第38話 ファルム
(少々、イカサマが過ぎたか)
2人の猛攻を凌ぎつつ、ファルムはふと考えた。
この2人は強い。自分達の世界の中で考えれば、上位5匹に入るだろう。実力と智謀を兼ね備えた、戦うに値する強者である事は疑うべくも無い。
しかし、ファルムが用意した武器はあまりに強力すぎた。どんな攻撃も貫く事の出来ない盾と、砕けぬ物は無い矛。さらに強力なレーザーを備えた事で、距離による死角を完全に排除し、負ける要素など一片たりとも存在しない。今のファルムであれば、ギグスといえども勝てはしないだろう。
(だが、それゆえに興醒めだ)
こうまで圧倒的だと、いっそ空虚だ。相手の攻撃を易々と凌ぎ、適当に岩龍を振り回しているだけで敵は傷ついていく。もはや、これは戦いとは言えないのかもしれない。
「伸びろ、カーク!」
ジェフェリー。カークを見事に使いこなす変幻自在の戦法は、感嘆の一言に尽きる。咄嗟の判断の早さも素晴らしい。だがいかんせん実直過ぎるきらいがあり、攻撃を仕掛ける際は常に叫ぶ。それは奇襲時も同じで、反応さえ出来れば怖いものは無い。既に最強の攻撃も凌いだ。もうこの相手に対する脅威は、無いと言っていい。
ファルムは岩龍を2匹ジェフェリーに向かわせた。いかに刃がこちらを狙おうと、届く前に本体であるジェフェリーを攻撃してしまえば届かない。
1匹目が突進を仕掛ける。ジェフェリーは間一髪それを横に飛んでかわすが、狙いは体勢を崩す事にあった。狙い済まして2匹目をジェフェリーの頭上から叩き落す。
「がああああああ!」
ジェフェリーの絶叫がこだまする。岩龍に胸を押し潰され、空に向かって血反吐を吐いた。カークの鎧がダメージを軽減しているようだが、あばらの2、3本は確実に折れただろう。
相手の狙いは分かっている。ファルムはジェフェリーに意識を集中させたように見せて、岩龍を自分の後方へと飛ばした。
「ぬぐ……!」
背後から、くぐもった呻きが聞こえた。奇襲しようと迫ったアレックスのものだ。
アレックス。ジェフェリーほどのパワーは無いが、常に冷静沈着な判断力と戦術眼は侮れない。アレックスのリフレクトブロウが健在であれば、おそらく良い勝負になっていただろう。衝撃を全て跳ね返すあれは、岩龍にとって唯一の天敵とも言えるものだ。しかし、リフレクトブロウのモジュールは壊れ、アレックスの武器は岩龍相手にほとんど役に立たないスーツのみ。脅威など無いに等しい。
「……虚しいものだ。これでは、この世界に来た意味など無いではないか」
「何を……ほざいてやがる!」
少し気を抜いた隙に、ジェフェリーが岩龍を持ち上げて拘束から脱出した。そしてアレックスの下へと駆け寄る。
アレックスは岩龍に腹へ牙を突き立てられ、しばらく振り回された後に、無造作に投げ出されていた。ジェフェリーが倒れたアレックスの腕を肩に回し、支えて立ち上がる。
スーツに穴が開き出血が見られるが、その量はそれほど多くない。どうやら急所は外れていたようだ。
だが、それがどうでも良いと感じるほどに、ファルムの戦いに対する失望と飽きは、着実に募っていった。
「どうやら、私はお前達を過大評価していたようだ」
「言ってくれるな。まだ勝負はついていないというのに」
憮然とした声色でアレックスが答える。傷口を押さえて疲労困憊の様子なのに、諦めた様子は無い。この執念は大したものだ。
だが、それももう煩わしいだけでしかない。ファルムは額を押さえ、大仰に首を振った。
「もうお前達に付き合う必要は無いだろう。これ以上手加減などしない。全力を持って、お前達を叩き潰す」
ファルムが右腕を水平に薙ぐと、7匹の岩龍が唸りを上げ始めた。今までは何匹かを守りに置いていたが、その必要は無いとファルムは判断した。
「いいだろう。その自信、必ず地に落とす。覚悟しろ」
「俺たちゃ絶対に負けねえ! スーヤを迎えにいくまで、絶対に負けられねえんだ!」
アレックスがジェフェリーの肩から腕を外す。まだ十分にやる気はあるようだ。しかも、勝てるとさえ思っている。それがファルムには非常に腹立たしく思えた。
「満身創痍の者共が、良くもそんな戯言をほざくか。良いだろう。己の無力に後悔しろ!」
両手を開くように振り、ファルムは岩龍を2人に向かわせた。振り分けはジェフェリーに6匹。アレックスに1匹。
アレックスはもう警戒する必要が無い。深手を負って動きは鈍り、こちらの攻撃を避けるだけで精一杯だろう。万が一危険なのはジェフェリーの方だ。やはり動きに陰りが見られるが、それでもまだスピードを残している。こちらの隙をつき、懐に潜られれば向こうにもまだ勝機はあるかもしれない。
(まずはこいつを片付ける)
岩龍6匹が織り成す怒涛の攻めは、ジェフェリーに息つく暇を与えない。四方八方から絶えず岩龍が攻め続ける。
「くそ!」
逃げ回るしかないジェフェリーは悪態をつく。
ファルムは、ジェフェリーのある1つの弱点を見抜いていた。それは攻撃の際に装甲が薄くなる、もしくは完全に消える事だった。カークを武器に変形させるには、相応の質量を捻り出さなくてはならない。その時に攻撃を食らえば、大ダメージを受ける事は必死。だからジェフェリーは逃げるしかない。
敵が逃げ回る。それだけでファルムには十分だった。生き物である以上、疲れは着実に蝕んでいく。この状態を維持してスタミナ切れを起こさせれば、必然的にこちらの勝ちへ繋がる。
同時にアレックスへの牽制も怠らない。岩龍を的確に操り、こちらへ近付けさせないと同時に、ジェフェリーへの援護もさせない。こちらは無理に倒す必要は無いのだ。ジェフェリーを片付けた後で、ゆっくり片付ければいい。
「……く」
しかし、実はファルムにも疲労は現れていた。この岩龍を操るには、かなりの集中力を必要とする。さっきまでは必要最低限しか動かしていなかったため、消耗は少なかったが、今は全て同時に操作している。この負担が予想以上に大きい。
(まさかここまで消耗するものだとはな。だが、それでも私の勝ちは揺るがん)
向こうは手負い。こちらは無傷。後はスタミナのチキンレースならば、こちらの勝利は揺るがない。
「いつまでも逃げ回ってられるか!」
カークがジェフェリーから離れる。二手に別れ、岩龍のマークを分散させる狙いだろう。思いもよらない奇策だったが、それは悪手であると言わざるを得ない。
「血迷ったか。馬鹿めが!」
カークと分離したという事は、攻撃力、防御力、スピードを全て犠牲にしたという事だ。そんな状態で、岩龍の攻めを凌げるはずがない。
ファルムはカークとジェフェリーにそれぞれ3体の岩龍を割り当てた。スピードのあるカークは牽制でこちらに近付かせず、ジェフェリーの方はこれで片を付けるべく、ラッシュを仕掛ける。
岩龍がジェフェリーに上からプレス攻撃を放った。すかさず横にずれてかわすジェフェリーだったが、待ち構えていたもう1匹の突進をモロに腹部へ食らった。
「が、は!」
地表を滑空し、ジェフェリーは壁に激突する。衝撃で体が反り、口から血飛沫が飛び散った。
「終わりだ!」
ジェフェリーに止めをさすべく、3匹の岩龍が牙を剥いて迫る。
その時、アレックスをマークしていた岩龍に、何かが叩きつけられるのを感じた。
(無駄だ)
ジェフェリーの危機に、アレックスが駄目元で岩龍を殴りつけたのだろう。しかし、アレックスの腕力程度で岩龍が砕けるはずも無い。ファルムは構わず、ジェフェリーを攻撃しようとした。
だがすぐに異変に気付き、ファルムは振り返った。岩龍の背後には、猛々しく燃え上がる炎が見える。そして岩龍の体が赤く染まっていく。
「食い破れ、カーク!」
岩龍の体を溶かして食い破ってきたのは、巨大な狼の頭となり、口から劫火を放つカークと、それを右腕に纏うアレックスの姿だった。
岩龍は体を食い破られ、死んだようにその場に倒れた。予想だにしなかったありえない出来事に、ファルムの行動と思考が止まり、数瞬だけその場に逡巡してしまった。
「ありえ……ぬ」
その隙が勝負を分けた。アレックスは怒涛の踏み込みでファルムに迫る。すぐに我に返ったファルムは残りの岩龍を差し向けるが、もう追いつけない。
眼前に、大口を開けて自分を飲み込まんとするカークが迫る。もう、ファルムが取れる手段は1つしかない。目を見開き、狙いを定める。
しかし、ファルムはそれを撃たなかった。覚悟を決めたように目を閉じる。
「打ち砕いたぞ、貴様の矛盾!」
カークの牙がファルムの体に食い込み、半分以上をもぎ取った。ファルムはそのまま後ろに倒れ、岩龍達は全ての動きを止めて倒れる。
こうしてファルムは、アレックス達に敗北した。
敵が倒れた後、アレックスは大きく溜息をついてカークとの融合を解いた。気を抜くと、今にもへたり込んでしまいそうだった。
「やったな」
ジェフェリーが足を引き摺りながらこちらに歩いてくる。カークが鎧となってジェフェリーに纏い、少しでも動くのが楽になるよう助けた。
「ああ。お前とカークが岩龍を引き付けてくれたおかげだ。もう1匹でも残っていたら、成功はしなかっただろう。さて、」
アレックスは倒れた敵を睨みつける。敵はまだ生きていた。しかしそれも時間の問題だろう。人間なら間違い無く即死している傷だ。
「なぜあの時、レーザーを放たなかった。そうすれば、良くて相打ちに持ち込めたはずだ」
あの状況で、アレックスの攻撃を防ぐ手立ては無かった。しかし至近距離でレーザーを撃たれていれば、かわす事が出来ずにアレックスは命を落としていただろう。
「……相打ちに何の意味がある。勝負とは、勝者と敗者がいてこそなのだ。勝者のいない戦いなど、無意味な事この上ない。私の敗北は、岩龍を倒された時点で決まっていた」
「そうか」
その考えは、正々堂々とした武人のように思える。だがこいつはスーヤを、いやこの世界の人間全てを己の私欲の為だけに利用した。そんな考え1つで、到底許せるものではない。
「私も1つ聞きたい。なぜあんな事を思いついた。お前の事だ。何か理由があるのだろう」
「こいつが俺のスーツに張り付いていた」
アレックスが小さな石の塊を取り出して敵に見せる。
「それは……」
「お前の攻撃を受けて発生した炎で、岩龍の表面が溶けてこびりついたものだ。これを見た時こう考えた。壊す事は出来なくても、溶かす事は出来るのでは無いかとな。足りない攻撃力は、カークとスーツを融合させる事で捻り出した。顛末はさっきの通りだ」
敵が低く笑い声を上げる。
「なるほど、合点がいった。堅実な男だと思っていたが、まさかこんな大博打を打つとはな。とんだ考え違いだった。さあ、勝者の権利だ。私の目からモジュールを抜き出していくといい。必ず役に立つだろう」
「何か企んでんじゃねえだろうな?」
ジェフェリーが疑い深げに目を細めて睨みつけると、敵が薄く笑った気がした。
「疑り深いな。安心しろ。私にもうそんな力は残っていない」
罠の可能性は無いと判断したアレックスは、ロブグローブをつけている左手を敵の目に伸ばした。
「それと、1つ言っておこう。スーヤは身体能力を除けば、普通の人間とさして変わらん。生きて帰れれば、人として生きる事が出来るだろう」
「……なぜ敵であるお前がそんな事を言う?」
「さてな、自分でも分からん。ふふ……ぐふ! 早く、私のモジュールを。この世界で死ねば、私はもう生き返れないだろう」
アレックスは無言で頷いた。アレックスの手が、敵の目に深々と食い込む。しばらくして引き抜くと、アレックスの手には、血のように深い赤を讃えた丸いモジュールが握られていた。
敵を見ると、もう既に事切れていた。だが、感慨にふける理由も時間も有りはしない。
「いくぞ。チヅを追いかける」
「おうよ! 待ってろよスーヤ。今、このジェフェリーが迎えに行くからな!」
アレックス達はパラシュートや他の荷物を拾い上げると、チヅルが消えていった通路へ走り出した。
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