エピローグ
パレットタウン施設周辺。
燈は急いで、龍神と昼食を取ろうとしていた場所に戻ってきていた。たしか吹き飛んでいなければこの辺にあるはず、と淡い期待をしてがむしゃらに探すが、無残な焼け跡しか残っていない。
「うう……。やっぱり、燃えちゃったかな」
燈は溜息を零しながらその場に座り込んでしまった。
あと少しで宝船は出発してしまう。それまでに戻らなきゃいけないのに、足に力がはいらない。この空間は現実ではない。だからたとえプレゼントを渡しても、すぐに消えてしまう。
それに《山の神様》の話では、現世に戻れば記憶は忘れてしまうらしい。せっかく龍神との距離が近づいたと思っても、失ってしまうのだ。
ここは神様の作り出した
「はぁ…………。渡したかったな」
「ござる」
間の抜けた声に燈が振り返ると、雑貨ショップで買った肩掛けバックが目の前に落ちていた。
「あ、あった!!」
燈は慌てて確認する。包装が破れて中身が見えてしまっているが、無事だった。少女には見えていないが、わらわらと集まっていたアヤカシたちが守っていたのだ。
少女はプレゼントを、そっと抱きしめ「ありがとう」と見えていない何かに囁いた。
「わー、わー」と、饅頭の程の丸いものが蛍日のような明かりを灯し、空を舞う。
それは幻想的なまでに美しかった。
宝船からはクリスマス曲が流れているのが聞こえる。
「急いで戻らないと」
「あわてて立ち上がると転びますよ」
燈が振り返ると龍神が佇んでいた。白銀の髪が明かりに照らされ、煌めく。あれだけの戦いが終わった後だというのに、彼の服装に汚れ一つない。
「神さ──」
「龍神で良いですよ」
「おそらく現世に戻る時に忘れてしまうでしょうから」と龍神は口にしなかった。けれど、《鵺》の時とは異なる。それを少女に告げることはしない。
「じゃあ、お言葉に甘えて龍神。……今日は楽しかったですね。まぁ、色々あってまた死にそうになりましたけど……」
浅間との戦いを思い出したのか、少女は若干自虐的な笑みを漏らす。
「そうですね……。なかなかできない体験でした」
「どっちのこと!?」
「むろん、姫と──んん、いえ。それよりそろそろ船が出ます。遅れると次に出られるのが半年後だとか」
「それは困る!」
「では、行きましょう」
そっと手を差し出す龍神に、燈は「言うんだ、いけ自分!」と心の中で自分を鼓舞する。
ちなみに建物の周囲に張り付いているノインと式神は、燈のサプライズの成功を見守っていた。
(なぜ俺まで……)
浅間は宝船から燈たちの成り行き見ていた。万が一、船に乗り込むのが遅れた場合、引っ張ってくるのは浅間の役割だからだ。「はあ」と貧乏くじを引き受ける代わりに、大黒天から奪った酒を飲み干す。
「龍神。その……ありがとうの気持ち!」
燈は龍神の胸に押し付けるようにプレゼントを渡す。サプライズはわかっていたが、龍神の口元がほんの少しだけ緩んだ。
「もうすぐ消えてしまうのに、贈物など──ですが、ありがとう」
燈は照れくさそうに笑う。龍神は指先を震わせながら中身を確認すると、目を大きく見開いた。
「これは……」
驚愕だった。龍神の全身に衝撃が走る。
茜色の──マフラーだった。
走馬灯のように思い出すのは、あの事件が起こった当日。燈がお気に入りだった赤いマフラーを玄関先で巻いて、いつも通り他愛のないやり取りをして──
「いってきます」と屈託ない笑みで家を出て行った少女を見送ったのだ。
あの日以来「ただいま」は互いにいえていない。
「…………」
龍神は顔を俯け長い前髪で瞳が隠れた。燈は不安げに彼の顔を覗き込む。
「り、龍神? ど、どうかした? あ、もしかして気に──」
近づく燈に龍神は、そのまま彼女を抱きしめる。
龍神にとって衝動。抑えきれない想いによる行動だった。
「…………」
細い肩、少し伸びた背丈。ジャスミンの香りがする髪──少しでも力を入れてしまえば壊れてしまいそうな花のようだ。
「龍神? ……も、もしかして貧血。それとも急に疲れがでたとか?」
「姫」
「はい」
「もう少し空気を読まないと、異性にモテませんよ?」
くすくすと小さく笑う龍神に燈は「うう……私がモテてもいいんですね」と言葉を返す。
「ええ、まったく問題ありません」と口にしかけて、言葉が途切れた。龍神は周辺にいる野次馬どもに向けて睨んだ。
「さて、某たちは先に宝船に戻るか」
「否定──心のその壱とその弐の結果を録画」
式神はノインの顎を狙って一撃で意識を飛ばす。
「まったく」
式神はもう一人の傍観者を見上げたが、浅間は既に宝船の中に戻っていた。相変わらず空気を読むのが上手い相手だ。
「せっかく一日とはいえ仲を深められたんだ。ま、頑張るがよい」そういうと式神はノインを引きずって宝船に戻った。
***
龍神は邪魔者が消えると、このクリスマスの空気に便乗して本心を語る。
「うう……私がモテてもいいんですね」それは少女の冗談だ。売り言葉に買い言葉。「ええ、構いません」と返答すると思っているのだろう。
だが今日は──本心を告げる。
「いいえ。それは──困ります」
低く、けれどハッキリとした言葉に、今度は燈が黙った。見る見るうちに耳まで真っ赤になる。この空間は夢に近く、それゆえ本心が現実よりも口に出しやすい。
「貴女が大切ですから」
少女はおずおずと遠慮がちに龍神の背中に手を回すと「私
どちらともなくコツン、と額がくっ付き────
***
次に燈が目を開くと見慣れない天井が見え。
「……………」
神社にも似た静謐な空気が妙に心地よい。耳を澄ませば僅かに波打つ音が聞こえてくる。海が近いのだろうか。だが、潮の香りはない。あるのは白檀の──
「起きましたか……」
視界が朧気で顔がよく見えない。部屋が暗いからだろうか。
燈は何度か瞬きを繰り返すが、やはり瞼が重い。
「まだ術式が完全に定着していません。今暫く眠っていてください」
優しい声。温かなまなざし。
「りゅう……じ……ん」
寝ぼけた声で呟いた一言は、彼の雰囲気を僅かに変えた。驚愕、そして戸惑い。
(あれ……困らせるつもりは……)
燈は瞬きを何度か繰り返し、唇を開いた。言いたいことがある。今、言わないと、多分──また、忘れてしまう。
「……ことし、は……みんなで……クリスマスを……しようね」
燈が伸ばす手を龍神は両手でつかんだ。壊れ物を扱うように優しく、そして愛おしい想いをこめて──
「ええ、そうですね。ケーキの食べ合いに、プレゼント交換もしましょう」
「うん……やくそ………すぅ」
まぶたを閉じてからしばらくすると、規則正しい寝息が聞こえる。龍神は聞こえていない少女に向けて、本心を語る。
「ええ。たとえ貴女が忘れてしまっても、私は覚えていますから。貴女の想いも優しさも。……姫、素敵な贈り物をありがとうございます」
燈の左腕と片目には術式の紋様が肌に浮かんでいる。馴染むにはまだしばらく時間がかかるだろう。少女が幸福な夢を見ていることを龍神は願わずにはいられなかった。
to be continued ……?
↓
↓
↓
☆ボーナスステージ☆
パレットタウン(燈視点のみ)
龍神は顔を俯け長い前髪で瞳が隠れた。
「あれ、どうしたんだろう」私は気になって顔を覗き込んだ。
「り、龍神? ど、どうかした? あ、もしかして気に──」
気づいたら私は龍神に抱きしめられていた。突然の事で両肩がビクリと震えたが、少し驚いただけで嫌じゃなかった。
ううん、懐かしいような。
ホッとするような、胸がギュッと締め付けられるようなそんな気持ちが詰み上がって言葉に出来なかった。
ただ涙が出てきそうになる。
何故だろう。
この気持ちは……。記憶が戻るまで──しまっておかないと駄目だ。今日だけでなんど助けてもらっただろう。《鵺》のときだって、たくさん、たくさん助けて傍に居てくれた。
甘くなくて、手厳しくて──でも、本当に私がどうにもならなくて、困っているときは必ず手を貸してくれる。
抱きしめる両手は温かいのに、なぜか違和感がある。全く力の入っていない腕。小刻みに震えているのは、何故?
「もう少し空気を読まないと異性にモテませんよ?」
くすくすと小さく笑う龍神。「ああ、この人も笑うんだ」と、なぜか安心してしまった。
「うう……私がモテてもいいんですね」
なんて捻くれた言葉しかでてこないのだろう。本当はもっと素直にお礼がいいたいのに。
「いいえ。それは──困ります」
低く、けれどハッキリとした言葉に、私の許容量はオーバーヒートした。もう、限界。降参です。これ以上は私の心臓が持ちませんから!
「貴女が大切ですから」
意地悪な言葉などなく、はぐらかしもしない。ふと、私は自分の手が半透明になっているのに気づく。
(そっか。……この時間はこれで終わり。《鵺》の時は覚えていたけど、今回は──)
《山の神様》にここでの記憶は曖昧模糊となると聞いた。元々神様が作った空間だ。悪用を阻止する為の物だろう。あと賭けをしていたことを有耶無耶にするため──。
(それなら……)
少女はおずおずと遠慮がちに龍神の背中に手を回す。
この思い出が──龍神と縮まった距離が消えてしまうのは悲しいけれど、それならちゃんと気持ちを応えよう。記憶のある私ではないけれど──
今日一日、一緒に居て話して思った気持ちを。
「私
違う。違う。そうじゃなくて、なんというかもっとシンプルな言葉。
どちらともなくコツン、と額がくっ付き────
「私もあなたが大切です」
そう消え入りそうな声でつぶやいた。
END
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