第6章 逆風を追い風にして

1.仲間を待つ者達

 大森林でのヴァンパイアとの戦いから、もう一ヶ月が経過していた。


 私達を襲ったヴァンパイア──クリストフを追い払ったルークさんは、私の魔力を吸収してなんとか無事に一命を取り留めた。

 けれども、カナリア副団長はクリストフに連れ去られ、未だに行方が分からない。

 そして……ルークさんの正体が、ごく一部の人々に知れ渡ったのだ。



 千年も前に滅んだはずの魔族の一つ、ヴァンパイア。

 その中でも位の高い吸血鬼だという彼は、セイガフの寮に戻る事無く、城へ連行されてしまった。

 それも無理は無い。世界を混乱に陥れた魔族の生き残りだと言われれば、野放しにしていられるはずがないのだから。

 しかし、ルークさんは魔力が枯渇する寸前まで私の為に戦ってくれたのだ。世界征服なんてとんでもない事を企むような、そんな人であるはずがない。

 私は居ても立っても居られず、国王陛下に嘆願書を出した。

 彼は危険な存在ではない。どうか命の恩人を救ってほしい。彼が悪の心を持った魔族だとはとても思えない──そんな思いを、真剣に綴ったものだ。



 彼が不在の間、リアンさんはどこか落ち込んでいた。

 パートナーのルークが吸血鬼だったことに嘆いているのではない。

 ただ、彼という仲間と一緒に学校生活を送りたい……その一心だった。

 私とウォルグさんから話を聞いたケントさんとウィリアムさんも、彼の帰りを待ちわびている。

 それならば、公爵家の娘である私が動くのが一番だと思い至ったのである。

 ……家を出た手前、あまり公爵家の権力を振りかざすのは気が引ける。けれど、今はそれを気にしている場合ではないと思うのだ。


「ルーク先輩、酷いことされてないと良いんだけど……」


 放課後、教室の窓辺で項垂れるリアンさん。

 すっかり元気の無くなった彼に、ウィリアムさんが言う。


「心配なのは分かるけどよ……今は結果を待つしかねぇだろ?」

「それは分かってるよ。でもさ、やっぱりどうしても気になっちゃうんだ。いつもニヤニヤしてオレのことからかってた先輩が、いつもならちょっとヤンチャで困るぐらいにしか思ってなかったのに……こんな風に居なくなると、凄く寂しいんだ」

「リアンさん……」


 ほとんどの生徒が帰って行った教室に、開いた窓から吹き込む初夏の風が緑の香りを運んで来る。


「もう暫くお待ち下さい。ルークさんはあの事件での一部始終と、彼らについての情報を聴取されているだけだとアレク先生も仰っていました。きっと、リアンさんが思うような事はされていないはずですわ」

「そうだぜリアン。レティシアが国王に手紙を書いてくれたんだ。公爵家のお嬢様……ましてや最強美少女のレティシアが魂込めて書いたモンなんだ。返事は絶対返って来る。それまでの辛抱だろ?」


 国王陛下は、セグに似て真面目で誠実なお方だ。

 私やリアンさんも、事件について取り調べを受けたけれど、すぐに学校に戻って来られた。

 きっと、魔王軍について事細かに調べようと必死なのだろう。だから彼とは、今日まで一度も……誰も連絡を取れないでいる。


「陛下は賢明なお方です。きちんとお話をすれば、ルークさんの事を理解して頂けるはずですもの……!」


 彼が魔族だからと厳しく拷問されていようものなら、怒りが治まりそうにない。

 その時は激しく抗議させて頂きますとも。ええ、全力で。


 夢の中で見たあの男性が、千年前のルークさんの姿なのだとしたら──何故子供に戻っているのかは分からないけれど、あまりにも悲しすぎる。

 少女との約束を果たす為、魔王に牙を向け、千年もの時を生きるルークさん。

 それが紛れも無い真実なのであれば、彼は世界の為に魔王を裏切った正義の心の持ち主なのだから──!


 その時だった。


『一年一組、レティシア・アルドゴール。一年一組、レティシア・アルドゴール。至急、職員室まで来るように』


 魔法を用いた音声連絡が校内に響き渡る。アレク先生からの呼び出しだ。


「何の呼び出しだ?」

「さあ……では、私は失礼させて頂きますわね。ディナーの時間にまたお会いしましょう」

「うん、また後でね」


 振り返り、私に軽く手を振って見送るリアンさんとウィリアムさん。

 私はすぐに職員室へと向かう。


 すると、私を呼び出したアレク先生がドアの前で待ち構えているではないか。


「お待たせ致しました、アレク先生」

「来たか。急な呼び出しですまない」

「いえ、どうかお気になさらず。ご用件は何でしょうか?」

「王城からの使者が来た。彼の件で君に話があるそうだ」

「ルークさんの……!」


 私が彼の名前を挙げると、アレク先生は頷いて話を続ける。


「応接室で待ってもらっている。場所は分かるか?」

「はい。すぐにそちらへ向かわせて頂きますわ」


 先生に言われた通りに、職員室から少し離れた応接室へ歩いて行くと、部屋を守るようにして二人の騎士が立っていた。

 あの鎧には見覚えがある。王国騎士団だ。

 騎士に話を通すと、すんなり中へ入れてもらえた。そこで思わぬ再会を果たした、少々意外な人物に出迎えられる。


「王城からの使者とは、貴方だったのですわね。お久し振りです、ベンドバルフ騎士団長」


 第三師団団長、ベンドバルフ。

 まさか、学校で彼の姿を目にする事になるとは思わなかった。

 逞しい熊のような大きな身体が、ソファからのそりと腰を上げる。

 遥か上から見下ろされているように錯覚してしまう程に、彼には相変わらずの迫力があった。


「こちらこそ。あれからお身体に不調はございませんでしたか?」

「ええ。私は勿論、調査にご同行させて頂いた者は皆、健勝ですわ」

「それは何より」


 こうした形で再会した今、タルカーラ大森林での特別課外授業の時と、団長の態度が変わっていた。

 それもそのはず。あの当時は、私が公爵家の娘──それも、アルドゴール家の次女だと知らなかったのだから。


「まずは、レティシア様。我々、王国騎士団第三師団のご無礼をどうかお許し頂きたい。私含め、貴女様がアルドゴール公爵家の姫君であるにも関わらず無礼を働きました」

「身分を明かさなかった私にも非があります。私は気にしていませんから、どうか顔をお上げ下さいませ」

「ご慈悲、感謝致します」


 公爵家の娘ではなく、私個人として入学した、このセイガフ。

 この数年、あまり自分の身分を気にしていなかったのが仇となってしまったか。

 けれども、この場では私はアルドゴール公爵家の娘レティシアであり、彼は王城からの使者ベンドバルフ騎士団長だ。

 私が向かいのソファに座ると、続いて彼も着席する。


「……では、早速本題に移らせて頂きます。私はレティシア様からの嘆願書を受け取られた国王陛下からのお言葉を伝えるべく、使者として参りました」


 読んで頂けたようで、ひとまずは安心した。


「ルーク殿ですが……捕虜ではなく、食客しょっかくとして招かせて頂いております。冷遇はされておりませんので、どうかご安心を」

「ほ、本当ですの? 食客扱い……ですか?」

「私も少々意外ではありましたが、魔族の──主に吸血鬼に関する情報提供力や、ルーク殿ご自身の熱意に王の御心が動かされたのです」


 ルークさんの熱意が、陛下の心を動かした──

 それほどまでに彼は、この世界の為に戦おうとしているのですね……。


「良かった……本当に、良かった……!」


 さっきリアンさんにはああ言っていたけれど、本当は私だってずっと不安だった。

 伝承に残る魔族とは、等しく悪の存在である。だからこそ、私はルークさんの身を案じていたのだ。

 彼が本当に吸血鬼であっても、国は種族だけで善悪を判断してしまうのではないかと危惧していたのは、リアンさんも私も同じ。


「近日中にこちらへ戻れるよう、準備を進めております」

「ああ、無事に戻って来られるのでしたら、すぐにでもリアンさん達にも伝えなくては……!」

「それと同時に、カナリア副団長の捜索にも動いているのですが……」


 曇る団長の表情に、私の浮かれ上がった心は急降下した。

 そうだ。まだ問題は山積みなのだ。


「ルーク殿の提案を採用し、様々な手段で捜索を試みています。けれども、まだ大きな成果は得られておりません」

「そうですか……」

「ですがレティシア様であれば、この事態を解決出来るやも……と、ルーク殿が仰っておりました」

「わ、私が……?」

「詳細は後日、ルーク殿自らがお話なさると。我々騎士団も協力は惜しみません」


 カナリア副団長の捜索……。何故、私ならそれを解決出来るというのだろう。

 ルークさんが何を考えているか検討もつかないけれど、近い内に彼に会えるのだもの。直接、詳しい話を聞かせてもらおうではありませんか。



 ひとまずルークさんに関して、私が想像していたような事態は避けられていた。それはとても嬉しい事だ。

 ベンドバルフ団長と別れた私は、急いでリアンさん達にルークさんの事を報告した。

 その時のリアンさんの驚きの表情と、弾けるような笑顔がたまらなく輝いていて、やっといつもの彼が戻って来た事に頬が緩んだ。

 私は、彼とルークさんが一日でも早く会えると良いな、と素直に思うのだった。

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