それぞれの適性

 

 暑い中、ずっと玄関で話し合うのもバカらしいので、俺はひとまず定晴をリビングへと上げた。


 定晴が俺の家にくるのは随分と久し振りだな。

 こうして定晴が家に上がっている光景を見ると、昔を思い出す。

 どこか懐かしみながら人数分の麦茶を用意して、俺も畳の上に座る。

 とりあえず、冷たい麦茶で喉を潤して一息。

 

 やっぱり暑い夏には冷たい麦茶が一番だ。外にずっといたらしい定晴は、あっという間に一杯目を飲み干して、二杯目をついでいた。


「定晴は今もこっちに住んでいるのか?」

「ああ、昔からずっとここだ」


 落ち着いたタイミングで尋ねると、定晴は頷いた。

 ということは礼司と同じで、ここでずっと暮らしているということか。


「仕事は何をしているんだ?」

「仕事などしていない」

「えっ!?」


 定晴の口から出た言葉に俺は思わず驚きの声を上げる。

 仕事をしていないと言う事は俺と同じ無職ということだろうか? いや、それとも働かずにずっとニートという可能性もある。


「じゃあ、ニート?」


 俺がどう尋ねようかと悩んでいると、七海が率直に尋ねた。


「フン、バカにするな。金銭の収入はちゃんとある」

「働いていないのにどうして収入が?」


 もしかして、投資とか株とかFXとかそういうやつだろうか? 定晴は理系で、頭も良かったのでそういう稼ぎ方をしていてもおかしくはない。


「……ふむ、誤解をさせてしまったな。働いていないというのは僕の個人的な気持ちであり、世間としては働いていると言えるものだ」

「つまり?」


 なんか定晴の言っていることがよくわからないが、何か勿体ぶっているのだけはわかるので、促すように言う。

 すると、定晴はどこか得意げな表情で、


「僕は小説家をやっている。いわゆるラノベを書いて、印税で生活しているのだ」


 定晴の意外な職業を聞いて俺は思わず固まる。


「小説家ってことは本を書いているの?」

「ああ、そうだ。よく勘違いされるが志望ではなく、ちゃんと本を出して書店に並んでいるプロだぞ」

「ええ! すごい!」


 まさかの無職同士から一転した、専門職業。

 同じ無職かもしれないというシンパシーは一瞬にして失われた。


 昔からそういう趣味に精通して、好きだということはわかっていたがまさかそれを職業にしてしまえるなんて驚きだ。ましてや小説家なんて人に出会ったことがなかったものでなおさら。


「でも、仕事をしていないなんておかしな言い方だな。ちゃんと文章を書いて仕事をしているじゃないか」

「世間的にはそうかもしれないが、僕からすれば書きたい時に書いているだけで、それを編集者が本にして、お金を振り込んできているだけのこと。僕としては働いているという感覚は全くない」


 定晴にとって小説を書くことはあくまで趣味みたいなものなのだろう。それが結果としてお金に繋がっているだけの話。だから、本人からすれば働いているという実感はまったくない。


 彼が口にする、働いていないという言い方はまさに正しいのだろう。


「なるほど、実際小説家だけで生活はできるのか?」


 少し下世話な話ではあるが、小説家という職業一本で生きていくのは厳しいと聞いたことがある。本を出していくだけで食べていける収入はあるのか? 

 定晴のことが心配な気持ちが半分、純粋に小説家としての生き方が気になった。


「それは人によるとしか言えないな。本になって売れればお金が多く振り込まれるだろうが、売れなければ振り込まれるお金は少なくなり、赤字となって本は出せなくなる。僕の場合はそれなりの売り上げが出ているし、田舎の実家暮らしだ。当分は困らん」


 ここなら土地は無駄に余っているので家賃も安いし、娯楽施設もないので誘惑に負けて散財することもない。

食料だって畑やお裾分けで十分にあるだろうし、定晴の趣味は漫画やゲーム、ラノベといったものくらい。お金があるからといって使う性格でもないしな。


 とはいえ、本を出すことだって企業が経営する商品の一つ。売り上げが悪ければ切られるのが運命。それでもやっていけるということは定晴は結構な人気作家なのかもしれないな。


 俺だって昔は漫画やゲームを作りたいと思い、将来は漫画家になったり、ゲームを作ってみたいと思ったりしたこともあった。


 だけど、そこまで至るまでの気持ちが足りなくて、最終的には趣味というくくりにすることで終わった。そして、現実的な無難といえる道のりを選んだのである。

 俺とは違って、定晴はそれを悠々と乗り越えられたが故の結果であろう。


「まったく、礼司も定晴も凄いな」

「ん? 僕と礼司がか?」

「二人してしっかりとやれることを自分で見つけて努力してそこで生きている。なのに、俺は最初からここには何もないとか、つまらないとか決めつけて、やれるだけの努力もしないで都会に出ていった。そんな人間が失敗して帰ってくるのは当然だったのかもしれないな」


「そうか? 僕としてしっかりとした道を進んでいる忠宏の方が凄いと思うぞ? 都会に出て一人で生活して、会社という規則や人に縛られて何年も仕事をする。僕や礼司には到底できないことだ」


 ここで優しい慰めの言葉をかけないところが定晴らしいな。

 ただ、思ったことを言っているだけ。態度やその声音からそういうことが伝わってくる。


 確かに俺みたいな普通の会社員生活は、礼司や定晴には無理かもしれない。

なんだかんだ礼司は堅苦しいのや、集団の空気を嫌うし、定晴に至っては平気で女子にもセクハラ発言をするし、気遣いもできない。


 どちらも社会で生活をするのが無理とはいえないが、かなり苦労するハメになるだろう。


 凄い友人であっても、一般的なことに適性はない。


 みみっちいかもしれなおいが、そう考えると凄い友人を前にして気後れもなくなってきた。


「そうだな。礼司や定晴に会社員なんて最初から無理だしな!」

「そのように開き直られると少しムカつくぞ。ええい、茶意外に出すものはないのか! 僕は客人だぞ!」


 俺が笑いながら煽るように言うと、定晴は怒りをぶつけるように茶菓子を請求してきた。


 俺はそんな昔のようなやり取りを懐かしみながら、台所に何か茶菓子がないか探した。



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