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「僕は去年の冬に高松さんに恋をして、それからもしかしたらこの場所にくれば高松さんに会えるかもと思って、この図書館に通うようになったんです」と優は言った。

「……じゃあ、神田くんは、そのときからずっと私のことを知っていたんですか?」

「そうです」優は答える。

 小春はすごく恥ずかしくなった。

 あのころの自分は(今も別にすごく容姿に気をつけているわけじゃないけど)受験に人生を捧げていたから、きっとひどい顔と格好をしていたのではないかと思った。

 その姿を、よりにもよって優に見られていたのだ。

 ……恥ずかしい。

 死にたい。

「でも、高松さんは一時期、図書館にこなくなりましたよね。たぶん、あれは受験の勉強だと思うから、その受験が終わったからだと思うけど、僕は高松さんとのたった一つのつながりを失ってしまいました。でも、それでも僕はなんとなく勉強するときは図書館にくる習慣が身についていて、高松さんがいなくなった図書館にきて、勉強をするようになったんです」

「……そして、そんな神田くんを私が見つけた」

「今までの話によると、たぶん、そういうことなんだと思います」

 優はにっこりと笑って言う。

 小春が図書館にこなくなったのは、確かに受験が終わったからだった。

 それから、少しして、なんとなく当時のことが懐かしく思えて、小春は四月の初めごろに、ふらっとこの区内図書館に立ち寄った。

 それは勉強をするためではなくて、あのころの必死に勉強をしていた自分ともう一度出会うための訪問だった。

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