第2話 メコン川に沈む太陽

 日本からラオスまでの直行便は運航されていないらしく、ベトナム航空の飛行機でベトナムのハノイまで行き、そこからラオ航空の飛行機に乗り換えてラオスの首都ビエンチャンに向かう。朝10時に成田を出発し、ビエンチャンに到着したのは夕方6時過ぎだった。すっかり日が暮れてあたりは真っ暗なのだが、むわっとした暑さに東南アジアに到着したのだなということを実感する。

 東南アジアの空港に到着して出国ゲートをくぐるとタクシーの客引きが押し寄せてくる。そんなイメージを抱いていたのだが、ビエンチャンのワットタイ空港ではそういったお金に対する熱い思いのようなものはあまり感じられず、落ち着いた雰囲気だ。どうやら空港から市街地までは固定料金が設定されていて、空港の正規カウンターがタクシーチケットの販売とドライバーの指定を行うという仕組みが機能しているかららしい。思ったよりちゃんとした国なのかなと思いながら空港にあったラオテレコムのカウンターでSIMカードを購入してからタクシーに乗り込む。ホテルに到着したのは午後7時過ぎだった。

 ラオスの首都ビエンチャンは、タイとの国境近くのメコン川に沿った場所にある。学生時代に東南アジア有数の稲作地帯として習った、あのメコン川だ。ホテルに到着した時点ですっかり日は暮れてしまっていたが、せっかくだからとメコン川まで10分ほど歩いてみた。初めて目にしたメコン川は、対岸に見えるわずかな家の明かりと、真っ暗で何も見えない黒く塗りつぶされたような川の流れだった。さすがにこれでは何もわからないと、川沿いの道路に広がっていた屋台で夕飯を済ませてホテルに戻ることにした。


 翌朝、朝食をとりながらホテルのスタッフに夜のメコン川は真っ黒だったことを話すと「メコン川だったら夕方の5時ごろに行くときれいな夕日が見れますよ」と教えてくれた。その日の夕方、その言葉を信じてメコン川沿いの公園に行ってみると、4時半を過ぎた頃から夕陽を待つ人たちが公園に集まり始めてきた。それに合わせるように、なにやら大きなスピーカーを台車に乗せて運んでくるグループも現れた。何かイベントでもあるのかなと思いながら、雄大なメコン川に沈むきれいな夕日を眺めていた。

 この夕日が沈んでいくメコン川の対岸はタイなので、ラオスの歴史のどこかで「ラオスは日出ずる国、タイが日沈む国」のようなことを思っていた時期もあったのかなと考えていると、背後から大音量でご機嫌な音楽が流れてきた。先ほど運び込まれたスピーカーから音楽が流れ始めると、公園にいた人々のうち運動しやすそうな格好をしていた人たちがスピーカーの前に集まってきた。いったい何が始まるのかと遠巻きに眺めていると、ごきげんなナンバーにあわせてエアロビクスと呼ぶにはややのんびりとした健康体操のようなものが始まった。メコン川に沈む夕日を静かに見つめる人々、夕日をバックに自撮りにいそしむ観光客、大音量の音楽に合わせて体操する地元の人たち。ゆったりと流れる褐色のメコン川は、そんないろいろ混ざったものを太陽と一緒にまとめて飲み込んでいった。

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