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 四人はしばらく無言だったが、一番初めに声を出したのは、やはりおしゃべりな恵だった。

「あ、小春。バック。ちゃんと預かってるよ」

 恵はそう言って、膝の上に置いていたバックを小春に手渡した。

「うん。ありがとう」小春は言った。

「どういたしまして」恵は言う。

 それから、また場は無言になった。

「ほら、優。あなた男の子でしょ? ちゃんと声かけなさいよ」椛が言う。

「……うん」優が言う。

 その優の声にぴくん、と少しだけ小春の体が反応する。

 それから「あ、あの」と言って、優は顔をあげて目の前に座っている小春に目を向ける。

 小春も「は、はい」と言って、顔を上げて、優の顔を見る。

 すると二人が同時に顔をあげたので、空中で二人の視線がばっちりと重なってしまった。そのせいで二人は顔を真っ赤にして、またお互いにすぐに下を向いてしまった。それから二人はまた無言になる。

「こりゃ、だめだ。らちがあかない」と呆れた顔をして椛が言う。

「まあ、まあ。そういうこともあるよ。ここはさ、若い二人に任せて、とりあえず私たちは退散することにしますか? ね、山里さん」

 なんだか悪いことを考えているときのような顔で、(どこでそんな悪知恵を仕入れてきたのかは知らないけど)恵はそんなことを言うと、椛を見る。

「まあそうだね。そのほうがいいかもしれない。四ツ谷さん。顔に似合わずいいこと言うね」長椅子から立ち上がりながら、椛が言う。

 そんな椛のことを驚いた表情をしながら、優が見る。

「顔に似合わずってどういうことなんですか? 山里さん」そんなことをいいながら恵も席を立つ。

 そんな恵のことを小春が、行かないで、と言った表情で見つめる。

 でも、恵と椛は、二人の視線を無視して、そのまま二人で図書館の奥のほうに移動して行ってしまった。

 じっとその背中を見つめている二人に、一度だけ恵と椛は一緒に振り返って、「頑張って」と声を出さずに口の動きだけでそう言った。

 そして二人がいなくなって、ほかの図書館利用者の人も今の時間は休憩所には誰もいなかったから、小春と優は、初めて、本当に二人きりになった。

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