7.疑いの目
玉座の間から忽然と姿を消した、女神の双剣。
リアンさんとログス理事長の戦いが始まる直前。ガルフェリア兵団長であるホーキンス様が、女神の双剣を宝物庫から玉座の間に運んできた。
ホーキンス様によって、双剣はタルガランド陛下やターティル様のすぐ側に置かれた台座に安置され、その周囲には見張りの兵も置かれていた。
そうしてリアンさんの勝利が決まるまでの、ほんの僅かな時間で……私達が求めてやって来た女神の双剣が、消えてしまったのだ。
双剣が行方不明になったと発覚した途端、タルガランド陛下はすぐさま兵士達に双剣の捜索を命じた。
加えてターティル様は、城内に居る魔術師達を掻き集めて女神の双剣に込められた魔力を辿らせるべく、魔術師団に連絡を飛ばす。
「まさか、このような失態を晒す事になろうとは……。貴殿らに何と詫びれば良いのやら……」
威厳のある佇まいのタルガランド陛下の鬣から覗く耳が、申し訳なさそうに垂れ下がっている。
すると、レオンハルトお兄様が口を開いた。
「……陛下。この件に関して、少々お伺いしたい事が何点かあるのですが……別室にて話をお伺いしても宜しいか?」
「うむ、それは構わぬが……」
そう告げたお兄様の視線は、タルガランド陛下──ではなく、
しかしそれは、ほんの一瞬の事。偶然私がお兄様の方を見ていたからこそ気付いた、些細な仕草でしかなかったのだ。
今はもうお兄様の目は陛下に向けられていて、何かお話をする為に、少し場所を移す準備をして頂いているらしい。
……あの視線には、きっと重要な意味があるはずだわ。そんな予感しかしない。
だって私のレオンハルトお兄様は、国王陛下から直々に任務を与えられる程に優秀な人物なんですもの!
そんなお兄様があのような意味ありげな仕草をしていたのだから、きっと何かがあるはずですわ!
それから間も無くして、私達は陛下と共にビルスタリカ城内の会議室に案内された。
ここは常時防音結界が張り巡らされた部屋だそうで、他国の間者が聞き耳を立てる隙も無い、鉄壁の場所なのだとか。これと同様の結界は、陛下の私室や重臣達の執務室にも施されているらしい。
会議室の中央には、大きな円卓が置かれていた。陛下とお兄様が向かい合うような形で席に座り、私やウォルグさん達も同席している。
因みにホーキンス様とターティル様は、兵団と魔術師団それぞれで双剣捜索の指揮があるので不在だ。捜索に何か動きがあれば、兵士か魔術師の誰かがすぐ報告に来る事になっている。
すると早速、お兄様が話を切り出した。
「急な質問になりますが、陛下は今回の双剣強奪事件の犯人に心当たりは?」
「……無難に考えれば、かの『ガリメヤの星』の者共が怪しいであろうな」
タルガランド陛下が口にした、ガリメヤの星。
彼らは何を目的としているのか分からないが、強盗や殺人等の凶悪犯罪を各地で繰り返す犯罪集団だ。
今でもよく覚えている。ケントさんの実家であり、私がセイガフに入学する為の資金を稼がせて頂いたミンクレール商会。そこを襲撃し、従業員とケントさんのお父様を攫った連中である。
あの時はお兄様の迅速な対応によって無事に事件が解決したものの、その犯人達はガリメヤの星の中でも末端の末端だった。
拠点の場所やグループの規模も不明で、幹部らしき者達はこれまで誰一人捕らえられた事の無い者達だ。汚い仕事はその辺の小悪党や貧乏人を雇って行わせ、彼らに大した情報を与えずにグループの情報を漏らさない徹底ぶり。
お兄様以外にもルディエル王国には有能な人材が揃っているものの、彼らの尻尾を掴めなければ決定打を与えられない。
常に後手に回っての対応となる、もどかしく腹立たしい連中──そんなガリメヤの星ぐらいにしか、あの警備の中を掻い潜って女神の双剣を盗み出す事は出来ない。そう陛下は考えたのだろう。
けれど……お兄様は直感的に。私は巫女の転生者として、その推理に違和感を覚えたのだ。それは私達兄妹だけでなく、ウォルグさんやルークさんも同様だったらしい。
それを指し示すように、二人が続けて言葉を発する。
「……その可能性もあり得るだろうが、他にも女神の残した神器を警戒している者達は居るはずだ」
「ガルフェリアの王様も、ルディエル王国から連絡が来てるはずだけど……」
「…………!」
タルガランド陛下は鋭い眼を見開き、ハッと息を飲んだ。
「女神シャルヴレアを敵視する、魔族の残党か……!」
「アイツらがやった可能性も、充分考えられると思うんだよねぇ」
「……だが、我が城内に魔族の侵入などあり得ぬ。仮にそのような事があれば、魔術師団より何らかの報告があるはずであろう」
前世の記憶がある程度戻ってきた今なら、私も魔族についての事はそれなりに把握している。
魔族とはその名の示す通り、人間や獣人とはまた違った在り方の存在だ。彼らは魔族大陸で繁栄し、魔王によって支配されていた莫大な魔力を秘めた者達だった。
そのうえ、彼らに流れる魔力の質は独特なのだ。
私がまだ巫女エルーレとして生きていたあの頃、魔族の軍勢を前にした。彼らから放たれていた魔力は、魔王には劣るものの、邪悪な力を秘めていた。
「魔王に支配された魔族ってね、階級によって差があるものの、体内に魔王の魔力を混ぜ込まれるんだ。それが魔王に対する、魔族の服従の証なんだよ」
「……貴殿はもしや、ルディエル王国からの密書にあった──」
「人類の味方であるヴァンパイアのボクが言うんだから、信憑性のある話でしょ?」
余裕の笑みを浮かべて言ったルークさんと、少し悩んでいるように眉根を寄せるタルガランド陛下。
ルークさんの今の言葉が事実なら……もしも魔族がこの時代に現れれば、彼らの中に流れる魔王の魔力を辿れば良い。
「……だけど、このお城の中に魔族はボク以外には居ないみたいだね。居たら気配ですぐ分かるからさ」
「でもさ……そうなると、女神の双剣を盗み出した犯人は誰になるの……?」
首を傾げて言うリアンさんの方を向いて、私はそっと口を開いた。
「……犯行が行われたのは、陛下をはじめとする大勢が集まっていた大広間でしたわ。あれだけの人数が居る中で、誰にも気付かれずに双剣を盗み出すとなると……隠蔽系の魔法を使用出来る何者か、と考えるのが無難ですわね」
「隠蔽魔法……そうか! その魔法を使えば、誰にも気付かれないように動けるもんな!」
「そして、明確な証拠も無い今の時点で怪しいのは──」
その後に続けた私の言葉に、リアンさんが絶句する。
「──ですわ。仮にそうであった場合、犯人と戦闘になる可能性がありますわ。……この事件の主犯が発覚すれば、相手方は死ぬ気で抵抗してくるでしょう」
レオンハルトお兄様は、それを聞いて改めて陛下に視線を移した。
「この件に関して、我々ルディエル王国側も独自に双剣の捜索を行いたい。陛下のお許しさえ頂ければ、の話ですが……」
「……良かろう。情け無い話ではあるが、レティシア嬢や貴殿らの推測が正しければ……必ずや、皆の助力が必要となるであろうからな」
良し、これで陛下の許可は得られましたわ……!
私達は陛下の許し無しには勝手に動けない、この国に招かれた異国人ですもの。
何故ならこの事件には、ガリメヤの星か魔王軍残党──そのどちらかに属する、獣王国のスパイが関わっている可能性があるのだ。
そうでなければ、物理的にも魔力的にも鼻の
現時点で怪しいのは、やはりお兄様が気にしていらした
こうして私達は、異国の地にて女神の神器捜索を開始するのだった。
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