第39話 奇跡(2022-05-03)

その日、世界は驚きに包まれた。


「増えてます!本当に、増えてます!」

生放送を意味する字幕。

そして、カメラの先に映るのは、なんの変哲もない・・・飾り気の無い、ただただ、ごく普通のパン。

だが世界はその、ただのパンに注目していた。

「我々は今、現実に起こった奇跡を目撃しています!」

たった今、そのごく普通のパンが、ふたつに増える瞬間を世界に放映したのだ。



それは、ただの日常。

貧しい、とある家庭の朝の光景。


「俺は、おなかいっぱいだからお前が食べろよ」

見るからに瘦せこけた、一人の男の子。

押し付けたのは、手に持っている、ひとつのなんの変哲も無い、この辺ではよく朝食に食べられるパンだ。

「ううん。私もおなかいっぱいだから。お兄ちゃんこそ、食べないとダメだよ?」

パンを押し付けられたのは、これも痩せこけた一人の女の子。

貧乏な家庭の、痛ましいながらもほほえましい、一幕。

「ごめんね、お母さんがもっと働ければ・・・」

そう口にするのは、これまた痩せこけたお母さん。

ひとつのお皿の上に載せてある、ひとつのパンをめぐっての、こんなやりとり。

いつもなら、妹がパンを、ひとくち、ふたくち齧った後に、

「お兄ちゃん、わたしもうおなかいっぱいだから」

と、兄に押し付ける。

それを痛まし気な表情で母親が見守る。

と、その時に奇跡は起きた。

ぷっくりとパンがふくらんだかと思うと2つに増えたのだ。

「え?」

三人して唖然する中、パンは、また、ぷくりとふくらんだかと思うとそれぞれ2つ、合計4つに増える。

「これなら、ひとりひとつづつ食べられるね」

笑顔でパンを渡す女の子。

久しぶりに、ひとつのパンを分けずに3人で食べた後。

何とは無しに笑顔でいる3人の真ん中で、ぷくりと。

またもや、パンが2つに増えた。


「この、奇跡のパンを寄付すると?」

「はい、是非、皆で分けるようにしてください。世界から飢えが無くなるのは素晴らしい事だと思います」

あの後も増え続けるパンを近所に配った挙句、信心深い母は教会に寄付する事にした。

どんなに食べても、ひとつでも残っていればしばらくすると増えるパン。

そのようなものを、ひとりじめにするのは欲深く、罪深い事だと思ったのだ。

こうして、増えるパンの奇跡は教会によって世界に広められ、くだんの母娘の話は美談として広められる事になった。



だが、彼らは気づかなかったのだ。

奇跡のパンを食べた人の排泄物も、一定時間ごとに倍になっているのを。


下水道で、それらは増え続ける。

そして、今にも人の目に触れようと、溢れかえって待ち構えていたのだ。



――――――




ドラえもんの栗まんじゅうの話。

そういえば、アレ読んだ時、どの時点で「食べた」と判定されるのか、つまりはどのようにすれば倍にならなくなるのか、疑問に思ったっけな。

齧っただけで倍にならなくなるのか、ふたつに割れば倍にならなくなるのか、炭になるまで焼いてやれば倍にならないとか。

それなら別に慌てて宇宙に放り出さなくてもいいような。

全部まとめてつぶしてやるとか。


後から読み返してみると「おかしいな?」というようなのは多い。

この場合、パンが増える時間か。

5分だとすると1時間で4千個余りになるから運ぶにしても相当余裕を持っておかないと船にしても飛行機にしても溢れてしまう。

話を作っている間に、イメージ上で飛行機が墜落したり、船が沈没したりした。

そういうのを感じさせないように語り口とか場面転換とかそういうのをうまく使って違和感を感じさせないようにする、というのを難しく感じる。

その辺は、慣れとか文才なのかな?



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