どんどん増えていく体重
最近、とてつもない悩みを抱えている。
人生最大の危機と言っても、大げさじゃない。
「……また増えてる。何で」
私は体重計に乗りながら、大きなため息を吐いた。
ダイエットしているはずなのに、減ることはなくむしろ少しずつ増えていく。
食事制限や、運動も欠かさずにしていて、どうして増えるんだろうか。
リバウンドもありえない。
まず減っていないのだから、するはずがない。
どうしてダイエットを始めたかというと、単純な理由だった。
二か月後に、前から気になっている人も含めて旅行に行く計画が立っている。
しかも泊まるホテルには、温水プールがあるとの話だ。
みんなでそこに入ろうと言っているから、当然水着になる。
そうと決まったら、水着になっても恥ずかしくないぐらいの体になっていないと、自分で自分が許せない。
可愛い姿を見せられれば、彼も私の事を好きになってくれるかもしれない。
だからその為に、ダイエットを決意したのだ。
しかし、全く上手くいっていない。
二か月なんてあっという間なのに、こんな状態じゃ水着を私だけ着られない可能性が出てくる。
それだけは嫌だ。
絶対に痩せてやる。
自分に強く言い聞かせて、私は体重計からおりると気合を入れてガッツポーズをした。
そこからの努力は、涙ぐましいものだった。
ただ食べないというのは長続きしないから、バランスの良い食事。
運動も有酸素運動や、体感トレーニングなど色々なものを試した。
健康的に痩せる。
くじけそうになったら彼の写真を取り出して、やる気を戻した。
そうして一ヶ月、私は頑張った。
その結果が、
「……また、増えている! どうして!」
さらなる体重の増加だった。
私は、体重計にのりながら叫んだ。
こんなにも頑張ったのに、どうして増えているのか。
普通だったら一キロ二キロ、いやもっと落とせているはずなのに。
どうして。
感触だってしていないし、カロリーだってきちんと計算している。
全く太る理由に心当たりが無くて、私は頭を抱えた。
「どこかに肉が付いた感じも無いけど、確実に増えているんだもんな」
お腹の肉をつまんでみるけど、いつもと変わらない気がする。
それなのに、一体どこに肉が付いたんだろうか。
不思議になるけど、答えは見つからなかった。
それでも太ったことは事実だから、私は絶望に打ちひしがれていた。
「残り一ヶ月で五キロ痩せるのは、無理だよなあ。最悪」
友達は大丈夫だって言うかもしれないけど、納得がいかなかった。
「増えているのは少しだけだけど、どのぐらいだろう?」
今まで体重をはかっていても、記録してこなかったから分からない。
これからは記録しておくようにしよう。
私はそう決めて、さっそく今日のも手帳に書いておくことにした。
もう絶対に手帳を他人に見せられなくなったけど、水着のためだ我慢するしかない。
残り一か月だとしても、最後まで諦めないで頑張ろう。
私はまた、気合を入れた。
それから私は、お風呂上がりに体重をはかることを日課にした。
そして手帳を見れば、体重の変化が分かるようになった。
「……二十一グラムずつ増えてる」
結果分かったのは、不定期にだけど同じ重さずつ増えているという事実。
いつも、二十一グラムと同じ。
私の持っている体重計は、モードによっては一グラム単位ではかれる高性能のものだ。
だからこそ、そんなおかしなことになっているのに気が付いてしまったのだけれど。
ダイエットを頑張っているのにも関わらずに、二十一グラムずつでも増えていくのはなんでなんだろう。
私は手帳を前にして、唸り続ける。
旅行までは、もう二週間を切ってしまった。
だからダイエットは続けるけど、効果に関しては諦めている。
部屋にある全身鏡で見てみても、太った感じは無いからそうするしかなかった。
私は旅行のために買った、水着を着て鏡を見る。
「……うん、まあ。可愛いかな? 可愛いよね」
一緒にこれを買いに行った友達は、とても可愛いと言ってくれたけど。
自分で鏡を見ても、そこまで自信が持てなかった。
彼が黒が好きだからといって、黒ビキニはやりすぎな気もするけど。
まあ、買っちゃったものは仕方ない。
これで彼を悩殺するのだ。
私は鏡の前で頷きながら、旅行の準備をした。
そして、旅行当日。
私は大きな荷物を抱えて、集合場所で待っていた。
これからレンタカーを借りた友人の一人が、私達を迎えに来る予定になっている。
だから遅れないようにと考えて居たら、随分早くついてしまったみたいで、誰もいない。
私は地面に荷物を降ろして、一息ついた。
持ってきた荷物の中には、ちゃんと水着が入っている。
その事を思うと、ワクワクした気持ちと変だと思われたらどうしようという不安で、ごちゃまぜになっていた。
それでも、もう後戻りは出来ない。
勇気を出してきてみて、彼の反応を待つだけだ。
私は自分の頬を叩いて、気合を入れた。
「お待たせ。早いね」
そうしている内に、みんなが続々と来た。
その中には彼もいて。
「おはよう。楽しみで、早く来ちゃった」
私ははにかみながら、挨拶をした。
不安があったとしても、旅行が楽しみな事に変わりはない。
私はくだらない考えを頭の隅に追いやって、今日をいっぱい楽しむことにした。
今日一日が終わりかけ、私達は並べられた布団の中に入りながら他愛の無い話をしていた。
私もその中の一つにいて、とても機嫌よく頬に手を当てて悶えた。
さっきまで、みんなでプールに行っていたんだけど。
黒のビキニは、彼にとても好評だったのだ。
水着を見せた時の、顔を赤くさせた姿は今もよく思い出せる。
これだけでもう、今回の旅行は大成功だったといっても過言じゃない。
しかも、彼の態度が少し甘くなった気もする。
これは彼の恋人になる日も、近いのではないかな。
そう考えるだけで、色々と気持ちがたまらなくなって、今にも暴れ出しそうだ。
でも、そんなところを見られてひかれたくは無いから、必死に抑える。
「……ねえ、聞いてる?」
暴れないように集中していたら、友達の一人に呼びかけられた。
私は慌てて、もぐっていた布団から出る。
「ご、ごめん。何かな?」
「もう! 聞いてなかったの? 今、みんなで怖い話をしていたの。あなたは無いの?」
「えっ。うーん、怖い話かあ」
顔を出せば、みんなの視線が私に集中していて。
その視線に居た堪れなくなりながらも、慌てて考える。
怖い話、か。
そんなことを急に言われても、物凄く困る。
別に今までの人生で、幽霊とかの怖い目にあった事は全くない。
だから作り話とか、誰かに聞いた話じゃないと。
そんなものが、そう簡単に出来るはずもなく。
「えーっと、そんな幽霊とかの話じゃないんだけどね。私の身に起こったんだけど」
私自身の話をするしかなかった。
みんな興味津々な顔をしてくるけど、期待されても困る。
でも、話を始めたのだから最後まで終わらせるしかない。
「最近ね、ダイエットをしていてね。食事制限とか、運動を頑張っていたの。でも、どういう理由なのか全く減らないの。……体重が。ずーっと、二十一グラムずつ増えているのよ。今もきっと」
それらしい話し方をしてみたのだけれど、やっぱり駄目だったみたいだ。
「何、その話。全く怖くないじゃん」
「違う意味で怖いってこと?」
「もう、そう言う事じゃないでしょ!」
呆れた顔をして見て来るけど、私だってこんな話はしたくなかった。
だから頬をふくらませる。
「しょうがないでしょ。怖い話なんて、そうそうないから!」
無茶ぶりをしてきた方が悪いのだから、文句を言わないで欲しい。
私がそっぽを向けば、友達の一人が宥めてくる。
「ごめんって。だから、そんなに怒らないで。……あれ? どうしたの?」
しかし、その途中で宥めるのを止めた。
どうしたのだろうと私もそっちの方を見れば、私を宥めていた友人が、別の友人の肩にそっと手を置いている。
その子は顔を青ざめさせながら、何故かガタガタと震えていた。
先程まで和やかに話していたのに、急に気分でも悪くなったのだろうか。
私は心配になって、その子の元に近づこうとした。
「来ないでっ!」
しかし本気で叫ばれてしまい、体の動きを止める。
「どうしたの?」
震え続ける彼女を、みんなが心配する。
そして、何があったのかと理由を尋ねた。
しばらくの間、震えていた彼女は深呼吸をして落ち着くと、ゆっくりと口を開いた。
何故か私とは、全く目が合わない。
「む、昔、ホラー番組か何かで聞いた事があるんだけど、二十一グラムって魂の重さと同じだよね。もしかしてさあ、何かに憑りつかれているんじゃない」
「は?」
誰かの呆然と呟く声と、息を飲む音が聞こえた。
私は何も言えなかった。
何を言っているの、考えすぎだよ。
そう笑い飛ばしたかったけど、口から出るのは息を漏らしたかのような変な音ばかり。
見た目には変化が無いのに、増えた体重。
どんなにダイエットをしても、減る事は無い。
色々な事実が、頭の中に浮かんでは消えていく。
否定を出来ない私は、何故か肩がずっしりと重たくなった気がしてきた。
もしかして、本当に何かが憑りついているんじゃないのか。
そんな考えが、頭の中にこびりついて離れてくれなかった。
『どんどん増えていく体重』
・ダイエットをしているはずなのに、一定の量で増えていく体重。
・いつも同じ重さ、二十一グラム。
・増えているのは体重ではなく、別の何かなのかもしれない。
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