人喰い魔女の城
瀬川
story
森の奥にあるお城には、絶対行ってはいけないよ。
人喰い魔女に食べられて、二度と帰っては来られないから。
小さい頃から、大人達はそう言って子供を森に近づけさせようとはしなかった。
私達も、それを信じて守ってきたけど。
「ばっかみたい。魔女なんて、そんなのいるわけないんだから」
大きくなるにつれて、それがただ森に近づかせないための嘘だと、みんな何となく察するようになる。
それでも森には、熊や狼などの危険な動物がいるから行こうとは思わなかった。
でも私は今、その森の中を歩いている。
一体どうしてかって?
それは、お母さんと喧嘩をしたからだ。
「なによ。いっつも、ララにばっかり構って。お姉ちゃんらしくなりなさいって、うるさいよ」
お母さんは妹のララが産まれてから、そっちにばっかり可愛がっている。
前はほめてくれた事も、最近は忙しそうにして全く見てくれない。
それは私をものすごくイライラさせて、今日ついに気持ちが爆発してしまった。
「そんなにララが好きなら、ずっと一緒にいればいいよ!」
「リリ! 待ちなさい!」
私は、いつものようララを抱っこしているお母さんに向かって、石を投げると家を出た。
後ろで怒る声は聞こえたけど、追いかけては来なかった。
それが余計に、私の気持ちをみじめにさせる。
だから意地もあって、行ってはいけないと言われている森の中へと入った。
森に入ると、まだ日は昇っている時間のはずなのに、どこか薄暗い。
遠くで聞こえる動物の声も不気味で、すぐに私はここにいることを後悔するけど、引き返そうとは思わなかった。
「いっぱい心配すればいいんだ」
お母さんがララよりも、私に関心をむけるまで。
今日はいつもより、遅い時間になったら帰ろう。
私はそう考えて、更に奥へと歩く。
それから、どれぐらい歩いたんだろう。
足が痛み出していて、私は少し泣いていた。
道に迷った。
そんな、ありきたりな理由で。
どう考えても悪いのは、私。
道しるべを残すことをしないで、真っ直ぐ歩いていれば帰れると思っていた。
でも気がつけば、どうやって進んできたのかも分からない、完全な迷子だった。
「お母さん」
名前を呼んだって、返事なんて無い。
私はその当たり前のことに、ものすごいショックを受けた。
「う、うえええ。お、おかあさんっ」
一度泣いてしまったら、後はもう止まらなかった。
私は誰かが気づいてくれないかと、大声を出す。
それに驚いた鳥が、飛んでいく音が聞こえたけど、構っていられなかった。
帰りたい。
おうちに帰りたい。
考えるのは、それだけ。
そんな私の耳に、その歌声が聞こえたのは泣きすぎて声が枯れてきた時だった。
今までに聞いたことの無いぐらい、とても綺麗な歌。
いつの間にか私は泣くのを忘れるぐらい、その歌に夢中になっていた。
誰が歌っているんだろう?
そして次に気になるのはそれで、私は声が聞こえる方へ自然と足を向けていた。
歌っている人の元へは、驚くぐらい簡単にたどり着くことが出来た。
分かりやすい目印が、あったおかげだ。
それはとても大きくて、綺麗なお城だった。
私は森の奥に、そんなものがあるとは思わず、信じられない気持ちで近づいた。
「とっても、綺麗」
城の周りには、色とりどりの見た事ない花が咲いていて、いい香りが近づくにつれて濃くなる。
私は花に群がる虫の様に、ふらふらと歩きまわる。
そしてそこで、彼女を見つけた。
むしろ、今まで気が付かない方がおかしかったのだ。
だってずっと、花の中で歌っていたのだから。
今まで聞こえて来た歌が、彼女の口から紡がれている。
その様子は、物語で読んだお姫様みたいに私には見えた。
だけど同時に、思い出してもいた。
森の奥に住む、人喰い魔女の話を。
きっと彼女が、そうなんだろう。
でも私は、全く怖く思えない。
歌っている子は、私と同じぐらいの歳の子だった。
胸ぐらいまである銀色の髪は、上から降り注ぐ太陽のおかげでキラキラと輝いていて、編み込んでいる所にリボンが付いていた。
そして真っ白なワンピース。
どう見ても、私と同じ普通の女の子だった。
もしかしたら、あの子はどこかの国のお姫様で、誰かに狙わているから森の中に隠れているのかもしれない。
それがバレない為に、森には人喰い魔女がいるっていう噂を流して、人を遠ざけているのかも。
そうだとしたら、凄い事だ。
私は本物のお姫様に会えたという興奮に、後先考えずに彼女の元へと走った。
「こ、こんにちは!」
「あら、こんにちは。お客様なんて、久しぶり」
その勢いのまま話しかけた私に対して、歌うのを止めた彼女は、驚いた様子も嫌な顔もせずに笑いかけてくれる。
あまりの可愛さに、私は更に興奮する。
「私、リリ。森を抜けた村に住んでいるの。あなたの名前は?」
「私はメル。ここに住んでいるわ」
メル。
彼女の名前を、頭の中で何度も繰り返して覚える。
その様子があまりにも必死だったせいか、彼女はくすくすと可愛らしい声で笑った。
全く嫌な感じの笑い方じゃなかったから、私は怒る事もなく話しかける。
「このお城は、メル以外に誰か住んでいるの?」
「いいえ。私だけ」
人の気配が無いと思っていたけど、まさか本当に誰も住んでいないなんて。
こんな大きなお城に、一人きり。
それは、何て寂しくて悲しい事なんだろう。
私はメルが可哀想になって、その手を握った。
「友達になろうよ! 私、毎日ここに遊びに来るから、一緒にいっぱい遊ぼうよ!」
頭の中では、これからの楽しい生活を想像していた。
メルと友達になったら、ここでたくさん遊べる。
それに仲良くなったら、村にいる他の子に紹介してあげてもいいかもしれない。
こんなにも可愛い子と友達だと知ったら、みんな羨ましがるだろうな。
それだけでも、良い気分になる。
彼女に気づかれないように、私はそんな事も考えていた。
「リリ、そうね。いっぱい遊ぼうか」
メルは、私の手を握り返して綺麗に笑った。
こうしちゃ、いられない。
早く家に帰って、お母さんに教えてあげなきゃ。
森の中に住んでいる魔女は、悪い人じゃない。
むしろ可愛らしい、女の子だったって。
来たばかりだけど、私はここから帰ろうとしていた。
迷子だったけど、メルだったら帰り道も知っているだろうから。きっと帰れるはず。
私は、そう思っていた。
「ここでずっとね」
「い゛ た だ き ま゛ あ゛ す」
メルのその口が、大きく開いて私を飲み込もうとするのを見るまでは。
私の最期は、真っ赤な視界の中で終わった。
そして、一人の少女しか花畑の中にいなくなった。
彼女は満足そうに、口元をぬぐうと小さく呟く。
「ごちそうさま。……一人でこんな所に来た、悪い子さん」
それだけ言うと、また歌を奏でる。
とても綺麗で、人々を魅了する歌声。
でも今は、それを聴くものは誰もいない。
まあその内、また獲物が自分からここにやってくるだろう。
彼女はそれを待ちながら、歌い続ける。
森の中にある城には、行ってはいけない。
そこには、人喰い魔女が住んでいるから。
森の近くにある村での、昔からの言い伝え。
大人はそう言って、子供を森から遠ざける。
でも悲しい事に、たまに言う事のきかない子供は中に入ってしまう。
そして魔女に食べられて、二度と帰っては来ない。
悲しみに暮れる親は少しだけ悲しんで、すぐに気持ちを切り替える。
いなくなった子供は、悪い子だったのだ。
だって入ってはいけない森の中に、行ってしまったのだから。
悪い子は、食べられて当然。
いい子だけが残って、良かったじゃないか。
そう思い、すぐにいなくなった子の事は忘れる。
昔から、そうなのだ。
これからも、ずっとそれが続くだろう。
魔女が森の中にいる限り。
ずっとずっと、永遠に。
人喰い魔女の城 瀬川 @segawa08
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