ブサイクと付き合うは なし
合戸祐希
第1話
いろいろあって、彼女を作ることになった。言ってる意味はわからないと思うけど、長いこと生きていれば理解不能なことも起きる。俺は見渡す限り田んぼが広がる道をスピードを出して自転車で通り過ぎる。そろそろ田植えが始まる頃、朝夕は冷える初夏の出来事。俺は昨日のことを思い出してため息をつく。
昨日の夜、小学6年生の妹が大泣きして、俺に幸せになって欲しいと訴えてきた。意味がわからない。少なくとも俺は自分のことを不幸だと思ってないし、誰かに心配される筋合いはない。身長も高いし、勉強の成績も良い。顔も悪くないし、スポーツもそこそこできる。というか広い定義で言えば、日本に生まれ、五体満足で生を受けた時点で幸せといっても良いと思う。
だのに、可哀想だとか、心配だとか、挙句の果てに人生は一度きりなのよとまで言われる始末。本当に小学生か。それはホームレスなんかに投げかける言葉ではないか。俺は16年間で学んだ知識を総動員して、妹をなだめた。そして、どうすればいいか聞いた。もちろん俺は幸せだと思っているし、これ以上を望むことはないが、妹を泣かすわけにもいかない。俺は幸せになる決心をした。とはいえ、幸せとは何だろうという哲学的な問題にぶつかり、具体的にどうすればいいかと問い合わせたところ、ひどくうろたえながら、彼女を作ればいいという返答をいただいた。知らんがな。そんなわけで小学生の妹を安心させるために彼女を作らなくてはいけなくなった。意味が分からねぇ。
俺は高校2年生である。そして、胸を張って高らかに宣言できるほどではないが、友達がいる。1名ほど。そいつの名前は松岡という。枠が太い眼鏡をかけた背が小さな男だ。俺は小さいころから小説というかラノベが好きでよく読んでいる。お金がないのでカクヨムというサイトでビッグタイトルから新着小説までかなり見ている。そういうことを言うと、この松岡という男は非常に食いつき、俺にオタク文化を勧めてくるようになった。俺の父親は厳粛な男だったのでアニメだとかマンガとかいうものが一切禁止だった。なので、この松岡という男の家にたびたび呼ばれ、深夜アニメを見させられたり、漫画を読ませてくれたりした。その行為に対してはお礼を言うべきだが、彼に対する印象は別に好きでもないし嫌いでもない。本屋さんの店員ぐらいの印象である。俺は人から恩を受けるのが苦手なのだ。
俺は学校に着くと自転車をとめ、足早に教室に向かう。なにしろ彼女を作らなくてはならない。学校は彼女を作るにはもってこいの場所だと思う。また、彼女作りに対して俺はずぶの素人だから、松岡の話を聞くことにする。
教室に着くと、松岡がいた。相変わらず、顔を見るたびサブカルの話を振ってこようとするが今日はそんな場合ではない。強く話をさえぎると驚いた顔をしていた。
「松岡の彼女、少し貸してくれないか」
言ってから気づいたけど、これって最悪の言葉じゃないか。下ネタ的な意味で。ていうかラノベじゃないから借りるとか返すとかするのはどうかと思うけれど、まあ友達だし? 問題ないよね?
松岡は外見ブサイクメガネ野郎という感じだが、外見ブサイクメガネな彼女がいる。胸も小さい。二人ともアニメが好きでよくカラオケでアニソンを歌うらしい。楽しそう。俺も何回か誘われているけど丁重に断っている。カラオケには行ったことがないけれど、この三人で行っても微妙な空気になりそうだし、俺はアニメを見るときに絶対オープニングを飛ばす。
「それは、どういう意味だ」
いつもおちゃらけた松岡が低いトーンで返す。怒っているのかもしれない。恋人というのは不思議な関係だ。
「話せば長くなる」
授業が始まるまでの時間、オタクグループである男がもう二人いて、合計4人で前の方の床に座る。黒板の前の教壇付近は1段高くなっていて、その段差に腰掛ける感じだ。
「妹が昨日、いきなりアニキの将来が不安だ、とか言って泣き始めたんだ。意味は分からない。時間をかけてゆっくりと話したところ、俺は恋人を作ったら幸せになるらしい。俺は自分のことを幸せだと思っているが、妹を泣かせるわけにはいかない。そして、恋人は作るよりも借りる方が楽だと思ったんだ」
3人が何とも言えない表情になる。カイジだったら、ざわ……ってなっていると思う。とにかく、何言ってるんだこいつ、という空気は伝わってきた。
「お前、妹いたんだ」
オタク文化では妹は至宝とされる。その気持ちはわからないでもないが、今はそんな場合じゃない。
「松岡の気持ちはよくわかる。でも、彼女感を出すだけだ。デートにもいかないし、家にも呼ばない。写真ぐらいは1枚もらうかもしれないが、その程度のものだ。松岡から言いにくいのであれば俺が交渉する」
「妹さんじゃないけど、俺はお前の将来が心配だよ」
「なにがだ」
「俺も協力するからさ、しっかり彼女でも作ったらいい。彼女を作るぐらい簡単だよ。難しいのはそのあとさ。好みのタイプとかいないのか? ルピアに頼んで紹介してもらう」
ルピアというのは松岡の彼女の名前である。日本女子でО脚で胸が小さい。漢字があると思うが聞いてもいない。たしか隣の隣のクラスで部活動が一緒とか? そのくせ松岡は二次元以外の女は愛せないとかよく言ってるしよくわからない。エッチなことはよくやってるらしいけど。
「なるべくちょろい人が良いな。可愛いね、とか言っただけで惚れてくれそうな」
「「「そんな奴いるわけねぇ」」」
そうかな。男に飢えてるような人、探せばいると思うけど。それに、俺のように急な彼氏を欲している人がいるかもしれない。もっと言えば、世間一般の恋人どうしになる必要はない。妹を安心させられる存在がいればいい。俺がそういうと、松岡は携帯を弄りルピアに連絡を取ってくれた。顔面偏差値の不安はあるが、ルピア系女子の方が話には困らないと思った。はっきり言って、クラスメイトどころか家族とさえも話題に困るような人間であるから、多少しか被っていないとしても、趣味が近い方がいい。もしこの作戦が上手くいけば、松岡にはきちんとしたお礼をしなければならないと思った。具体的には、コミケの並ぶのに付き合ってやろうと思った(どう考えても俺たちは18歳未満であるが)。
そこから1時間目の現代語の時間を挟み、明日の放課後に合コンらしきものが開催されることになった。意味が分からない。セッティングが早すぎるだろう。俺とオタク+2で3対3のお食事会らしい。この時点でオタク+2の方がやる気を見せているのは言うまでもない。そして、相手方に写真を送るということで、我らの写真を撮ることになった。松岡は携帯を華麗に操って、我ら3人の写真を撮ると、やはり流麗に写真を送信した。我が家は厳しいので携帯を持たせてもらえないから(妹は女子だから買ってもらっている!)、松岡がとんでもなく現代人に見える。
さらに2時間目の英語の授業を挟み、向こう側3人の写真が送られてきた。俺の率直な感想を言わせてもらえば、画像加工が激しくて可愛いかどうか判断がつかないが、少なくともルピアよりブスな奴はいないように思われた。その写真を見てオタク+2はかなり舞い上がっていた。そして、誰が可愛いかということを松岡を含めて話し始めた。俺は3人とも同じような顔に見えたので、最初に見た写真の女子が可愛いというと、オタクAと対立することになった。オタクBと松岡は3番目の女の子が気に入ったらしく、とても褒めていたけれど、ルピアと付き合っている男に発言権はないと思う。
3、4、5時間目も無事に消化して、放課後になった。松岡に家に来るように誘われたが、断った。松岡は納得したような顔をしたけれど特に用事はない。強いて言えば明日のお食事代を捻出する必要があるが、母親に頼んだところで経費で落ちるとも思えない。俺は肌寒い空気を突っ切って、自転車で山の方へ行く。途中で自転車を止めて小高い丘まで歩き、町の景色が見えるところで止まる。
俺には弟もいて、二人は家に友達をよく呼ぶ。そのせいで家にいるのは、かなり気まずいので18時ぐらいまでこうしてボーっとして過ごす。特に意味はない。冷静に考えれば教室にいて勉強でもした方がいいと思うのだけれど、テスト前以外はやりたくない。
そこには、家から持ってきた段ボール等を工夫して作った風よけが設置してある。その中に入って、暮れなずむ街並みをじぃっとみる。何かが得られるわけじゃない。幸せではないが、不幸ではない。俺はそう思っているけれど、妹からしたら、この光景が不幸そのものなのかもしれない。もしくは、自分の家を占領していることに気を使っているのかもしれない。知らんけど。
静かである。周りにある木々の揺れる音が聞こえる程度だ。街の喧騒もここには届かない。ここに来ると安らかな気持ちになれる。
俺は思うのだけれど、彼女を作るということはひどく大変で辛いことだと思う。高校生活と一緒だ。俺は高校生になったら最高に楽しい日々が待ち受けていると思っていた。しかし、実際には中学の時と何一つ変わらない。いや、どちらかと言えば中学の方が楽しかったぐらいだ。
恋愛は楽しくて素晴らしいものだと思っている。だからこそ、実際には大したことないように思える。人生はそんなことの繰り返しだ。理想と現実を確認する作業。ここは異世界ではなく、チートスキルもない。ツンデレのヒロインぐらいは登場を期待してもいいが、男の何割かは童貞のまま死んでいく。それは少しだけ嫌だな、と苦笑する。別に美人じゃなくてもいいけれど、それだけは阻止したいと思う。今回の合コンはそのためのいい機会だと思う。欲を言えば、最初の相手は手慣れた年上がいいなどと思うけど、本当に贅沢だ。あと胸は多少あってほしい。松岡は本当に3次元を見失っているように思う。
翌日、俺たちは気がそぞろのまま授業を受けて、放課後になる。合コンのことは妹に言っていないし、今回の費用はわずかな小遣いから出す(月2000円)。合コンといっても、みんな夜は家で食べるらしく、騒いでも良さそうな民度の低いファーストフードですこしつまむ程度らしい。ファミリーレストランでドリンクバー最強説が唱えられたが、8人という大人数で行くのはどうかとルピアが言ったらしい。俺はレクリエーションに対する理解度が足りないので、ルピアはとても有能な人材ではないかと思えてきた。というか、お前らカップルも来るのかよ。また、上記の理由から現地集合とされていたが、松岡の提案により、自転車を二人乗りして行くことになった。もちろん男女のペアでである。誰と誰が一緒に行くかということで血で血を洗う様な論争が交わされたのは言うまでもない(結局はルピアが全部決めた)。
集合場所に現れた女子はみんな可愛くなかった。我々のボルテージは下がるところまで下がり、二人乗りを提案した松岡はルピアを連れて颯爽とファーストフードへ旅立った。そりゃあ、ルピアよりはましだけど、と男連中は思っていたに違いない。
俺の相手はギャルというか色黒で、化粧をミスってるのか左右の目の大きさが全然違う。昨日見た写真の3番目の人だと思うが、全く別人のように見える。顔が大きいし、笑顔が不気味で不快な気分になる。ややテンション高めなのもマイナスポイントにしかならない。
お互いの自己紹介をした後、恥ずかしいとか照れるねなどと女が言っていたが、それに対してうまく笑えた自信はない。俺は彼女を作るということを甘く見ていた。ただ単に知らない人と仲良くなる、そういうことだと思っていたが実際には違う。彼女を作るということは、その人への好意を認めるということだ。このヘンテコな生物に欲情したと世間に発信するということだ。
もちろん、好意のない交際もあるだろう。しかし、そう受け取られても文句を言えない。ましてや、妹に彼女ができたという報告をすればそう受け取られる。それはおそろしいことだ。現に俺は松岡のことを怖がっている。
俺は覚悟を決めて自転車に乗り、荷台の上に女が腰掛けた。想像だと後ろから抱き着かれる形になると思っていたが、実際には服が触れる程度の距離で器用に座りやがった。いや、全然いいんだけど。二人乗りって顔も見えないし密着もしないし、話もしづらいし恋愛要素薄いな、などと考えながら、いつもより重たいペダルを漕ぎ出した。
つづく
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