7話「難敵と私②」

 頭に来た。

 栗江葵。どうやら私を頭ごなしに認めないつもりらしい。その凛々しい顔からは隠す気もなく敵意が解き放たれている。

「いいよ、やってやろうじゃん。」

 低い声になって私は答えた。売り言葉に買い言葉、そこまで言われたからには私も引き下がれない。

 防音室の扉は開放され、その向こうにある部室から先輩たちが心配そうに様子をうかがっているのが見える。ベースを握る確か上島さんだったか、彼女も眉を下げて私と栗江を交互に見ていた。

「じ、じゃあいくよー?」

 ドラムに座った凛が困ったような様子で掛け声をする。スティックが振り下ろされ、テンポの早いリズムが刻まれ始める。

 そこから八拍あけて栗江のギターがかき鳴らされた。

 ディストーション全開に歪んだギターのコード。小柄な体格には似合わない程のパワフルな音が私めがけて飛んでくる。

 そしてベースが入る。ギターの音と合わせて腹の底まで震わせるような分厚い響きになった。一つの楽器から出されているかと思うほどの息の合った演奏だ。

 私はマーシャルのロゴが入ったアンプのツマミをいじる。少し歪ませてみるかと、ぼんやり思いながら音を出す三人を見た。そんな私に向く、心配そうな目と早くしろと急かす目。

 モヤモヤした気持ちを底に押し込めて、繋げていたエフェクター二つを乱暴に踏み込んだ。ひとつ息を落とし、丁寧にギターソロを弾く。

 栗江が両手を動かしながら真剣にこちらを観察しているのが視界の端に映った。まじまじと見られて落ち着かないが、それでも構わず続ける。

 ひとしきり弾いて満足したところで足元のエフェクターを一つオフにし、栗江のコード進行に合わせてはっきりとした音でカッティングを始めた。

 目が合う。今度はそっちの番だよ。そんな私の思いが伝わったのか、栗江の顔に力が入った。

 彼女の顔が下を向く。

 そこから飛び出る、骨太の単音。複雑な早弾き。

 とても上手い。高校一年生がこんなの反則でしょと思うくらい上手かった。動画なんかで見る、大きなステージに立つロックミュージシャンのような迫力がそこにはあった。

 こんなの出来ない。敗北感を味わいながらも、私はいつの間にかそれに聴き入ってしまっていた。


「や、やぁ……ほんっとに君ら後輩っすかぁ?」

 コウさんの声で我に返る。音が消えてからも私は栗江に見入ってしまっていたのだ。

 顔を上げて周りを見ると狭い部屋には部員が押し寄せ、私たちは拍手に取り囲まれていた。

「青山さん、あんまりこういう曲聴かないんじゃないの」

 歓声に戸惑う私に、ハキハキとした口調で栗江が話しかけてくる。こういう曲、というのは今回即興で弾いたハードロックな曲調の事だろうか。

「あー。まあ、そんなに激しいの聴かないかも」

 そう、と言って彼女は目を逸らす。

「……普通だった。」

「え?」

 その言葉の意味を聞き返そうと思った時にはもう背中が向けられていた。アンプの電源を切ってそそくさと部長にギターを返している。

 あ、青山さん? と、後ろから私を呼ぶ声がした。上島咲だ。彼女が心配そうな様子で私のもとへ寄ってくる。

「あの、葵ちゃんは悪気があるわけじゃないと思うから、その、仲良くして、あげてね?」

 保護者かとつっこみたくなる気持ちを抑え、分かったよと口を小さくとがらせ、返事を返した。




 あれから数日後の放課後の部室。私は思い悩んでいた。

 今、隣の部屋では凛と栗江と上島の幼なじみ三人組で練習をしている。彼女たち三人は文化祭に出ると決めたそうだ。凛からは少し前に聞いていたが、ドラムはそこと私のいるバンドの掛け持ちになり、心配無いといえば嘘になる。

「さくやちゃん、大丈夫? ぼーっとしてるけど」

「あ、ごめんごめん、そろそろ時間、か」

 気が抜けていた私に萌佳から言葉を投げかけられ、慌てて壁にかかっている時計を確認した。あと数分で練習部屋を交代し、次は私たちが音を出す番だ。

「ほーら、はよ行こー」

 萌佳がエフェクターやコードを抱える私の手を強引に引いた。視線の先にある防音室からは、相変わらず鬼の様に上手なギターが盛れている。

 私の音楽歴は、この年にしては相当長いだろう。曲のようなものを作り始めたのは恐らく中学に入ってから、三年ほど前からになるが、小学校の頃には既に音楽に触れていたのは覚えている。

 今まで色々な楽器を演奏したが、その中でもギターが一番好きで毎日欠かさずに練習をしている。なので同学年の中でも、さらには高校生の中でも私は上手な方だと自負していた。

 しかし、その自信が揺らいだのだ。それから少し考え事をすることが増えたというか、音楽に対して乗り気になれなくなった。言ってしまえば不調である。

 そんな私は演奏が終わったのを確認して、ゆっくりと分厚くて重たい扉を開けた。中から三人の視線がこちらに向く。

 栗江は一瞬こちらを向いて、すぐにそっぽをむいて片付けを始めた。彼女の手に持っているのは青色の、恐らくESP社のギターだ。値段も詳しくは分からないが自分のギターとは比べ物にならないくらいの金額なはずだ。自分のは五万円くらいで、恐らく彼女のは二十万を超えている。

 手際よく片付けをする彼女たちをぼーっと見ているとしていると、不意に邪魔だと言われた。体の横を栗江が抜けていき、それを追うようにして上島が部屋を出ていってしまう。

「あー、リーダー大丈夫? ぼーっとして」

「あ、ごめんごめん、合わせないとだね」

 凛と萌佳は顔を見合わせる。

「リーダーあれでしょ、葵のこと気にしてるんでしょ?」

 そーかも。気の抜けた声で返事をした。彼女が入部して、色々あって、不調なのは確かにその時からなのだ。

「葵は別にリーダーの事嫌いってわけじゃないと思うよ? センスあるとか言ってたし」

 あ、これナイショね! と凛が顔の前で慌てて手を合わせた。

 センス、か。ギターのテクニックを見ると、負けているとは言いたくないが、かといって勝ってはいない。センスは……どうなのだろうか。自身では測れない要素だ。

「リンから見てさ、私と栗江さんはどっちが上手?」

 えええ、とドラムの椅子に座りながら足をばたばたさせて困った表情を作った。そんな彼女を見て、自分でも変な質問をしてしまったと少し後悔をする。

「二人とも上手いよ。青髪に赤ギターと赤髪に青ギターなのに、どーして仲良くできないのかなぁ……」

 それは……おかしな考え方だ。恐らく色は関係ない。

 まあ、何日もこんな事で悩んでても仕方が無いのは分かっている。こんな時はカラ元気であっても、一度思い切り立ち振る舞えばなんとかなるような気がする。そう思って一つ息をつき、お腹から声を出した。

「んじゃそろそろ、やったりますか!」

 そんな私に、急に元気になったなとでも言いたげな目線が送られる。

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