エピローグ 実家に帰る


 だからこそ、七海は家で食べられないようなジャンクフードに走ったのかもしれないな。

 そう思うとマグドが一番正解なのではないかと思えてきた。

 とはいえ、七海にポテトのLを頼んでしまったので、今さらセットを買ってもポテトが余る。

 

 だったら、今日は母さんが作るのを面倒くさがりそうな天丼とかにしようかな。

 この間、素揚げと唐揚げを食べたし、当分は揚げ物は出てこない気がする。

 俺が心で天丼と決めたところで、七海がマグドから戻ってくる。


「おっ、照り焼きバーガーセットか! いいな!」

「でしょー! 照り焼き美味しいもんね! はい、これお釣りー」


 七海からお釣りを受け取ると、俺はそれを財布に入れて席を立つ。


「んじゃあ、俺も買ってくるかな」

「結局なに食べるの?」

「天丼だ。冷めるから先に食べておいていいぞ」

「わかった! いってらー」


 七海に見送られて、俺は人込みの中へ。

 フードコートは席を囲うように店が並んでいるために、人々が複雑に移動している。

 しかし、この程度の混雑具合など都内の駅に比べれば可愛らしいもの。

 俺は波に流されず、されど大回りな迂回はせずに余裕で――危なっ! ちょっとおばちゃん、お盆を持ちながら急旋回しないでくれよ。

 ちょっと危ない場面に出くわしながらも、俺は無事に天丼屋さんの前へ。

 ちょうど店が空いていたので、速やかに天丼を注文。

 天丼を受け取ってトレーに乗せると、今度は注意深く周りを観察しながら慎重に席へと戻った。


 東京と違って、のんびりとした人が多いせいか、皆マイペースだな。

どのように動くか読めない時がある。

 田舎の街のフードコートも侮れないな……。


「あはは、見て見て!」

「ん? なんだ?」


 などと思いながら、椅子に座ると七海が楽しそうに笑いながら自分のスマホを見せてきた。なんだなんだ? 面白いものでもあるのか?



『今夜は天ぷら!』


 メールを見ると、そのような文とお皿に盛りつけられた天ぷらの写真が載っている母さんのメール。


「なっ! 俺が食べようとした時に限って!」

「あははは!」


 俺の反応を見て、七海が笑う。

 嬉しそうに笑いながらスマホを触っていることから、俺の反応を母さんに送っているのだろう。

 おのれ、俺が食べたいと思った瞬間に、家でそのようなものを作るとは。


「まあ、いい。食べるとするか」


 いつまでも被ったことを気にしては仕方がない。

 俺が割り箸を割ると、七海が身を乗り出してスマホを見せてくる。


「見て見て! 母さんも笑ってる!」

「こーら、スマホばかり触ってないでご飯を食べなさい」


 俺は七海にバカにされるのが悔しくて、口うるさい母さんのように言ってやった。







 食事を食べ終わった俺達は、食後の休憩とばかりにバニラシェイクを飲んでまったりとする。

 フードコートの中は、夕食のピークを過ぎたからか少し人が減っていた。

 遠いところから来た人や、小さな子供を連れている人が帰ってしまったのだろうな。

 喧騒ともいえる賑やかさがなくなって嬉しいような、ちょっと寂しいような。

 でも、暗くなってきた夜の風景と、落ち着きを取り戻したフロア内はマッチしていて俺はこの空気感が好きだった。


「今日は楽しかったね」


 七海がバニラシェイクを飲みながら言ってくる。


「ああ、そうだな。外出してこれ程楽しかったのは久し振りだな」


 一緒にドライブをして、パンケーキを食べて、買い物をして、夕食を食べて。

 それらは休日の何気ない日常かもしれないが、俺にとっては大きな行事であり楽しいことだ。

 このような気分は、東京で仕事をしたままであれば絶対に味わえていなかっただろうからな。

 しみじみとそう思っていると、七海がどこか不安そうな面持ちでこちらを見ていた。


「……ねえ、忠宏兄ちゃん」

「ん?」

「忠宏兄ちゃんって、ここよりも便利な東京に住んでいたんだよね? また、そこに戻りたいとか思わないの?」


 ああ、何を不安そうにしているかと思えば、そういうことか。

 ショッピングモールという便利な大型施設を利用し、楽しい時間を過ごしたせいで、俺がここよりも便利な東京に戻ってしまうのではないかと心配しているのだろう。

 七海の想像してしまった不安がおかしくて、俺は思わず笑ってしまう。


「ええっ? 真面目な話なのになんで笑うの?」

「ごめん、ごめん。七海がちょっとずれたことを言うから」


 俺がそう答えると七海は「えー」と呻くような声を上げて首を傾げる。


「確かに東京は便利だよ。大きな施設や店はどこにだってある。それらが電車です

ぐに行ける。うちの村みたいに扇風機を買いたいからって、車で一時間かけて移動する必要もない」

「う、うん、すごく便利で楽しそうだよね?」

「ああ、でもな。そこには俺の友達や大切な人はどこにもいないんだ。どれだけ大きな施設や楽しい場所があっても、一緒に楽しんでくれる人がいなきゃ意味ないだろ?」

「あ……そうかも。あたしも母さんが忙しくて一人の事が多かったから」 


 俺の言葉に感じることがあったのか、七海はどこか腑に落ちた表情で呟いた。


「それにまたいつか転校するんだって思うと、友達を作っても会えなくなるし無駄なんじゃないかなって思っちゃう……」


 沙苗さんが仕事で忙しく、各地を転々としていた七海には、普通の学生が得るような長い付き合いの親しい友達がいないのだろう。

 仮にとても仲良くなった友達がいても、遠くに行ってしまう七海と会うというのは小学生にはハードルが高いだろう。

 ネットが発達したお陰で、別れても気軽に連絡を取り合うことはできるが、会えなければいずれは風化するもの。小学生なんて目まぐるしく毎日が変わる状況に身を置いていられると、互いのことを忘れることがほとんどだ。


「そうだな。寂しいと辛いよなぁ」

「……うん」


 東京に一人で行った俺と、各地を転々としていた七海。

 お互いに境遇は違えど、似たような孤独的な悩みを抱えていたのだろうな。


「俺は便利で何でも揃っている東京よりも、今の場所が好きだ。朝起きれば、母さんがいて、父さんがいて、七海がいて。そして、家を出ればすぐに礼司や定晴と会っていつでも遊べる。だから、今のところ戻りたいなんてこれっぽっちも思わないな」


 たとえ、便利であっても人がいなくては意味がない。俺は一人で東京に出て何年も働くことでそれを痛感した。


「うん、あたしも! おばさんや、おじさん、忠宏兄ちゃんがいる家が好き! 駄菓子にいる礼司も!」

「おいおい、定晴はどうなんだ?」

「うーん、定晴かぁ。まあ、しょうがないから定晴もその枠組みに入れてあげようかな」


 七海の勿体ぶった言い方に俺は笑い、つられて七海も笑う。

 あのようなブラックな会社にいても、こうやって笑い合って話せる人が一人でもいれば、俺も違うような選択肢を選んで、働いていたのかもしれない。


「ねえ、忠宏兄ちゃんはずっと家にいるの?」

「まあ、ずっと無職ってわけにもいかないから、いずれはどうにかして働くだろうけど、しばらくは働くつもりはないな」


 これは俺の揺らぐことのない考えだ。まだ仕事を辞めて一か月も経過していない。あれ程身を粉にして働いたのだ。もっとゆっくりしていてもいいだろう。時間はたっぷりあるのだし。


「えへへ、よかった。あたしはずっと一緒にいたいから働いてほしくないかな」

「そうしたら俺がニートになっちゃうだろ」

「ニートになっても大丈夫だよ。その頃にはあたしが大きくなって働いて養ってあげるから」


 仕事を辞めて、従妹のヒモになる男。

 どこからどう見てもロクな男ではないな。


「そうしたら、七海と会える時間が減って遊べないな」

「あっ! じゃあ、あたしもニートになる!」

「それじゃあ、どっちもニートでダメじゃないか」


 ただでさえ、無職というお荷物を抱えているのだ。大きくなった七海まで無職になってしまうと母さんと父さんが困ってしまう。なにより沙苗さんに申し訳が立たないしな。

 なんて会話をして過ごしていると、もう時刻が十九時になろうとしていた。

 これ以上遅くなると、家にいる母さんや父さんも心配してしまう。

 といっても、可愛い七海だけを心配して、連れ回している俺は怒られるだけだろうけど。


「遅くなったし、そろそろ行くか」

「うん!」


 俺が立ち上がると、七海もシェイクを持って傍に寄ってくる。




―――さあ、帰るか。俺たちの実家に――――。




一章 終わり








―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


こんにちは錬金王です。

本作品の一章はここで終わりです。

現代もののスローライフを書きたくて、本作品を執筆しましたが楽しくて二か月ほどで一章完結までこられました。


これも読者様の応援と励ましのお陰です。ありがとうございます。


本作を楽しんでいただけた方で、今後も期待してくださる方は、ぜひ応援や★を投げ入れるなどしていただき、フォローしていただけると嬉しいです。


それは作者にとって大きな励みになりますので!!

ぜひともよろしくお願いいたします。



二章からは礼司の妹が出てきたり、畑の作物を収穫したりする予定です。


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