ため池でザリガニ釣り
「ここにザリガニがめっちゃいるぜ」
そう言って礼司が案内したのは、駄菓子屋から山の方に歩いて十五分の所。
そこではいくつもの水田があり、その奥にはひっそりとため池があった。
「おー、こんな所にため池があったのか」
「まあ、こっちは山ぐらいのものであんまり来ねえしな。ここの畑の手伝いを頼まれてやった時にたまたま気付いたんだよ」
長年ここで住んでいたがこんな所にため池があるとは知らなかった。
奥まった坂の上にあるということで余計に気付き難くなっていたのだろう。
「ザリガニいるかなー?」
ため池の周りを沿うように歩いて七海がザリガニを探し出す。
俺も同じように歩いて覗き込むと、すぐそばの護岸でザリガニの姿が見えた。
「七海、あそこにザリガニがいたぞ」
「えっ! どこ?」
「ほら、あそこ。護岸になってるところ」
俺が白く舗装された場所を指さすと、七海も視線をやる。
「あっ! 本当だ! たくさんいる!」
すると、七海も見つけたのかザリガニの傍の護岸へと近寄った。
俺と礼司も同じように近寄って覗き込む。
「ははは、やっぱり滅茶苦茶いるな!」
「一、二、三……パッと見ただけで十匹以上はいるぞ」
「すごい! ザリガニだらけ!」
護岸だけでなく、浅い場所を見てみると土に擬態するようなザリガニ達もいる。
目の前だけでこれだけいるのだ。このため池には何百というようなザリガニがいそうだな。
いっぱいいると礼司に聞いていたが、これは予想以上だ。
「早速釣ろう!」
「もうちょっと奥の方が影になっているし、そこで竿の準備をしよう。ザリガニもいるから」
逸る七海を宥めて影になっている場所へ移動し、安定した地面にバケツや網などの荷物を置く。
七海がソワソワとこちらを見守る中、俺はプラスチックの棒にタコ糸を結ぶ。
ザリガニ釣り用の竿とかも売ってるだろうが、それはオーバースペックだ。田舎で遊ぶ分には何の玩具かもわからないプラスチックの棒と割りばしで十分だ。
「忠宏、糸くれ」
「持ってきてなかったのかよ。ほい」
礼司にタコ糸を渡すと、ポケットから引き抜いた割りばしに結び始めた。
糸を結び終えると、俺は餌の取り付けにかかる。とはいっても簡単なザリガニ釣り。
特別な仕掛けも針も必要ない。先程礼司の店で買ったあたりめに巻き付けるだけだ。
パックを開封して半分に千切って、糸に結び付ける。
そして余った半分は自分の口に。
「ああ、忠宏兄ちゃんズルい!」
それを目ざとく見ていた七海が指をさしてきて騒ぐ。
「これはザリガニがちゃんと餌を食べるかのテストだ。決して摘まみ食いじゃない」
「じゃあ、あたしもテストする!」
「俺も!」
七海に便乗して何故か礼司までもそう言ってきた。
礼司は自分の分の餌を持ってきているだろうに。
とはいえ、ここでハブってやっても仕方がない。俺はあたりめを一本取り出して半分に千切ってそれぞれ渡す。
それを二人は嬉しそうに受け取って口に入れた。
「どうだ? ザリガニは食いつきそうか?」
「うん、美味しいからザリガニもきっと食べるよ!」
「ああ、これは食いつくに違いねえな!」
「うむ、なら問題ないな!」
などという茶番を演じながら俺達はあたりめを味わう。
噛めば噛むほど塩っ辛い味が染み出してくる。これは酒のつまみになるな。
「テストも終わったし、釣り!」
「わかったわかった。今見本見せるから」
あたりめを食べていると七海が急かしてきたので、俺は竿を持ってザリガニの近くへ移動。
護岸に潜んでいる一際赤い色をしたザリガニの前に糸を垂らしてやる。
重りがなくてもあたりめだけの重さで十分に沈んでいく。
「あっ、ザリガニが近寄ってきた!」
ザリガニは目の前に落ちてきたあたりめを見つけると、するすると近づいてくる。
そして、その自慢のハサミで何度か突くと、一気にそれを挟み込んだ。
竿にかかる確かな重みを感じた俺は、竿を一気に引き上げる。
すると、あたりめをバッチリと挟んでいたザリガニは、見事に釣り上げられた。
「そらっ! こんなもんだ!」
「うわぁ! 本当にザリガニが釣れた!」
目の前で釣り上げられたザリガニを見て驚く七海。
ザリガニはその強靭なハサミで餌のあたりめを掴んでいるので、外れることはほとんどない。
一応持ってきていたが網ですくう必要もないな。餌を離す気ないし。
「はっはー! こっちは一気に二匹だぜ!」
ゲットしたザリガニをバケツに入れていると、近くにいた礼司が一気に二匹のザリガニを釣り上げていた。
「えー! すごい! どうやったの!?」
「誘導して餌を二匹に掴ませるんだ」
「なるほど!」
礼司のあたりめにはザリガニが一本ずつハサミで挟んでいる。このように餌を複数つけなくても単純なザリガニなら複数釣れることもあるのだ。
「まあ、こんな感じで簡単だからやってみ」
「うん、わかった!」
七海へと竿を渡してやる。
七海が竿を持ってザリガニを眺めながら移動。
「んー、どれにしようかなー」
しばらく悩みながら移動していたが、気になる奴がいたのか竿を振って糸を垂らす。
餌の先には大きめのザリガニがおり、着水により驚いた模様。
威嚇するようにハサミを上げて突くも、餌だと認識したのかあたりめをハサミで挟んだ。
「あっ! かかった!」
「おう、引き上げろ」
俺がそう言うと、七海は思いっきり竿を引き上げる。
すると、餌をガッチリと掴んだ大き目のザリガニが釣り上がった。
「おー! 結構デカいな」
「大物だぜ!」
釣り上げられて宙ぶらりんになっているザリガニを見て、俺と礼司は感嘆の声を上げる。
遠目からデカいと思っていたが近くで見ると、より大きく感じる。これは中々の大きさだ。
「わあー! ザリガニ釣れた! これ楽しい!」
糸を手繰り寄せて釣れたザリガニを見せてくれる七海。
よっぽど自分で釣れたのが嬉しかったのだろう。
「七海ちゃん、写真撮ってやるよ!」
「撮って撮ってー!」
微笑ましく見守っていると礼司がスマホを取り出して、七海の写真を撮り始める。
そういえば、前に写真を撮ったのはいつだろうか。
俺は普段から写真はあまり撮らないタイプなので、思い出といったものはほとんどない。
試しにスマホの写真フォルダを確認してみると、仕事の書類の写真だとか、誰かに案内するための写真だったりとか、ロクなものが入っていない。
……なんか思い出が何もないって虚しいな。
しかし、目の前には思い出に相応しい光景がある。せっかくなので、おれは礼司に便乗して写真を撮ってみることにした。
カメラを起動して、パシャリと嬉しそうに笑う七海を撮る。
それは自分のフォルダの中にある、写真の中で一番輝いているように思えた。
「忠宏兄ちゃん、綺麗に撮ってくれた?」
「ああ、いい感じに撮れたと思うよ」
覗き込んでくる七海に写真を見せる。
「まあまあかな!」
「そうか、まあまあか」
七海は写真になると中々手厳しいようだ。
「被写体はいいけどカメラマンの腕がいまいちだな。あんまり人に影が落ちねえように気を付けるだけでマシになるぞ」
そう言って礼司が七海を撮った写真を見せてくる。
礼司のドヤ顔は少しムカつくが、俺が撮ったものよりも遥かに綺麗に写っていた。
「くっ、礼司の癖にやるな」
「はっはっは、もっと励みやがれ」
ちくしょう、今度は礼司にバカにされないようないい写真を撮ってやる。
「もっとザリガニ釣る!」
「おお、そうだな! どっちが多く釣れるか競争しようぜ!」
「いいね! 忠宏兄ちゃんもやろう!」
「ええ? って、いっても竿が……」
「なに言ってんだよ! タコ糸と餌があるじゃねえか!」
普通ならそんな無茶なと叫ぶところであるが、ザリガニ釣りはそれでも十分可能だ。
「わかった。糸だけで一番多く釣ってやろうじゃないか!」
その日は駄菓子を食べながら、バケツ一杯になるまでザリガニを釣った。
ちなみに一番多く釣りあげたのは、竿が長くて釣れる範囲の大きい七海だった。
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