ソーダの邂逅

りまこ

ソーダの邂逅

美しい夜でした。爛爛と星たちが歌っています。彼女の部屋には大きな窓がありました。床から30㎝ほどのところに大きな桟があり、身長140㎝程の彼女が身を少しばかりかがめるだけで、つづきのバルコニーに出られるほどの大きさです。彼女はその桟に腰かけ、外を見ていました。真っ暗な彼女の部屋の唯一の光源は、その窓から差し込む、クリーム色の、優しくて甘い月の光です。とろけるように部屋を照らします。彼女が窓を開け、星たちの歌に合わせてハミングしていると、星が一つ、カランという音を立てて、バルコニーに落ちてきました。

 桟から腰をあげ、バルコニーに出ました。その星は、こまやかなきらめきを、星の周りからぴゃん、ぴゃんと放ちながらそこにいました。そっと拾い上げ、あまやかな月の光に翳すと、パールのような偏光に光ります。まるで、咽び泣いているようでした。彼女はとても悲しくなりました。優しい彼女は、温かく、ふんわり柔らかい彼女の手で、その星をゆったりと撫でました。星は言葉こそ発せられませんが、りゃんりゃんりゅんりゅん、鈴の音のような、清涼な音で彼女に伝えました。「ぼくは、あなたに恋をしました。」


 てろんとした月の光に、きりりと反射する、透明な、宝石のように美しい螺旋階段を、彼女はひたひたと、進んでいきます。足の裏には、冷たい、ガラスのような感触が伝わり、すんとした、清潔な空気を吸い込んだ彼女の細胞は、瑞々しく彼女の中ではじけます。


 部屋のバルコニーで、星はこう続けました。

「だからどうか、来てほしいのです。ぼくはあなたと、お話がしたいのです。」

彼女の目の端に、きらりと反射するものが映りました。それは、いつの間にか現れた螺旋階段でした。「その階段をのぼってきてください。一番高いところで、ぼくはあなたを待っています。優しいあなたを、ずうっと待っていますから。」そう、りゃあんと風鈴のように涼やかに伝えると、一粒の小さな星のきらめきを放ち、星は消えました。


 ひたひたひた、見下ろすと、もう彼女の家も、彼女の住んでいる焼き菓子のような街並みも、何にも見えなくなっていました。そこにあるのは新鮮な闇と、そこで歌うように彼女を歓待する星たちと、包み込むような雲たちでした。

 とうとう階段がなくなり、四畳ほどの、階段と同じ透明なフロアが、そこにはありました。そのフロアの真ん中には、透明の長方形のテーブル、透明の椅子が二脚、テーブルを挟んで対面に座ることができるように置かれ、テーブルの上には、ダイヤモンドのようなまばゆい光を放つ、とてもとても美しいゴブレットが二客、ありました。そして、片方の椅子には、12歳くらいの、蜂蜜のように甘く輝くブロンドの髪の毛の男の子が座っていました。男の子の髪の毛からは、ぴゃん、ぴゃんと、小さな星のかけらが飛んでいます。男の子は彼女に気が付くと、顔を綻ばせながら言いました。「来てくれて、ほんとうによかった。」

 彼女を椅子まで立派にエスコートした男の子は、持ってきたピッチャーから彼女のゴブレットに飲み物を注ぎます。「これはね、とってもきれいな夜空をあつめて作ったサイダーなんだ。ぼくの大好きな飲み物だから、あなたにも飲んでほしいんだ。」飲み物は、しゅわしゅわ弾け、ゴブレットのなかで、グリッターやホログラムのように煌めきました。「一緒に、飲もうね。」男の子は、本当に楽しそうに言いました。

 すっかり飲み終え、男の子は急におおまじめな顔で言います。「あなたは、とても心地のよいハミングをしました。やさしい、おひさまのようなハミングです。ぼくはすっかりあなたのハミングに聴き惚れて、ついにはあなたのお部屋のバルコニーに落下しました。それに加えて、あなたはほんとうにやさしい人です。落ちたとき、ぼくは泣いていたわけではないのです。あなたにあんなに近くで会うことができて、すっかり照れてしまっていたのです。でも、そんなぼくを、泣いていると思って、あなたはぼくをなぐさめてくれた。」男の子は彼女の両手をぎゅうっと握り、彼女の清澄なブラウンの瞳を見つめ、もう一度、「ぼくは、あなたに恋をしました。」そう、ゆっくりと言いまし た。彼女もまた、男の子の手をぎゅうっと握り返しました。

 どのくらいの時間が経ったでしょうか。「もう、帰らなくちゃ。」男の子は泣きだしそうな顔をこらえ、もっと強く、そしてもっと優しく、彼女の手を握ります。「また、絶対に迎えに行きます。だから、絶対にまた、会いにきてください。約束です。」彼女は時間を惜しむように、ゆっくりとうなずきました。二人の目から零れた二粒の雫は、一粒のトパーズとなって、カランと床に落ちました。男の子は、両手で包み込むように彼女にトパーズを握らせます。「素敵な夜をありがとう。」


 彼女がまばたきをすると、バターのような、しっとり柔らかい月明りの、いつもの彼女の部屋にいました。彼女は手の中のトパーズを、月明りに翳します。柔らかな光の中で、それは夢幻に燦然と輝き、彼女の目に星を作りました。あれは、二人にとったら、星の瞬きほどの時間だったかもしれません。それはそれは美しい夜でした。

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ソーダの邂逅 りまこ @rimaco

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