8.ガルフェリアの夜

 その日の夜、私達は改めて城内の会議室に集められた。

 ホーキンス様が指揮するガルフェリア兵団と、ターティル様の魔術師団が集めた情報の擦り合わせの為だという。

 この場に呼び出されたのは、タルガランド陛下とホーキンス様、ターティル様の獣王国側の三名。そしてお兄様と私の二人を合わせた計五名。

 まずはホーキンス様からの報告が始まった。


「女神の双剣が持ち出された玉座の間から、ビルスタリカ城外に至るまでの全ルートを洗いました。こちらは魔術師団と合同で、見張りを担当していた兵団員からの聴取と魔力の追跡を行いました」

「その表情から察するに……良い報告は聞けぬようだな」


 タルガランド陛下の指摘に、ホーキンス様は言いづらそうに少し俯いた。

 ……実際のところ、獣人の表情の変化は、私達人間には判断しづらい。犬や猫の獣人なら尻尾や耳を見れば分かりそうなものなのだけれど、ホーキンス様のような鳥型の獣人となると……ええ、やっぱりよく分からないわね。

 ただ、明らかに彼の声の調子が暗くなっている。やはり、そう簡単には証拠を掴ませてくれなかったのだろう。


「……兵団員達には、何か少しでも異変があったのならば、些細な事でも良いので報告するように促したのですが……残念ながら、有力な目撃情報はありませんでした」


 続いて、ターティル様も口を開いた。


「魔術師団も同様にございます。女神の神器程の魔力を秘めた武器であれば、微力なりとも痕跡が残るもの。しかしながら、神器が保管されていた宝物庫……及び、直前まで存在していた玉座の間以外に痕跡はありませなんだ」

「ターティルよ、城外の調査はどうなっておる?」

「そちらも引き続き、全力を尽くして調査を継続しております。何か進展があれば、すぐにでも陛下にご報告をさせて頂く所存にございます」

「うむ……」

「特に進展は無し、という事か」


 そう呟いたレオンハルトお兄様。

 ただこれは、全て私達の想定通りの展開だ。

 国の中枢に『ガリメヤの星』か魔王の残党が紛れ込んでいる危険がある今、私達は彼……あるいは彼らの思い通りに事が運んでいるように見せかける必要がある。

 兵団も魔術師団もお手上げ状態……このままでは女神の双剣が手に入らず、魔王復活の危機に対処しきれなくなる。

 それこそが、敵の描く理想的なシナリオなんですもの。今はまだ、その夢物語を見させてあげようではありませんか。

 ……あくまで、別行動中のウォルグさん達が双剣を探し出すまでの話ですけれどね?




 ******




 レティシアとレオンハルトが城で敵の目を引き付けている間、俺とリアンとルークの三人は、城外のとある酒場で待ち合わせをしていた。

 ガルフェリアの国民はほぼ全てが獣人族で構成されている。その為か、俺達のような人間の若者が居ても、酒の飲める年齢かどうか判断がつかないらしい。

 俺達も獣人の顔の見分けが付かないように、向こうも細かな違いなんて判別出来ないのだろう。まあ、ルークはとっくの昔に成人しているんだがな。俺だってあと三年もすれば飲める歳だ。

 獣人達が楽しく酒を酌み交わす夜の酒場は、思っていたよりも騒がしかった。客も店員も、そちらの方に気を取られて俺達を気にする素振りも無い。

 ……だからこそ、こうして声を潜めてやり取りをするには打って付けの場でもある。


「……待たせたな」


 満席状態のテーブルの間を縫って、俺達の元にやって来た黒衣の男。

 そこいらの一般人とは一線を画す鋭い雰囲気を纏ったその人物は、静かに丸椅子に腰を下ろした。尻の方から垂れた長い尻尾と、目深に被ったフードから覗く肌は、灰色の鱗に覆われている。


「君が例の?」

「ああ。ギルが珍しく連絡を寄越して来たから驚いたが……オレも随分なトラブルに巻き込まれちまったようだな」


 ギルというのは、ガルフェリア兵団長のホーキンスの名だ。

 この蜥蜴とかげ族の男……マリク・リザルドは、元諜報部隊長であったという。諜報部隊を引退した後は、この王都ゴーフェンの情報屋として生活しているらしい。

 そんなマリクを俺達と引き合わせてくれたのが、彼の友であるというホーキンスだった。

 マリクは長い脚を組みながら、俺達の顔を順に眺めてこう言った。


「ギルからある程度は聞いている。今回の報酬も、アイツに免じて後払いで結構だ」

「それはありがたいねぇ〜」

「……本題に入るが、例の物が城から持ち出された形跡はあるのか? どこからか秘密裏に運ばれた可能性は?」


 俺が話を急かしたのが面白かったのか、マリクは小さく鼻で笑ってから話し出す。


「ああ、それについてだが……どうやら明日の早朝、城に商人が来るらしい。普段出入りする業者じゃないな。オレの情報網に引っ掛からない名前だったから、こいつはフェイクだろう」

「フェイク……? って事は、本物の商人じゃないって事ですか?」


 リアンの問いに、マリクは静かに頷いた。


「だな。獣人も何人か混ざってるそうだが、大半が人間族の団体だ。奴らが連れてる用心棒もガラが悪い。まともな商売をする連中じゃないだろうぜ」

「つまり犯人は、その連中に例の物を預けて城から持ち出そうとしているのか……」

「じぁあ、アレはまだ城のどこかに隠されてるんだね」

「そうなるだろうな。欲しい情報はこれで充分か?」

「ああ、助かった」


 すると、マリクは早々に立ち上がった。


「それじゃあ、また何かあったらご贔屓に……。ギルには、さっさと報酬持って呑みに繰り出すぞとでも伝えておいてくれや」

「はいは〜い」


 背中を向けてひらひらと手を振るマリクに、ルークも呑気な返事と共に手を振って送り出す。


 ……さて。

 マリクの情報が正しければ、女神の双剣はまだあの城のどこかにあるらしい。

 夜が明ければ偽の商人達がやって来て、城内に潜む何者かを通じ、城の外に双剣を持ち出して行方をくらませるはずだ。


「……ルーク、リアン。やる事は決まったな」

「例の商人達を待ち伏せて、アレを取り返す……でしょ? うんうん、ボク達なら余裕でしょ!」

「要するに、そいつらと戦えば良いんだよな? それなら任せてくれ! 炎獅子モードフルバーストで、バシッと片付けてみせるぜ!」

「フッ……俺に遅れを取るなよ、お前達……!」


 ルークもリアンも、背中を任せるに値する男達だ。

 この場にケントやウィリアムも居れば万全だっただろうが……今はこの三人で、レティシア達が時間を稼いでくれている間に出来る事をするだけだ。

 そうして俺達は、酒場を後にしてビルスタリカ城方面へと移動を開始した。

 もうじき夜明けが来るまでに、俺達の行動をに悟られないよう、慎重に動かなければ……。

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