運命共同体

 この世界には、必ず一人自分の運命の人が存在する。

 そう幼い頃から聞かされていて、俺を含めてみんながその話を信じていた。

 大きな世界の中で、たった一人の運命。


 出会えること自体が奇跡に等しいから、ほとんどの人が会わないまま人生を終える。

 しかし逆に言えばひと握りの人は、会えているというわけだ。

 それを夢見て、みんな積極的に休みの日は色々な場所に行く。

 こうして、いつか運命の人と出会うのを楽しみにしている。





「運命共同体発見促進運動? 何だそれ?」


 今日も運命共同体を探すために、出かけようとしていたのだけれど、ニュースで流れていた言葉を見て立ち止まる。

 そして美人で好きなアナウンサーが、淡々と原稿を読むのに耳を傾けた。


『運命共同体発見促進運動とは、政府が主体となって、運命の人を見つける活動です。世界のどこにいるか分からない運命の人を、DNAから趣味趣向、家族構成にまでを元に探します。そして週に一度、そのデータから導き出された人とお見合いをします。運命の人が見つかるまで続けられるため、確率はずっと高くなるでしょう。現在、参加者を探しているため、もし興味があればこの電話番号までお問い合わせください』


 俺はニュースを見て、急いでその番号に電話をかける。

 そうすれば機械的なアナウンスと共に、参加を受け付けられた。

 無駄な手続きをしなくていいのは、とても楽だ。


 俺は電話を切ると、興奮が抑えきれなくなった。

 政府が主体となって、運命の人を見つけてくれる。

 そうしたら俺にも、運命の人が現れるかもしれない。


 夢物語だと思っていた話が、現実のものになる。

 そう考えたら、俺は叫び出したくなる気持ちだった。


 運命の人は、一体どんな人だろうか。

 可愛いのか、綺麗なのか、そのどちらも兼ね備えているのか。

 どんな人でもいい。

 その人がいれば、それだけで幸せになれるだろう。


「……見つかればいいな」


 俺は目を閉じて、そう願った。




 運命共同体発見促進運動に参加して、初めてのお見合いの日。

 俺は自分のお気に入りの服を身に着け、政府の迎えを待っていた。

 場所は非公開の為、どこに行くのかは教えられていない。

 しかしそう遠くない場所らしいから、不安は無かった。


「大貴……迎えが来たわよ。いってきなさい」


「分かった」


 落ち着く事が出来ずに、俺はうろうろと部屋の中をさまよっていた。

 そうすれば呆れた顔の母親が、迎えが来たと教えてくれた。

 その言葉に勢いよく立ちあがると、外へとゆっくりと出る。


 急いで出なかったのは、待ち構えていると思われたくないという小さなプライドからだった。


「あなたが、貝塚大貴さんですね」


「は、はい。そうです」


 外には車体も窓も真っ黒な車と、同じように黒のスーツで全身をまとめている人が待ち構えていた。

 俺は少し気圧されながら、軽く礼をする。


「では、どうぞ」


 免許証を見せて本人確認を終えると、車のドアを開けられる。

 中には誰もいなくて、このままどこに連れていかれるのかと少し恐怖を抱いた。

 しかし怯えているとは思われたくなかったから、何でもない風を装って車に乗り込んだ。


 車の中に乗っても、外の景色は見えなかった。

 窓は真っ黒に塗りつぶされていて、光すらも通してくれない。

 俺がそれに戸惑っていたら、車のドアを閉めようとした人が説明してくれた。


「場所は極秘なので、申し訳ありませんが我慢してください」


 そう言われてしまえば、文句を言うわけにもいかない。

 ドアが閉められる音が、俺にはものすごく大きく感じた。





 そのまま車に乗せられて、どのぐらいの時間が経ったのだろうか。

 スマホを持って来るのは禁止にされたし、一緒に乗っている人は会話をしてくれない。外の景色も分からないから、暇をつぶせない。


「着きましたよ」


「あ、ありがとうございます」


 そのせいでそう言われた時は、思わず感謝してしまった。

 男の人には戸惑った顔をされてしまったけど、特に何も言われない。

 無視されるのも辛いものはあったが、何でもない風を装って車から降りた。


 降りた先で待っていたのは、とても大きな建物だった。

 森の中にあるのか、周りには木しかない。

 どこかは見当もつかないけど、きっと分かるような場所じゃないのだろう。



 案内され建物の中に入ると、誰もいなかった。

 プライバシーの関係らしいから、それは特に驚かない。


「どうぞ、こちらへ。あなたの運命の方は、すでにお待ちです」


 俺はピカピカに磨かれた廊下を歩きながら、心臓がドクドクと早くなるのを感じる。

 この先に、俺の運命が待っている。

 そう考えるだけで、今まで生きていて良かったと思う。


 そして、ついに一つの扉の前に着いた。

 案内役の人は俺に一度頷くと、どこかへ行ってしまう。

 あとは、好きにしろとの事なんだろう。



 俺は一人残されて、扉の前で何度も深呼吸をする。

 今入れば、変な顔をしてしまいそうだ。

 変な顔を見せてしまうわけにはいかない。


 何度も何度も深呼吸をして、俺は決心をした。

 回すタイプのドアノブをゆっくりと開け、そしてそこで待っている人に向けて笑みを浮かべる。


 そして……





 とある森の中にある、建物の一室。

 そこで二人の男性が、会話をしていた。


「それでどうだったんだ?」


「いつも通りの結果です」


 コーヒーを片手に尋ねた少し年配の男性は、その答えに肩を落としてため息をつく。


「……またか。今回も原因はあれか?」


「はい、そうです。『イメージと違う』と。絶対に認めないと言って、暴れ出す始末でした」


 二人は困った顔をしながら、そのストレスをどうにかするためにコーヒーを勢いよく飲む。


「全くなあ……自分の運命が想像通りと違うからって、どうして認めようとしないのかね」


「運命という時点で、自分の都合の良いように解釈しているのでしょう」


「全く、そのせいで実際は運命にあっている人はたくさんいるのに、認めようとしないんだからな。それなのに運命を求める」


「人というのは、そんなものですよ」


 今までも似たような会話をしていたからか、スムーズに終わってしまう。

 ちょうどコーヒーもタイミングよく飲み終わったので、その部屋から出た。


 どこかで誰かの叫ぶ声が響くのが耳に入っていたが、いつもの事なので気にせず持ち場へとそれぞれ戻っていった。





『運命共同体』

 ・世界に必ずいる運命共同体。

 ・その人に会える確率は、とてつもなく少ないのだがみんな必死に探している。

 ・しかし、もしも出会った運命の人が想像と違っていたら。

 ・受け入れない人の方が、多いのだろう。

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