01 蔵の中の探し物

二〇一八年、七月二三日土曜日。


夏休みが始まってはや三日が経ち、太陽の日差しがより一層強さを増す中、何時もより外で子ども達の遊んでいる姿が多く見られる今日、最高気温は四〇度を越え地獄の釜で煮られているような暑さに到達した。


そんな中、窓が左右に一ヶ所ずつと出入り口の扉、それと二階にある真正面に空いた窓以外は風の入ってくる場所はない、ほぼ密閉された空間で巡達はあるものを探していた。


「ねぇ、見つかった?」


蔵の入り口から離れ、奥に近いところの木箱と巻物が置いてある辺りを探っている巡は、近くの二階に上がる階段下を探している潤に聞いた。


「いえ、まだですわ。しかし、全然見つかりませんわね。その六壬式盤りくじんしきばんとやらわ。」


こちらも同様、うっすらと額に汗を浮かべ、足元に転がっている巻物で転ばないように気を付けながら、木箱の中身を確かめていた。


「セイメイさんは確かに「この蔵ある」って、言ってたんだけど。」


「後確か、箱の蓋に陰陽いんようの模様と側面に聖獣四神せいじゅうししんの絵が掘られてあるって言ってたよな?」


そう答えたのは、入り口のすぐ近くにある木箱辺りを探していた炎だった。


彼が言ったように、巡達が探している六壬式盤が入っている木箱の蓋には宇宙の万物を創り、支配する二つの相反する性質を持つ気を表す陰陽の模様と、側面にはそれぞれの方角を司る聖獣四神の絵が掘られている。


「なかなか見つからないな。」


「えぇ。いったい、何処にあるのかしら。」


「一階をこれだけくまなく探しても見つからないんじゃ、一階には無いかもね。」


「では、二階を探している御神達の所に―」


と言いかけた瞬間、二階の方で一階の天井を突き破りそうな程の物凄い音が聞こえ、その衝撃で天井に付いていた塵や埃が一気に巡達に降りかかってしまった。


一気に降りかきってきた塵や埃を吸い込んでしまった三人は、暫くゲホッゲホッと猛烈な咳払いが続いていた。


「……っもう、いったい何ですの!?」


「二階の方からだな……。しかし、派手にやったな。」


「御神達、大丈夫かな。」


その頃大きな音のした直後の二階では、棚が倒れ木箱の中身や巻物が散乱しており、まるで大型の台風が過ぎ去った痕のようになっていた。


「痛ってぇ……。」


「御神。おい、大丈夫か?」


御神は、自分の身長より大きい棚が倒れた直ぐ横で、痛みに歪んだ顔で左の足と手首を交互に擦っていた。その理由は探していた目的の木箱が棚の一番上にあり、それを取ろうと近くにある踏み台を使ったがそれでも届かず、背伸びをして取ったはいいものの棚の縁を掴んでいたらしく、降りる際に棚が一緒に倒れてきて覆い被さるような状態になった。しかし、棚の下敷きになる前に身を翻していたので大きな怪我をすることはなかったが、多生なりとも左の足と手首を痛めてしまい今の状況に至る。


○◎○


「凄い音が聞こえたけど、大丈夫?」


「棚が自分の所に倒れてくる前に横に飛び退いたけど、着地するときに左の手首を捻って、その時一緒に足も痛めた。まぁ、棚の下敷きにならなかっただけましだけどな。」


「私、セイメイさん呼んでくるよ!」


「待て常葉!」


「何?怪我してるんだから急がないと…。」


「その前に見せたいものがある。」


そう言って御神は一枚の古びた何かを取り出し、皆に見せた。


「なんですの?これは。」


「写真だよ。」


「写真?そんなはずはずないだろ。その劣化具合、どう見ても数百年、いや数千年は経ってる感じだぞ。」


志岐はあり得ないと言う表情を顔に浮かべ、座り込んだまま写真と呼ばれる物を見せた御神を見て言った。


「最初、俺も見たとき思ったよ。でももう一度、よくみてみたら写真だってわかったんだよ。」


「百歩譲ってそれが写真だったとしても、何時の時代に撮られたものなんだよ。」


「聞いて驚くなよ。なんと、二〇一八年の今から数えて一〇六八年前。……つまり、九五〇年の平安時代だ。」


その衝撃の解答に、喉の奥に指を突っ込まれたような衝撃がその場の一同を襲った。


「はぁ、平安時代?んなアホな。」


まず一番最初に口を開いたのは、御神のすぐ近くでその話をを聞いていた志岐だった。


「そうです、そんなの信じられませんわ。」


「俺だって自分の目を疑ったさ。でもこれは正真正銘、紛れもなく平安時代に撮られた本物の写真だ。」


巡はふと、頭の中にある一つの疑問を浮かべた。


その写真には、いったいが写っているのか。


「ねぇ御神、その写真に誰が写ってるの?」


「見てみればわかるぜ。」


「ほらっ」と、御神は自分が持っている写真を巡に渡した。それはかろうじて写真と認識はできるが、何処で撮ったものかまではわからない。しかし、誰が写っているかはっきりした。


「私……達?」


そう、居る筈もない。ましてや、その時代に生きてすら居ない自分達が写っていたのだ。


「それもそうだが、他にも写ってる。よく見てみろ。」


御神に言われた通りにもう一度よく写真を見てみると、そこには私達のよく知る人物達にそっくりで、瓜二つの顔が写っていた。


「これって、セイメイさん…だよね?後、紫煙さんや巨牙さん。それに月さんや風嵐先生、金剛先生も。」


「本当だ。それに天王さん達や紅蓮さん、華子さんまで。」


「でも、わたくし達の知っているセイメイさん達と一つだけ違うと言えば、紫煙さん達と天王さん達には角、紅蓮さん夫妻には狐の耳と尻尾が生えていることですわ。」


「おーい、みんなぁー。」


蔵の外から私達を呼ぶ声がして、二階に一つだけ開いている窓から下を覗いた。その声の主は、この晴明神社の神主であり第十三代目安倍晴明である安倍野セイメイだった。


「探し物は見つかったかい?それと、物凄い大きな音が社殿の方まで聞こえてきたけど大丈夫?」


どうやら、棚が倒れた大きな音が社殿の方まで響いていたらしく、心配して見に来てくれたようだ。


「探し物は見つかったんですけど、それが置いてあった棚が倒れてきたんです!」


「棚が?巡ちゃん、御神君は大丈夫かい?」


「はい。棚の下敷きになる前に横に飛び退いたから大怪我はしなかったんですけど、左の手首と足を痛めたみたいで。」


「もう昼時に近いから、流し素麺そうめんをして食べようと思ってるんだけど、降りられるかい?」


「俺が御神を背負うから、写真と箱は炎が持ってくれ。」


「わかった。」


「セイメイさん、御神は志岐が背負うので大丈夫ですわ。」


「わかった、気を付けて降りてくるんだよ。棚は後で私が戻しておくから。」


そう言うと、セイメイは蔵を背後に社殿の方へと歩いて言った。


簡易的ではあるが、応急処置として外に転がっている少し太い木の枝数本と、潤の着ている白いレースの上着をいた物で左足を固定し、手首はいた残りの方と同じく数本の枝で固定する。志岐の背中との間に腕が挟まって痛みが悪化しないよう前に腕を垂らした状態で背負い、散らばった巻物やらで転ばないよう慎重に歩き、階段をゆっくり降りて蔵を後にした。


「志岐君、御神君をその椅子に座らせてくれるかい?」


「分かりました。」


志岐は、セイメイが用意した椅子に御神を座らせた。その椅子はふかふかのクッション材が背もたれと座る部分、通常ならば少し硬い肘掛けもクッション材で覆われており、御神の怪我を考慮した作りとなっていた。


「しっかし、また派手にやったね。」


セイメイは、椅子に座った御神の目線に合わせると少し困ったような笑顔を見せて言った。


「棚が倒れてきたけど、避けようとして飛び退いた拍子に左の手首と足を痛めたんだったよね?」


「はい。」


「痛かっただろう。次からは、踏み台を使っても取れない物があったら無理して取ろうとせず、僕に言うんだ。分かったかい?」


御神は強く頷き返し「はい。」と答え、セイメイはそれに安心し納得したのか困ったような笑顔から微笑みを顔に浮かべた。


すると、拝殿より奥側、また蔵がある方向とは別の方向から「ザッザッ」と、草履で土を踏む足音が聞こえてきた。その足音が拝殿の角を差し掛かったところで、セイメイがある名前を口にした。


足手荒神あしてごうじん、すまないけど頼めるかい?。」


「あぁ、任せとけ。」


足手荒神あしてごうじん、そう呼ばれた彼は手足の病気や怪我を快癒かいゆする神である。その姿は所々に濃く明るい緋色ひいろが混ざった黒髪で、鬼灯ほおずきのようなオレンジ色がかった瞳の色をしている。身に付けている羽織は京都の伝統的な西陣織で編まれた亀甲松菱華文きっこうまつびしかもんで、神々しい光を放っている。


「たくっ、どうやったらこんな怪我を追うんだよ。」


不満を漏らしながらも、足手荒神は御神の前に跪き手をかざした。すると不思議なことに、足手荒神の手から淡い色を放ちながら御神の周りをぐるぐる渦巻く炎が出現した。


それは、足手荒神が高天原たかまがはらで所有する癒しの炎、癒炎ゆえん。癒炎で患部かんぶあぶればたちどころに傷は癒え、痛みもさっぱり消える。


「よし、これで傷は癒えた。もう、無茶なことはするんじゃねえぞ。」


「ありがとう、足手荒神。今から流し素麺をするんだけど、君もどうだい?」


「いいねぇ、乗った!それと御神酒おみきも持ってこい!」


「わかった、一番良いのを持ってこよう。さぁ皆、準備をしよう。」


○◎○


男子組で流し素麺の台を神社の周りに生えている竹をいて作り、女子組は素麺とそれ以外に流すものを社殿内にある台所キッチンで綺麗に洗い、素麺を漬ける器とめんつゆ、箸の用意をしていた。


「よしっ、これで流し素麺の台は完成だな。」


志岐は手のひらで額の汗を拭い、満足げに言った。


「こっちも、素麺とかの準備できたよ。」


巡達はざるを抱えてやって来た。巡の抱える笊の中には、水で洗われ艶々つやつやと輝く色とりどりの素麺と、噛み応え、弾力性共に強い中華麺ちゅうかめん、のど越しが良くさっぱりとした味わいの蕎麦そば、透き通っていてどんな調味料とも合うところてんがのっていて、潤の笊には金色こんじきを帯びた錦糸卵きんしたまご、まるで本物の蟹を食べているかのようなプニプニの食感と味わいを楽しめるカニかま、ミニトマト、コリコリとした食感がやみつきになるヤングコーンに塩の効いた枝豆、誰もが好む定番のおかずウインナーと朝食に出てきやすいハムとチーズに変わり種の梅干しが乗っていた。


「うわっ、梅干しまであるのかよ。」


炎が苦虫を噛み潰したような顔で言った。


「貴方、梅干しは夏に食べるのにはいいんですのよ。ほら、口に投げて差し上げるから食べなさい。」


そう言うと潤は、巡の笊から一粒の梅干しを掴むと炎の口の方へと投げた。


「おい!本気で投げるやつが……っ酸っぱ!」


潤の投げた梅干しが見事、喋っている炎の口に入った。その梅干しは通常のなら五年から十年と言ったところだが、この梅干しは二十年もので通常よりも酸っぱさが凝縮されているのだ。


「っんだよこの梅干し、酸っぱすぎるだろ!」


「それもその通りですわ。なにせ、この梅干しは二十年前に浸けられたものですもの。」


「二十年!」


炎は目を見開き今一度自分が食べた、いや、無理やり食べさせられた梅干しがのっている笊をこれでもかと言うほどに凝視した。そこに、麦茶と和菓子をお盆にのせたセイメイが歩いてきた。


「皆、お疲れ様。麦茶と錦玉きんぎょくを持ってきたよ。」


錦玉とは、寒天に砂糖や水あめなどで甘味あまみをつけ、型に入れて固めた和菓子のことで、練りきりでできた色とりどりの石や羊羹ようかんでできた鮮やかな金魚が寒天の中に浮かび、まるで泳いでいるかのようにもみえる。実に、見た目にも涼やかな一品だ。


皆、それぞれ麦茶飲み干し、コップを置いて錦玉の乗った皿をとり、摘まんで口に入れた。


口にいれ、噛んだ瞬間ほのかにまわりを包む寒天と砂糖の甘味が口いっぱいに広がり、次に中のねりきりや羊羮の甘味が溶け出してきた。皆、嬉しそうな顔をしている。


「皆に、喜んでもらってなによりだよ。さてと、準備もできたことだし、流し素麺を始めようか。」


流し素麺を始めようとした瞬間、神社の石階段を登ってくる足音が複数聞こえた。


「よぉ、セイメイ。面白いことやってんじゃねぇか。」


最初に顔を見せたのは、上京区閻魔前町にある酒屋鬼一族の店主である酒呑紫煙と住み込みで働いている茨木巨牙、同じく住み込みで働いている礇嶌月。次に姿が見えたのは、巡達のクラス担任である大峰金剛と副担任で理科担当の簗來風嵐で、その後ろから熊童古書店の天王、猛虎、星雲、黄金、最後に京都伏見稲荷大社の神主稲荷紅蓮と神に捧げる御饌を作る御饌巫女の稲荷華子だった。


顔見知り勢揃いである。


「俺も混ぜろ!」


と言うわけで、総勢一九名の流し素麺が始まった。


○◎○


「あぁ~、美味しかった。ありがとうございます、セイメイさん。」


「こちらこそだよ。」


「それより、お前達の汚れようは何だ?何があったんだ。」


金剛は、巡達の姿を見て驚きを隠せないでいた。巡と炎と潤は払ったとはいえ、まだ少し埃が残っており、御神は棚や色々な物が倒れてきたのでボロボロの状態で、唯一被害を受けず、無傷なのは明観と志岐の二人だけである。


「まぁ、色々ありまして。深いところは気にしないでください。」


「巡、そろそろ行きますわよ。」


「そうだね。セイメイさん、今日は色々とありがとうございました。」


「いえいえ、こちらこそ。そうだ、ちょっと待っててくれるかい?」


そう言って、数分後に戻ってきたセイメイの左右の手には紫の布袋と京都の有名な老舗和菓子店蓬莱堂ほうらいどうの袋が六つ握られていた。


「はい、これ。」


まず先に渡されたのは、赤い組み紐で縛っている紫の袋だった。


「何が入ってるんですか、これ?」


「その袋にはね、君達が探していた六壬式盤の中央にある窪みにはめる水晶で、本当は一緒に直しておくべきなんだけど、傷がついたら困るからね。後、六壬式盤の中央の窪みに水晶をはめた後、社殿の奥にある鳥居の前で時計回りに回すと何か起こるらしいけど、私には何が起こるさっぱりわからなくてね。後、こっちの袋には蓬莱堂ほうらいどう粒餡つぶあんあんがミックスされた粒漉つぶこどら焼きだよ。」


「うっそマジかよ。蓬莱堂の粒漉どら焼きって、なかなか手に入らないやつじゃ。セイメイさん、手にいれられたのか?」


「あそこの店主とは顔見知りでね、頼んで取り置きをして貰ったんだよ。」


「セイメイさん、本当にありがとうございます!」


「いいんだよ。それより皆、気を付けて帰るんだよ。」


巡達は「はい!」と言ってセイメイに礼をすると、箱と写真を持って石階段を降りていった。

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