♡第二章♡
第16話★君は変な王子様 パート1
「おい、ひっつきすぎだろ」
お兄ちゃんはそう言うと、ひぃくんの首根っこを掴んで私から引き離す。
新学期が始まり、もう気付けば九月に入ってしまった。
時間の流れとは早いものだ……。
一人しみじみとそんな事を考えいると、お兄ちゃんから逃げてきたひぃくんが再び私の後ろへ座った。
後ろから私を抱きしめる様に座ったひぃくんは、フォークで唐揚げを突き刺さすと私の目の前へと差し出す。
「はい、あーん」
まるで二人羽織状態。
花火大会の日以来、ひぃくんの愛情表現は激しさを増した。
お兄ちゃんにはまだ言ってないのに……。
これではバレてしまう。
鬼の逆鱗に触れたくなかった私は、お兄ちゃんには内緒にしようと決めていたのだ。
「おい、何なんだよそれ。自分で食べた方が食べやすいだろ」
呆れた顔で溜息を吐くお兄ちゃん。
私だって自分で食べたい。
いくら言っても頑として譲らないひぃくん。
ひぃくんに愛されるのは嬉しい。
そんなの当たり前。だって好きな人だから。
そんなひぃくんを無下にする事もできず、私は毎回顔を引きつらせながら、この地獄の二人羽織に付き合っているのだ。
私は目の前の唐揚げにパクッと食いつくと「ありがとう」と小さく呟く。
「可愛いー」
そう言って私を抱きしめるひぃくん。
「響……刺さってる」
「えー?」
私の頬に突き刺さるフォークを指差して、お兄ちゃんは盛大な溜息を吐いた。
「だからやめろって言ってるのに……。毎回毎回、お前らアホかよ」
私の顔を覗き込んだひぃくんは、私の頬に付いた三つの穴の跡を
「ごめんね、花音。痛かったねー」
「だ、大丈夫だよ、ひぃくん」
ひぃくんの愛情表現は激しい。
……そして、たまに痛い。
私は顔を引きつらせながらも、懸命に笑顔を作ってひぃくんを見たーー。
※※※
私の学校では、もうすぐ二日間に及ぶ学園祭が開催される。
という事で、毎日忙しく過ごしている私。
一週間後に迫った学園祭に、毎日の様に放課後は居残って作業をしている。
それは私のクラスだけではなく、ほとんどの学年、クラスがそうだった。
勿論、お兄ちゃんやひぃくんも。
ひぃくんのクラスでは、中世ヨーロッパをイメージした衣装を着る、中世喫茶というものをやるらしい。
お兄ちゃんのクラスでは何をするのかと聞くと、お兄ちゃんは「教えない」と言って顔を引きつらせていた。
「絶対に来るな」と一言も添えて。
私達のクラスでは、ウサギや猫耳を付けたアニマル喫茶をやるのだけれど……
勝手にウサギに決められてしまった。
本当は猫がやりたかった私。
コスプレ店で借りてきた衣装は、ウサギだけやたらと露出度が高かった。
だから嫌だったのに……。
何故か勝手に決められてしまった。
理由は簡単、小さいサイズしかなかったから。
私しか着れる人がいなかったのだ。
だったらいっそ、ウサギなんて無しにすればいいのに。
お兄ちゃん達に見つかったらどうしよう……。
私は小さく溜息を吐くと、ペンキの付いた筆をダンボールにベチャッと下ろした。
「花音……雑すぎ」
彩奈が溜息を吐きながら私をジロリと見る。
どうせ塗り潰すだけだからいいじゃない……。
「猫にはウサギの気持ちはわからないよ……」
口を尖らせた私は、ベチャベチャとペンキを塗りながら小さく溜息を吐いた。
「いいじゃない、ウサギ。猫よりウサギって感じだし」
「全然良くないよー。何あの水着みたいなやつ……」
泣きそうな顔で訴えると、彩奈は「確かにアレはね……」と同情する顔を見せた。
※※※
いよいよ迎えた学園祭本番。
一日目はなんとかお兄ちゃん達に見つからずに済んだ。
問題は二日目の今日。
一日目と違って、一般客にも開放される今日は、忙しくなる事を予想してシフトが細かくなっていた。
その細かく組まれたシフト割りに、私はとても怯えていた。
細かく休憩はあるものの、昨日の二倍は働く事になる。
つまり、それだけ見られる可能性も上がるという事だった。
私は鏡の前に立った自分の姿を眺め、大きく溜息を吐いた。
「こんなの絶対に見せられない……」
丸い尻尾付きのモコモコとしたショートパンツに、同じ素材で出来たチューブトップ。
頭にはウサギの耳が付いている。
こんなに露出度の高い格好だとは言えなかった私は、お兄ちゃん達には裏方担当だと嘘を付いてしまった。
嘘は付かないと以前お兄ちゃんと約束はしたけど、どうしても言い出せなかったのだ。
バレたら殺される……。
「花音ちゃーん。そろそろ店番出てもらえるー?」
「……は、はーい」
カーテン越しに聞こえてきた声に返事をした私は、コクリと小さく唾を飲み込むと、目の前にあるカーテンを捲った。
その先に見えてきたのは、一般客や他校生の人達で少し混んできた教室。
まだお昼前なのに……。
目の前の光景を見る限りでは、アニマル喫茶はそこそこ人気があるみたいだ。
それは勿論嬉しい事なのだけど、できるだけ人目には触れたくない。
地獄の幕開けの予感に小さく身震いをすると、私は覚悟を決めてカーテンの外に一歩を踏み出したーー。
※※※
「君可愛いねー。この後一緒に遊びに行かない?」
目の前でニッコリと微笑む、他校生らしきチャラそうな男の子。
「あ、あの……ご注文は……?」
「んー。じゃあ、君」
ニコニコと微笑む男の子に、笑顔を引きつらせる私。
店番に出てからというもの、さっきからずっとこんな調子。
誰よりも露出度の高い衣装を着た私は、きっと物凄く軽い女だと思われているに違いない。
「写真撮っていい?」
そう言って携帯を取り出した男の子。
「はーい、撮影は禁止でーす」
男の子が私を撮影しようとした瞬間、携帯をガシッと掴んでそう言った志帆ちゃん。
そのままクルリと私の方を向くと、ニッコリ笑って口を開いた。
「花音ちゃんは、入り口で呼び込みやってきて」
「……えっ?! 呼び込み?! ムリムリムリムリ!」
慌てて手を横に振ると、志帆ちゃんは私の肩に手を置いてニコッと笑う。
「花音ちゃんが立つと人が集まるから。一位目指して頑張ろうね!」
気合い満々の顔でそう告げた志帆ちゃんは、私に看板を持たせるとサッサと教室から閉め出した。
えー……。
突然廊下に出され、呆然と立ち尽くす私。
看板を見ると【美味しいケーキ 食べに来てね】と書かれている。
「ーー花音ちゃん?」
突然聞こえてきた声に振り向くと、そこには斗真くんがいた。
「ウサギ可愛いね」
私の目の前まで来た斗真くんは、そう言うとニッコリと微笑む。
「えっ?! あ……凄く嫌なんだけどね、仕方なくて……」
「何で? 凄く可愛いよ」
ニコニコと微笑みながら、お世辞を言ってくれる斗真くん。
なんて優しいんだろう……。
「昨日行けなかったから、行きたかったんだよね。今空いてるかな?」
「あ、うん。二人なら入れるよ」
斗真くんの横にいる友達にチラリと視線を移すと、私はそう言って教室へと案内をする。
「呼び込み頑張ってね」
「うん、ありがとう」
笑顔で小さく手を振った私は、教室の扉を閉めながら掛け時計をチラリと見た。
……よし、まだ大丈夫。
今日はひぃくんと休憩時間が被る為、一緒にお昼を食べようと誘われている私。
約束の時間まであと三十分。
それを確認すると、なんとか三十分だけ気合いで乗り切ろうと覚悟を決める。
暫く廊下で呼び込みを頑張った私は、背後にある扉から教室を覗いた。
店内は満員状態で、席が空くのを待っている人までいる。
これならもう大丈夫。
時間的な事も考えて、そろそろ教室内に戻ろうと扉に手を掛けた瞬間、後ろから肩をたたかれて呼び止められた。
「ここ今入れますか?」
その声に振り向くと、他校の制服を着た男の子が二人立っていた。
「あ、えっと……今混んでるみたいで……」
私が申し訳なさそうにそう言うと、目の前の男の子は優しく微笑んで口を開いた。
「じゃあ、空くまで待ちます。ウサギ可愛いですね」
「あっ……ありがとうございます」
ペコリと小さくお辞儀をすると、男の子は小さくクスリと笑って看板を指差す。
「ケーキ……お勧めって何ですか?」
「……モンブランが美味しいですよ。お家がケーキ屋さんの子がいて、本当にお店で売ってるケーキなんです」
ニッコリと笑顔でそう答えると、目の前の男の子の顔が急に赤くなりだした。
どうしたんだろう……?
「本当に可愛いですね……」
……え?
ケーキが……?
確かにモンブランの見た目は可愛い。
でも、まだ見てもいないのに。
変わった人だなぁ……。
目の前の男の子をジッと見つめる。
「あ、あの……そんなに見つめないで下さい」
「えっ?! ……あ、ごめんなさい」
私は慌てて男の子から視線を逸らすと、逸らした先で目に入ってきた人物に驚いた。
私の身体からは一気に血の気が引き、顔を引きつらせたままその場で固まる。
私の視線の先には、真っ青な顔をして身体をプルプルと震えさせ、廊下で立ち尽くしたまま私を見つめる……ひぃくんがいた。
「花音……っそんな格好で……そんな格好で……」
ヤ……ヤバイ……。
見つかってしまった……。
どうしよう……どうしよう……。
一人パニックになりながら固まる私。
「そんな格好でっ……! エッチしたいなんて誘うなんてーっ!!」
ーーー?!! ゴンッ!
言葉の衝撃に思わず仰け反った私は、背後の扉に頭を打ち付ける。
……な、なんて?
今……なんて言ったの……ひぃくん……?
ジンジンと痛む後頭部に、クラクラとする頭で一人考える私。
あんなに賑やかだった廊下は一気に静まり返り、私は仰け反ったまま硬直した。
「酷いよっ……!酷いよー花音っ!!」
そう言ってメソメソと泣き出すひぃくん。
廊下に集まった人達は、そんなひぃくんと私を交互に見る。
え……。
何がどうなってるの……。
「私を食べてだなんてっ……!! 俺がいるのにっ!! ……色んな男を誘うなんて酷いよー!!」
ーーー?!!
ひぃくんの放った言葉に、更に真っ青になる私の顔。
そんな事言ってないよ……。
……なんて事言うのよ。
それじゃまるで……
私が浮気女みたいじゃない……。
泣きながら私の腰に飛び付いて来たひぃくん。
その重さに耐えきれず、ズルズルと扉越しに床に崩れてゆく私の身体。
そのままペタリと床にお尻を着けた私は、私にしがみついてボロボロと泣くひぃくんのつむじを見ながら、ただ呆然と考えていた。
……泣きたいのは私だよひぃくん。
チラリと看板に目を移すと、そこには
【美味しいケーキ 食べに来てね】と書かれている。
ーーーガラッ
寄りかかっていた扉が突然開かれ、私はそのままゆっくりと後ろへ倒れた。
仰向け状態で教室内へと倒れ込んだ私の腰には、ひぃくんが泣きながらひっついている。
私の頭上には、驚いた顔をする斗真くんが立っていた。
「花音っ……酷いよー! どうして?! ……私を食べてだなんてっ!! 酷いよーっ!!」
……ケーキだよ。
ケーキだよ……ひぃくん。
お願いだからちゃんと読んで……。
静まり返ってしまった教室と廊下で、聞こえてくるのはひぃくんの泣き声だけ。
私はそんなひぃくんの泣き声を聞きながら、ピクリとも動かずに放心していた。
素肌が剥き出しになっている私のお腹は、ひぃくんの涙と鼻水でシットリとしている。
何でいつもこうなの……。
周りから好奇の視線を集める私は、真っ青な顔をしたまま呆然と天井を見つめたーー。
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