96

 真由子はそれから久しぶりに新宿御苑まで足を伸ばした。

 そこで真由子は緑色の公園の中を散歩して、たくさんの美しい木々を見た。

 あの人とすれ違ったのは、その帰り道のことだった。

 あの人は道の向こう側から真由子のほうに向かって歩いてきた。

 もうずっと昔のことだったのだけど、真由子はそれがすぐにあの人だということがわかった。

 なぜならあの人は、今も当時と同じようなぼろぼろのスーツを着て、ぼろぼろの靴を履いていて、ぼさぼさの頭をしていたからだった。

 なによりも、あの人の目は昔と同じように今もきらきらと輝いて見えた。

 だから小島真由子には道の向こう側から歩いてくる男性が、柳田康晴先生であるということが、一目でわかった。

 きっと、柳田先生も真由子のことに気がついたと思う。

 真由子は学院時代のころに比べると、結婚もして、随分と変わったけれど、その本質的な部分は、今もなにも、あの幸せだった学院時代のころの自分と変わっていなかったからだ。

 だから、柳田先生なら、すぐに私だと気がついてくれると思った。

 実際に、柳田先生は歩いている真由子の姿を見て、一瞬だけ動揺したように見えた。

 先生が、……私に気がついた。

 そう真由子は思った。

 柳田先生は平然を装うと、それからすぐに何事もなかったかのように、また道の上を歩き始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る