第22話 旧友との再会

 3人は列車に乗り、ひたすらに北へ移動していた。あの後どう行動しようかと思案している時、ジェフェリーに考えがあると言ってきたからだ。他に心当たりもなく、一抹の不安を感じながらもチヅルとアレックスはジェフェリーについていった。


 3時間列車に揺られたアレックス達が降りた駅は、屋根さえ無い吹きさらしの無人駅だった。アレックス達以外に降りる者はいなく、冷え冷えとした空気がさらに冷たく感じる。


 駅を出ると、そこは小さな村だった。だがまるで人気は感じない。道を歩く者は誰1人としておらず、村中の人間が神隠しにあってしまったようだった。

 だがそれも無理は無い。そこそこガスタブルから離れているとはいえ、戦争が始まればここも被害を受ける可能性は高い。少しでも離れたいと言うのが人の心と言うものだろう。


「そろそろ教えたらどうだ? 一体こんな寂れた村に何があるというんだ?」

「別に隠しちゃいねえよ。スーヤは遥か空の上。ならとりあえず足の確保が最優先だろ。まずは村の外に出よう。そこに俺の友人がいるのさ」


 そう言うと、ジェフェリーはカークと先に歩き出してしまう。慌ててチヅルとアレックスも追いかけて横に続いた。


「友人?」

「そ、俺の幼馴染。しばらく会って無いが、多分元気にやってるだろうさ」

「こいつの幼馴染ねえ……。言っちゃ悪いけど、正直心配だわ」


 げんなりした様子でチヅルは溜息をつく。当ても無いのでジェフェリーの言うままについて来たが、早くもそれを後悔しているようだ。正直、アレックスも似たような気持ちである。


「なんだよ。まるで俺の知り合いは皆馬鹿みたいな言い方じゃねえか。その理論なら、お前達だって馬鹿だって事になるんだぜ?」

「う、それは……」

「ほれみろ、何にも言い返せねえだろ。いいから任せとけって。どうせ他に道は無いんだ」


 珍しくチヅルがジェフェリーに言い負かされてしまう。それが面白くないのか、チヅルは口を尖がらせ、その辺にあった石を蹴りながら歩き出した。

 さぞ得意満面だろうと、アレックスはジェフェリーの顔を見てみる。だが予想に反して、何か心配事があるかのような、浮かない顔色をしていた。


「ジェフ、何か気がかりでもあるのか?」

「……別にそんなもんねえよ」


 返事がワンテンポ遅れ、気まずそうに目線を外しながら答えが返ってきた。態度から、何かがあるのは間違い無い。だが、アレックスはこれ以上無理に問い詰めるような事はしなかった。強引に聞き出して気まずくなるよりも、現状維持の方が得策と考えたからだ。

 村の外に出ると、そこは背の低い草が生い茂る平原だった。見れば、霞む地平線の向こうに、灰色の倉庫のような建物が建っている。離れすぎて大きさは良く分からないが、何か工場のようにも見える。


「ねえジェフ、あの大きな建物は何?」


 チヅルが指を指して質問すると、軽くおどけてジェフェリーは答える。


「あそこが俺達の目的地さ。何があるかは着いてからのお楽しみってな」

「そう。まあ、ここまで来ちゃったからこれ以上は問い詰めないけど、本当にあるんでしょうね? もし期待外れだったら……」


 チヅルは指の関節を鳴らしてジェフェリーに脅しをかける。

 普段のジェフェリーなら、ここでふざけるなり、怯えるなりのリアクションがあるはずだった。しかし、


「ああ。あいつは夢をほったらかして逃げるような奴じゃない。こんな御時世になっても、最後まで突き進もうとしているはずだ」


 目的地を真っ直ぐと見つめて、幾分の迷いもなく言い切った。その言葉には、強い信頼の色が感じられた。

 いつもと違うジェフェリーに調子を崩されたのか、チヅルは決まりが悪そうに手を下げると、もう何も言おうとはしなかった。おそらく、チヅルにも真剣さが伝わったのだろう。


「なら早く行こう。俺達が無駄に出来る時間は無い」

「だな」

「そうね」


 アレックスに促され、2人は短く答える。そして3人と1匹は目的地に向かって歩き出した。


 40分後、一同は倉庫らしき建物の目の前に辿り着いた。遠目では倉庫しか見えなかったが、実際は反対側に小さな家が建っていた。屋根は赤く塗られ、家を取り巻くようにガーデニング用の花壇が作られている。もう冬に入ろうとしているからなのか、残念ながら花壇に花は咲いていない。


 3人はまず家を尋ねる事にした。ジェフェリーが先頭に立って、玄関のブザーを鳴らす。すぐに中からぱたぱたと慌てた足音が聞こえ、玄関が開かれた。


「はいはい、今行き……ジェフ?」

「よ。久しぶりだな、元気してたか?」


 現れた女性の家主は、ジェフェリーを見て目を丸くしたまま、その場で蝋人形のように硬直してしまった。


 女性はかなり小柄だった。身長はチヅルよりも頭1つと半分ほど小さく、ぱっと見の年齢は高めに見ても10代後半。だがジェフェリーの幼馴染という事は、25近くはあるはずだった。

 少しだけそばかすの散った顔立ちもやはり幼い。15、6と言っても簡単に信じられてしまう。顔の半分を覆うほどの、大きな丸い黒ぶち眼鏡が特徴的だった。

 髪はぎりぎり肩にかからない程度の長さで、三つ編みで2つに縛っている。髪色はジェフェリーと同じブロンドである。

 服装は、家の中だというのになぜか白いつなぎを着ている。所々に油染みと思われる黒い汚れが見えた。


「どうしたよ、呆けちまって。そんなにびっくりしたか? しっかし、全然変わってないのな。色々と」


 笑いながらぽんぽんと、ジェフェリーは女性の頭を叩く。その様子は、歳の離れた兄弟に見えない事も無い。

 少しの間、女性は成すがままにしていたが、突然ジェフェリーの腕を両手でむんずと掴んだ。


「へ?」

「人の頭をいつまでも叩くな、このバカ!」


 そう叫ぶと、ジェフェリーの腕を力強く下に引っ張る。突然の事に反応できなかったジェフェリーは、抵抗できず前につんのめった。


「ぬが!」


 低くなったジェフェリーの顔面に、女性の膝蹴りが見事なまで完璧に決まる。前屈みだったジェフェリーは、その反動で今度は仰向けに倒れた。


(いい蹴りだ)


 威力、キレ共に申し分ない。ついアレックスは感心してしまった。

 女性は腰に手を当てて深く息をつく。そして初めて、ジェフェリー以外に来客がある事に気付いた。


「あ、あれ。あなた達は?」

「甚だ不本意だが、そこに倒れてる馬鹿の知り合いだ。俺はアレックス・クラーク。こっちが……」

「チヅル・イサナギよ。よろしくね」

「初めまして、イーヴリン・ファラーです。アレックスとチヅル……そうか、あなた達の事は良く知ってるよ。たびたび工学誌で写真と名前を見かけるからね」


 チヅルとアレックスの差し出した手を握り、イーヴリンは妙に少年っぽい口調で自己紹介した。外見はどう見ても女性のため、微妙に噛み合わない違和感を覚える。


「俺も君の名は少しだけ聞いた事がある。確か、空の向こうへ行くための乗り物を開発しているとか。確か5年程前に話題になったな。だが、まさかこんな辺鄙な場所に住んでいるとは」


 世界の航空技術は、8年前にようやく揚力やモジュールの力で物体が飛べる事ようになった程度で、今現在もそこからあまり進歩していない。分からない事が多すぎて、先へ進む事がなかなか出来なかったからだ。実際、最初に飛行が成功した時も、鳥を模した形状を飛ばしたらたまたま飛べたからで、その原理自体さえまだ解明されていない。


 そんな中、空の向こうを目指すというのは誰にも考え付かなかった発想であり、その先見性に航空学会のみならず、各学会中の話題となった。だが、最後には先走り過ぎた目的だという見解が技術者達の間で一致。以後、その話題が表に出てくる事は無くなった。


「ここなら近くに小さな村があるだけで、実験に失敗しても巻き込まないからね。もしかして、僕を訪ねてきたのは……」

「そうだ! イーヴリン、俺達に力を貸してくれ!」


 無様に倒れていたジェフェリーが唐突に跳ね上がると、イーヴリンの両肩を掴んだ。

 イーヴリンはジェフェリーに名を呼ばれた時、ほんの少しだけ悲しそうな顔をしたが、すぐに元の表情に戻った。


「何か込み入った話のようだね。中で話そう。遠慮せずに上がって」


 イーヴリンに促され、3人は家の中に入る。

 中はよく物が片付いていて、清潔な感じがした。棚のあちこちに可愛らしい小物が飾られている。それは飛行機であったり、鳥であったりと空に関係するものがほとんどだった。

 通されたダイニングキッチンには丸いテーブルと、それを取り囲むように椅子が置かれていた。


「どうぞ」


 イーヴリンがテーブルに手を差し出す。3人は言われた通り、その椅子に座った。


「ちょっと待ってて。今、お茶を淹れるからさ」

「あ、私も手伝うわ」

「ううん、いいよ。ゆっくり座ってて」


 手伝おうと立つチヅルを制して、イーヴリンはストーブの上においてあったヤカンを取ってキッチンに向かう。

 しばらくして、イーヴリンは銀色のトレイにお茶の入ったカップを置いて持ってきた。それを3人の目の前に置く。


「さ、どうぞ」

「ありがとう。良い香りね」

「ありがとう。おいしいお茶を淹れるのが趣味の1つでね。大抵は1人で飲んでるから、こうやって大勢と飲めると嬉しいよ」


 心底嬉しそうな表情でイーヴリンは語る。こんな辺鄙なところに1人で住んでいるのだ。やはり寂しいのだろう。

 アレックスはお茶に口をつける。寒空の中すっかり冷えてしまっていた体に、お茶の熱が染み渡る。まるで腹の底から力が沸いてくるようだった。


「さて、そろそろ話を聞かせてもらおうかな。大方、数日前に現れたあれに関する事なんだと思うけど」


 イーヴリンの穏やかだった目つきが、緩やかに鋭さを増していく。幼馴染がいるとはいえ、まだこちらを完全には信用していないようだった。


「鋭いな」

「簡単だよ。こんな時期に僕を訪ねてくるなんて、それしか考えられない。出来るだけ遠くに逃げたいから、とか? だったら……」

「残念ながらそれは外れよ。逆なの。あれに辿り着くための足が欲しいのよ」


 チヅルの言葉を聞いたイーヴリンが、飲んでいたお茶を盛大に噴き出した。そんな事は全く考えてなかったのだろう。イーヴリンは感情に走ってまくし立てる。


「正気? 自分が何言ってるか分かってる? あんなのにたった3人で立ち向かって何になるのさ! 集団自殺に行くようなものだよ」

「それでも私達は行かなきゃならないの! 大切な家族があそこにいるのよ! お願い、力を貸して」


 チヅルが必死に訴えかけるが、イーヴリンは悩んでいるようにしかめっ面をしたまま答えない。

 数分後、ようやくイーヴリンは口を開く。


「……やっぱり聞けない。僕のあれは、人を殺すために作るんじゃない。死ぬと分かってて、みすみす行かす事なんて出来ないんだ」

「頼む、イーヴリン! 俺達はどうしてもスーヤを助けたいんだ! 絶対に死にはしない。約束する! だから……」

「ジェフ、スーヤって子は君の何?」

「え?」


 なぜそんな事を聞かれたのか意図が分からなかったのか、ジェフェリーは困惑の色を見せる。しかし、イーヴリンは追求を止めない。


「答えて、ジェフ」

「スーヤは、俺の愛する大切な人だ。それ以外の何者でもない」

「……そう」


 きっぱりとそう言い切るジェフェリーの言葉で、イーヴリンの表情は目に見えて曇った。その顔を見られまいとしたのか、イーヴリンは顔を下に向け、そのまま席を立ち上がって部屋を出て行こうとする。


「イーヴリン」

「ごめん、明日まで時間をちょうだい。ここにある物は自由に使っていいから」


 そう言い残し、イーヴリンは2階へと逃げるように立ち去った。その声は心なしか涙声に聞こえた。


「この無神経鈍感馬鹿!」

「ぐあ!」


 チヅルがジェフェリーの頭を拳骨で殴り倒す。ジェフェリーは椅子から落ち、頭を抱えて悶絶しながら床を転げ回る。


「な、何するんだよいきなり!」

「うるさい! あんた、あの子の気持ちが全然分かってない! 誰が見たって明らかでしょうが。あの子が、むぐ……」


 その先を言おうとしたチヅルの口を、アレックスが押さえる。


「気持ちは分かるが、その先は止めとけ。本人達の問題だ。それより、これで絶望的になったな。あの様子じゃ協力は得られそうに無いぞ。ジェフを追わせてみるか?」


 アレックスの手を口から振り払い、チヅルも腕を組んで考え込む。


「……いえ、下手すると余計こじれるわ。明日、あの子がもう少し落ち着いたらもう一度話をしてみましょう。ジェフ、あんたのせいで面倒な事になったんだから、明日はもっと言葉に気をつけなさいよ!」

「って言われても、俺には何が何だかさっぱり……」

「あんたは一言も喋らなきゃいいのよ!」

「は、はいぃ!」


 いつに無いほどのチヅルの気迫に、ジェフェリーは直立立ちで返事をする。

 結局、この日はイーヴリンが降りてくる事は無く、何の進展も無いまま日を迎える事となった。

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