すべてを流しつくす、雨

フカイ

第1話 スコール




 雨が降っていました。


 夏の午後でした。

 彼と、彼女は手をつないで、洋服をぬらしたまま、その島の田舎道を歩いていました。

 両脇には、背の高いトウモロコシの畑がありました。ときどき、ヒマワリの花も咲いていました。

 トウモロコシも、ヒマワリも、夏の午後のにわか雨を受けて、キラキラと輝いていました。

 島の中心にある山には、淡い虹がかかって見えました。


 「虹だね」と、彼が言いました。

 彼女はその言葉には答えず、ただ、首をめぐらして、その様子を眺めました。

 握った彼の手を、きゅっと、彼女は握りかえしました。それが彼女の答えでした。

 彼は、このままずっと、濡れるのもかまわず、海まで歩こうと思いました。どうせ海に着いたら、洋服を脱いで、水に入るのです。いま濡れても、あとで濡れても、ちっともかまわない、と思いました。



 それからしばらく、ゆるやかな坂道を下って、トウモロコシ畑を抜けると、小さな村がありました。

 背の低い白壁と、赤い屋根瓦が印象的な村でした。

 南の島の通り雨はこの村もおだやかにうるおしていました。ハイビスカスの赤い花びらに、まるでビロードのような雨粒が宿り、とてもきれいでした。

 彼女がそれに指で触れると、虹色の水玉がはらはらとおちてゆきました。

 「すてきね」と、彼女は言いました。

 彼は小さく頬笑むと、彼女がしたように、きゅっと手を握り返し、その言葉に答えました。


 防砂林の木立を抜けると、白い砂浜が広がっていました。

 木立の片隅でふたりは洋服を脱ぎました。ふたりは、離した手をいま一度取り合い、ゆっくりと砂浜を海に向かっていきました。

 さんご礁のリーフの広がるエメラルド色の海は、とてもあたたかな温度でした。

 波打ち際まで歩いたふたりは、サンダルを履いた素足を海につけて、そのあたたかさを味わいました。

 そして、そっと、そこに座ってみました。

 下半身を、東シナ海のあたたかな海に漬け、上半身は、さらさらと降りつづける南の島の通り雨にさらしつづけました。

 とてもとても、倖せな時間でした。

 この時間がずっと続けばいいと、彼らは思いました。



 当然のことながら、その時間は長くは続かなかったわけです。


 東の都会に帰ってからふたりがそのことを思い出すまでに、ずいぶん長い物語が必要だったのでした。



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