6.紅き閃光

「行くぞ、オヤジっ!」

「どこからでもかかって来い、リアン。生半可な剣であれば、全てねじ伏せるのみ……!」


 双剣を構えたリアンさんが、一気にログス理事長との距離を詰めていく。


「とああぁっ!」


 そのまま前から突っ込んでいく……かと思いきや、リアンさんはその場で思い切りジャンプした。

 落下の勢いに乗せて両腕を振り下ろしたリアンさんの二対の剣は、けれども理事長の反応の素早さによって受け止めれてしまう。


「その程度か!」

「くっ……んなわけ、ないだろ!!」


 金属が激しくぶつかり合う音が、玉座の間に響き渡る。

 攻撃を防がれたリアンさんは、それでも諦めずに再度距離を取った。


「こうなったら、一気に決めてやる!」


 リアンさんは胸の前で双剣をクロスさせるように構えると、目視出来る程の濃度の魔力を全身に漲らせていく。

 あれだけの魔力を引き出すには、魔法があまり得意ではない彼には困難なはず……。

 けれども私には、その理由が『目に見えていた』のだ。

 あの時、リアンさんに見えていた一瞬の輝きが──その強さを増していた。


「炎獅子モード……全速力で、全力だッ!!」


 その瞬間、彼の周囲を取り巻くようにして、赤い光がリアンさんを包み込んだ。

 揺らめく炎のような紅蓮の光が、彼の髪を強烈な紅の色に染め上げる。その光の炎は、まるで勇猛な獅子のたてがみのよう。

 スッキリとした短髪だったリアンさんの髪は、肩甲骨辺りまで伸びたボリュームのある長髪に。

 それだけでも驚愕の変化だというのに、更に目を惹くのは、彼の頭上に鎮座する二つの部位。リアンさんの血の中に眠っていたであろう、ガルフェリア・セイリス王家の身体的特徴──獅子の耳が、確かに出現していたのである。


「その力……リアン、お前も遂に目覚めたか……!」

「あんまり実感は無いけど、どうしてだろうな。皆が……レティシアが、見守ってくれてるからかな。胸の奥底から、どんどん力が湧き上がって来るんだ……!」


 その言葉の通り、二人の戦いを見守っている私達にも、その意味が身体で実感出来ていた。

 空気を伝って、ビリビリとしたリアンさんの魔力を肌で感じる。彼の内側から湧き上がる魔力は、少しずつ勢いを増していく炎のよう。


「……今ならきっと、相手がオヤジだって渡り合えるはずだ!」

「ぬっ……!」


 刹那、リアンさんは一筋の紅い閃光と化した。

 目にも止まらぬ速度で、瞬時に理事長と距離を詰め双剣を振るう。理事長は急なリアンさんからの攻撃に対し、ギリギリの所で片方の剣で受け流したらしい。

 けれども今度のリアンさんは、先程のように簡単には諦めなかった。次の一撃、またもう一撃と激しい乱撃を繰り広げている。

 その動きはあまりにも速すぎて……けれども、あのスピードを見せた彼の背中には見覚えがあった。

 セイガフの入学試験で、私とリアンさんがウィリアムさん達のチームと戦ったあの時。確かその際にも、彼は赤い弾丸のようにウィリアムさんに向かっていった。

 あの頃からリアンさんは、この力の片鱗を見せていたのだと思う。その力が目覚めた、と理事長も仰っていたし……。

 けれどもあの時以上に、今の彼は成長を遂げている。


「ドラドラドラドラドラァァッ!!」


 高速でぶつかり合う刃の金属音が、二人の戦いの苛烈さを物語っていた。

 その証拠に、壮絶な猛撃を浴びせ続けたリアンさんの一撃によって──ログス理事長の左手から、大きな剣が宙へと吹き飛ばされる。


「なっ……!」


 緩やかな放物線を描いて宙を舞う理事長の剣が、そのずっしりとした質量と共に床石に突き刺さった。

 まさか、それだけの威力で攻められるとは想像していなかったのだろう。理事長は目を見開き、その隙を見逃さなかったリアンさんが、父の喉元に剣先を突き付けた。


「……勝負あり!」


 しわがれたターティル様の声が、しんと静まり返った玉座の間に勝負の終わりを告げる。


「勝者、リアン・セイガフ! よって、女神の双剣は姫巫女殿へと正式に引き渡されるものとする! ……良いですな、王よ」

「うむ。ログス、そしてその息子リアンよ。両者共、よき戦いを魅せてくれた」


 タルガランド陛下のその言葉に、リアンさんはそっと剣を収めた。

 その途端に気が抜けたのか、つい先程まで感じていた強い魔力はスッと霧散し、髪も獅子の耳も元通りの姿になっていく。

 すると、リアンさんが笑顔で私の方へと駆け寄って来た。


「レティシア!」

「お疲れ様です、リアンさん。とても素晴らしい戦いでしたわ!」

「へへっ……! あの力を……炎獅子モードを上手く使いこなせたのはまぐれだったかもしれないけど、これできっとオレもレティシア達の役に立てたんだよな?」

「まぐれだなんて、そんな事ありませんわ! リアンさんが理事長様に勝利なされたのは、リアンさんの努力の賜物です!」

「そ、そうかな……? だったら嬉しいな!」


 眩しい笑顔を浮かべるリアンさんの肩を、ルークさんがポンッと叩く。


「まさかキミが、ガルフェリア王の遠縁だったなんてねぇ〜。前から何かの混血だとは感じてたけど、セイリス王家の血を引いてたんなら、あんな力を使えるのも納得だよ」

「ルークさんは、リアンさんのあの力について何かご存知なのですか?」

「まあ、こっちでの生活も長いからそれなりにはね。獣王国の人達って、身体強化系の能力を持って生まれるタイプも居るんだよ。その中でも特に強力なのが、獅子の家系……つまり、リアンや理事長さん、それからあの王様ってコトだよ」


 その力があるからこそ、血の気の多い獣王国の国民達を支配する王族に相応しいのだろうと、ルークさんは続けて言った。

 ホーキンス様もガルフェリアの国民性についてお話しして下さったけれど、こうして突然二人に勝負するよう命じたのも、力が正義というガルフェリア特有の価値観があったからなのかもしれないわね。

 それにしても、あの炎獅子モード……? とリアンさんが名付けていたあの力。

 外見にも影響をもたらしていたけれど、あの姿はリアンさんの中に流れる獣人の血を呼び覚ましていたのかしら。獣人は身体能力が高い事で知られているから、その力を引き出せるなら、筋力や体力を必要とする剣士としてはありがたい事でしょうね。

 ちょっと話が逸れるけれど……獅子の耳がついたリアンさん、ちょっと新鮮で可愛らしかったわ。あの耳、魔力で構築されていたようだけれど、触れるのかしら……?

 私がそんな事を考えているとも知らずに、お兄様やウォルグさんが次々にリアンさんの勝利を讃えて言葉を贈っていく。


「今度俺とも手合わせしろ、リアン。あの力が俺の槍にも通じるか、試してみたい」

「俺も、都合が合えば手合わせを頼みたい。何なら、この三人で纏めてやり合うのも悪くはないな……」

「あ、じゃあ帰ったらウィルも混ぜて二対二で──」


 三人が会話に華を咲かせている中、ターティル様が双剣の引き渡しを進めるべく準備を進めようとしていた、その時だった。


「な、何という事じゃ……!? つい先程まで、ここにあったはずだというに……!!」


 突如、ターティル様の驚愕が室内に響き渡った。


「王よ、一大事にございます! め、女神の双剣が……どこにもありませぬ!!」

「何……!?」


 彼の報告に、誰もがすぐさま双剣が置かれていた台座に目を向けた。

 けれどもそこにあるはずの女神の双剣は、ターティル様の言葉通り、忽然と姿を消していたのだ。

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