こんなに優しい顔してるじゃない。


「……お前は全然わかってないよ」


そう言って呆れた顔をするお兄ちゃん。


あれ?

怒らないの?


実はビクビクしていた私。

安心すると、ひぃくんが握っているドーナツに目がいく。


「食べるー?」


私の視線に気付いたひぃくんが、ニッコリと微笑んでドーナツを差し出す。


「うんっ!」


私は瞳を輝かせて返事をすると、目の前に差し出されたドーナツにパクリと食いついた。


「……お前が呑気すぎて心配だよ、俺は……」


私を見て溜息混じりにそう言ったお兄ちゃん。


呑気なのは私じゃなくてひぃくんだよ。

……お兄ちゃんて何て失礼なの。


失礼だと怒りながら、ひぃくんに対して失礼な事を思う私。


差し出されたドーナツをパクパクと食べる私の横で、お兄ちゃんはずっと呆れた顔をして私を見ていたーー。




※※※




今にもスキップし出しそうな勢いで歩いている私は、携帯画面を眺めてニコニコと微笑んだ。


そこには、プリンセスの隣で満面の笑顔を見せる自分の姿が映し出されている。


「良かったねー、花音」

「うんっ!」


ひぃくんに向けて笑顔で頷くと、再び携帯へと視線を移す私。


さっきはプリンセスに会えて本当に良かった。

……待ち受けにしようかな。


そう思った私は、ニコニコしながら携帯を操作する。


「あっ……」


隣を歩くひぃくんが小さな声を漏らすと、突然その場で足を止めた。


何処かを見つめたまま立ち止まるひぃくん。

不思議に思って見つめていると、私へ視線を移したひぃくんがニッコリと微笑んだ。


「花音、お姫様になれるよー」

「……えっ?! 本当?!」


……お姫様になれるって何?!

どういう事?!


ひぃくんが放った言葉の意味はわからなかったものの、私は期待にキラキラと瞳を輝かせる。


「うん。こっちだよー」


フニャッと笑ったひぃくんは、私の手を取るとそのまま歩き出した。


……?

何処に行くのかな。


ニコニコと微笑むひぃくんの横顔を見つめながら、黙って付いて行く私。


「……ほら、あれだよー」


目の前を指差したひぃくんは、私を見てニッコリと微笑んだ。


ひぃくんの指差す方向を辿ってみると、そこにはキッズコーナーが……。


「……ひぃくん、ここキッズコーナーだよ?」


本当にここでお姫様になれるの?


不思議に思いながらひぃくんを見上げると、そんな私を見てニッコリと微笑むひぃくん。


「うん。花音はお姫様で、俺は白馬に乗った王子様だよ」

「……え?」


ニコニコと微笑みながら、再び目の前を指差すひぃくん。


ひぃくんが白馬に乗った王子様……?


それは勿論嬉しいけど、目の前のキッズコーナーにはそれらしきアトラクションは見当たらない。

何を言ってるの……?


「……ひぃくん、何の事を言ってるの?」

「んー?あれだよ、ほら。馬がいるでしょ?」


ニッコリと微笑んで指を差すひぃくんを辿ってみても、そこには馬なんて見当たらない。


「……馬なんかいないよ?」

「いるよー、ほら」


ひぃくんはフニャッと笑ってそう言うと、私を引き寄せて自分の目の前へ立たせた。


「ね?ほら、あそこ」


腰を屈めて耳元で囁くひぃくん。


ひぃくんの指差す方向に見えるのは、ゆっくりと進むパンダの上に乗った小さな男の子の姿。


あれは……

確か、電動で動くメロディペットというやつ。


「パンダ……?」

「違うよ、その隣」


ひぃくんの言葉に視線を横に移すと、更にもう一台のメロディペットが……。


え……まさか……。

嫌な予感に、思わず顔が引きつる。


「あれに乗ればお姫様になれるよー」

「ひぃくん……」


……やっぱり。

ひぃくん、私あんなの乗れないよ……。


私は顔を引きつらせたまま後ろを振り返ると、ひぃくんに向けて口を開いた。


「ひぃくん、私あれには乗れないよ……」

「どうして? お姫様になれるよー?」

「あれ……子供用だし……」


大体……あれはどう見ても馬じゃない。

ロバだよ、ひぃくん……。


「大丈夫だよー、花音は可愛いから」


私を見てニッコリと微笑むひぃくん。


……いや、意味がわかりません。


「お馬さんに乗って一緒に写真撮ろうねー」


そう言ってフニャッと笑うと、私の手を握って歩き出したひぃくん。


ーーー?!


私は慌てて足を止めると、真っ青な顔をして口を開いた。


「ひ、ひぃくん!! あれは馬じゃないよ?!」

「馬だよ?」

「……ロバだよっ!!!」


思わず目を見開いて大声を出す私。


一体どんな視力してるのよ……。

どう見てもあれはロバだよ、ひぃくん。

あんなの私乗れないよ……。


「え……? 馬だよ、ねぇ?」


私の言葉に不思議そうな顔をしたひぃくんは、そう言うとお兄ちゃん達を見た。







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