第5話 親友の追及と天使の追及

 エマは私の幼馴染の親友なんだけど、はっきり言ってキツイ。言っていることは正しいんだけど、ぐうの音も出ないくらい叩きのめしてくれたりもする。

 私とリートの馴れ初めを話した時も、かなりけちょんけちょんに言われた。あの時は全く気にしてなかったけど、今思えば酷い言われようだった。


 で、なぜか突然尋ねてきたエマは、リートがリュックに荷物を詰めていたあたりから、ずっと見ていたらしいのだ。家の外で、カーテンの隙間からコソッと。この、口が悪いだけじゃなくて変態かストーカーなんじゃないのか。

 立ち聞きしていたということは、リートの離婚発言に驚いて祖母ちゃんはひっくり返ってしまったって分かっていたのだ。離婚を言いだした原因は分からないにしても。

 なのに、私が祖母ちゃん殺したなんて言っちゃうんだから、エマはドSだ。変態だ。


「あんたたちこそ変態なのに、友だちである私を変態呼ばわりするなんて、いい根性してるよね。で、本気で別れるって言ってんの?」

「そうよ、ほっといて! だいたい、なんで家を覗いてたのよ」

「今日は結婚記念日なんでしょ。あんた二週間も前からバカみたいに浮かれてたじゃない。だからお祝い持ってきてあげたのに、このザマよぉ!」


 エマは、テーブルに置いたバスケットをあごで示して、大げさに肩をすくめた。

 可愛いらしくラッピングしたクッキーが、バスケットいっぱいに詰め込んであった。『このバカ夫婦め。末永く、いちゃついてろ』とメッセージカードがクッキーの山に突き刺さっている。

 エマは優しい娘なんだ。頭もいいし、常識もあるし気遣いもできるいい子なんだ。だけどキツイんだ。ツン過多なんだ。私はもっと素直にデレが欲しい。

 エマの彼氏のカイトは、ツンが堪らなくイイんだデレは月一のご褒美って言ってるから、きっとドMなんだと思う。

 彼女たちは、喧嘩するし趣味もバラバラで別行動ばっかりだし、割とクールなんだけど、仲がいいってことは何故かよく分かるカップルだった。


――まあ、お似合いのカップルよね。数時間前のまでの私とリートには及ばないけど。……あ……虚しくなってきた。


 がっくりと肩を落とす。ホント、ざまぁないなと思う。

 まったくもうとエマは腰に手を当てて、私とリートをギロリに睨んだ。そして、ピピに目を止めた。


「でさ、この子誰? 誘拐してくるくらいだったら、さっさと自分らの子どもつくればいいのに」

「ゆ、誘拐じゃないから!」


 慌てて否定するものの、ピピは実は天使で、なんて言ってしまってもいいのだろうか。返って、胡散臭い目でみられそうだけど。


「ああ……その子はさ、俺の姪っ子で隣村からちょっと遊びに来てるんだ」

――おお、ナイスフォロー! ……い、いや、褒めてるんじゃないからね! ったく、さすがは大ウソつき野郎だわ。


 リートがそう言うと、案の定エマは疑いの眼を向けたのだが、「姪のピピと申しましゅ」と彼女がペコリと頭を下げたので、一応納得したみたいだった。

 愛想良く笑顔を振りまくピピも、なかなかの演技派だ。




 女三人はテーブルにつき、リートは窓際に立って煙草をふかしていた。

 ヤツは普段はほとんど吸わないが、落ち着かない気分の時は、スパスパと絶えず吸い続けてしまう癖がある。だから、灰皿は既に山盛りになっていた。


「でさあ、喧嘩するのは別にいいのよ。普通どんな夫婦だって喧嘩の一つや二つするもんだし、今まで喧嘩したこと無かったっていうのがおかしいんだからさ。これで、あんたたちもやっとまともになったってことで、私は喜ばしいことだと思うよ? でもさ、なんでいきなり離婚って話にまでなんのよ。バカなのは生まれつきだって分かってるけど、バカすぎるでしょ」


 エマの言う事はもっともだと思うけど、これはただの喧嘩ではないのだ。前世での因縁が原因なのだし、解決のしようもないのだ。そして気持ちが離れてしまったんだし、もう別れるしかないのだ。

 だけど、それをどう伝えればいいのか分からなくて、私は黙っていた。

 私の隣に座ったピピは、エマが持ってきてくれたクッキーを静かに食べている。大人の会話は分かりませんといった感じで、ただの幼女のフリをしていた。でも絶対聞き耳を立てているはずだ。


「何、黙ってんのよ。……まあ、なんで喧嘩になったのか言いたくないんならもういいけどさ。とりあえず、あんたたちが離婚した場合、どうなるかははっきりさせとこう。ずばり、祖母ちゃん死ぬよ。ショック死確実なのはさっきので分かったでしょ」

「あ……」

「そう、ニアはお祖母ちゃん殺しになって、天涯孤独の身になる」

「……」


 認めたくはないけど、その通りかもしれない。さっきの祖母ちゃんの様子じゃ、冷静に私たちの離婚を受け入れてくれるとは思えない。


「それから、あんたたちが喧嘩してるって、村中に言いふらしといたから」

「はぁ?」

「……おい、マジか、お前えげつないな」


 振り返ったリートの手から煙草がポトリと落ちた。目玉も落ちるんじゃないかってくらい、見開いてる。

 私も思わず固まってしまった。エマったら、ニターッと笑っちゃって。これは最上級に悪い笑い方だ。なんなの、このドSは。

 私は思わずゴクリと唾を飲みこんだ。


「村の人たち、押しかけてくるかもよ? 村一番のバカップルで有名なあんたたちが、離婚するなんて聞いたらみんな興味津々で聞きにくるよ」

「ちょっと待って! いつの間に!」

「私が一人でここに来たと思ってたの? カイトも一緒に決まってるじゃない。彼、一目散で村の集会所に走っていったわよ」


――ああああ、カイトさんっ! エマにあごで使われてるんじゃないわよー!


「天変地異の前触れだって、村長あたりも卒倒するんだろうなぁ。それにみんなに根ほり葉ほり詮索されて、あること無いこと言われちゃったりさぁ」

「いやぁ! やめてぇ!」


 エマったら、本当にえげつない。私が卒倒したい。

 とにかく別れる、別れればお終い、とさっきまでは思ってたけど、それだけでは済まないってことがじわじわと分かってきた。確かに噂の的になって、場合によっては村に居辛くなるかもしれない。

 それになにより、祖母ちゃんにもしものことがあったらと思うと、考えなしに離婚離婚とは言えなくなってきた。しゅんと肩をすぼめて、私はエマのお説教を聞くばかりだった。


「ニア、早くに両親を亡くしたあんたを、お祖母ちゃんは苦労して育ててくれたよね。今のお祖母ちゃんは、あんたの幸せな顔を見るのが生きがいなんだって分かってるよね。リート、あなただって例え一年でも自分のお祖母ちゃん同様に思って、仲良く暮らしてきたはずでしょ。二人とも、もっと冷静になって考えるべきなんじゃないの」


 返す言葉がない。

 リートも何も反論せず、ムッと口を結んで窓の外を見ている。煙草が無くなってイラついているのか、しきりに頭を掻いていた。





「おばあちゃまの為にも、どうか今まで通り仲良し夫婦でいて下しゃい。いいえ、お二人の幸せの為に……ハートマーク五つを信じて下しゃい」


 エマが帰った後、ピピは改めてそう言った。

 大きな目をウルウルさせて、じっと見つめられると、物凄く自分が悪いことをしてしまった気分になり、オロオロと目をそらした。だけど、元を正せば悪いのはリートの方だと思うのだが。

 そして元凶の男は、まだ外を見ていてほとんどしゃべらない。


 仲良し夫婦でいてくれ、そう言われたってもう無理だ。

 きっと奴と私は、愛し合うのではなく憎み合う運命だったんだと思う。もしも前世の記憶が戻ったりしなかったら、そりゃ、あのままバカップル続けてたんだろうとは思うけど。

 でも思い出してしまった以上、もう無理なのだ。ここはリートも同じ意見だろう。

 だけど、たった一人の肉親である祖母ちゃんを、絶望させて死なせるなんてこと、私にはできそうにない。

 ため息ばかりがでてくる。どうやら、私は離婚できないようだ。勢いだけで結婚したけど、離婚はそうはいかないらしい。


「ピピ、仲良し夫婦はもう無理よ……。でも今すぐ別れるってのも、無理みたいね……祖母ちゃんのこと思うと」


 私はリートの前で、離婚しない、とはっきり口にするのが嫌で少し遠回しな言い方をした。いつかは別れるんだというニュアンスもちゃんと含ませる。

 リートはさっきからずっとこちらに背中を向けているけど、私が喋る度に過敏に反応していた。ガリガリ頭を掻いていたのがピタっと止まったり、肩がぴくっとはねたりだ。その反応が何を意味しているのか、私には全く分からないのだけど。

 もしかしたら彼は、祖母ちゃんのことなんかお構いなしで、今すぐ別れるんだって思っているかもしれない。それを止めるために「お願い、別れないで」なんて絶対言いたくない。未練があると勘違いされるのだけは御免なのだ。

 さあ、奴はなんて言うのかと、私はキリキリと痛みだした胃をさすった。


「長生きしてもらいたいしね……」


 こんな返答でもピピは満足してくれたようで、ちょっぴり笑ってくれた。


「一緒にいたら、きっと幸せになれるのでしゅ!」

「……それはないと思うけど」


 私が苦笑すると、ピピが困ったような顔でリートを見つめた。

 彼にも、別れないと言ってもらいたいのだろう。窓際に立つリートの側まで歩いていって、彼を見上げた。


「前世で起こった運命の手違いは、きっと今生で正せるのでしゅ。だから諦めないで下しゃい」 


 シャツを掴んで、お願い、と少し首を傾げるピピをじっと見つめてから、リートは大きく息を吐いた。


「手違いがあったとは思わないし、今生の人生を正すなら離婚しかないと思ってるぞ。ただ、祖母ちゃんのことで後味の悪い思いはしたくない。……とりあえず、先延ばしってとこか……」


 どうやら祖母ちゃんを見殺しにするつもりはないようだ。その事に、私は少しホッとした。

 お互い、祖母ちゃんを理由にして離婚は思いとどまったわけだけど、本音を言えばやっぱり今すぐ別れたい。リートははっきりと二人の未来は離婚しかないと言いきった訳だし、私もそう思う。きっといずれは別れることになるだろう。

 では、いつだったら別れられるのか。いつまで我慢すればいいのか。


――もしかしなくても、祖母ちゃんが天寿を全うするまでってこと……?


 なんだか不安が膨れ上がってきた。もちろん、祖母ちゃん早く死んでくれなんて思ったりなんかしない。だって祖母ちゃんを死なせない為に、離婚を思いとどまったんだから。

 しかし。しかしなのだ。 


――先が見えない! 期限がきれない!


 これからどうやって過ごせばいいのだろうと、頭を抱えてしまう。もう、お互いに憎み合ってるって分かっているのに、夫婦でいなければならないなんて、ここは地獄かと思う。

 私が絶望で死んでしまいそう。

 だってほら、リートが物凄い顔で睨んでる……。

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