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今にして思えば、学院に通っていた三年間という時間は、まるで奇跡のように鮮やかな色彩に彩られた幸福な時間だった。
毎日が楽しくて、あんまり笑ったりしない真由子も、今よりはずっと、本当によく笑っていた。
生徒会も楽しかったし、友達も、みんないい人たちばかりだった。
真由子はそんな学院時代のことを思い出して、ちょっとだけ含み笑いをした。
「どうかしたんですか?」小鹿が言う。
「……昔のことを思い出していたんです」真由子は言う。
「昔のこと?」
「はい。学院に通っていた時代のことです」
真由子はそっと小鹿を見る。
「その学院に、真由子さんの好きな人がいたんですか?」
「私の通っていた学院は女子校です」真由子は言う。
それから二人はまた、東京の夜の中を歩き始める。
以前に一度だけ、真由子は柳田先生とこうして、月の見える夜を二人だけで散歩したことがあった。
それは柳田先生が転勤をすることになり、そのさよなら会を教室のみんなで開催した夜だった。
柳田先生の転勤先の学校は京都にあり、それは、とても遠い場所だった。
そのさよなら会が終わった夜に、真由子は一人、柳田先生を呼び止めた。
柳田先生はいつも通り優しい声で真由子に「どうかしたんですか?」と言った。真由子はどうしても柳田先生に相談したいことがあると言った。
柳田先生は遅い時間だからと言って、真由子の相談を今から聞くことをためらった。真由子は迎えにきていた運転手さんを連れてきて、「少しだけ待っていてもらいますから、帰りのことは大丈夫です」と柳田先生に言ってから、「お願いできますか?」と運転手さんに聞いた。
すると運転手さんは「もちろんです。真由子お嬢様」と真由子に言った。
それから運転手さんは柳田先生に「柳田先生。お嬢様を宜しくお願いします」と言って、帽子をとって頭を下げた。
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