王国歴47年 アルガ王国
膝をついた戦士がメルに向かって叫んだ。
「
メルが
「ちょっと! ぼけっとしてないで抑え込んでってば」
大声を上げたのは女エルフの弓使いだ。
傷が癒えたばかりの戦士は、剣を取り、ドラゴンに向かって走り出した。
そこは鉱山の坑道のひらけた採掘場だった。魔法使いの
ラーク鉱山は、アルガ王国屈指のアルダマイト鉱石の埋蔵量を誇る、国にとっての宝だった。アルダマイト鉱石は高い耐久性とその美しさから、あらゆるものに加工され重宝された。そしてラーク山を中心とした山脈の一帯でしか採掘できないとても貴重なものだった。
そんな国の宝の坑道に、ドラゴンが住みついたと騒ぎになった。すでに何人もドラゴンに食われたらしい。
もちろん即座に軍三〇名を鉱山へ立ち入らせた。しかし二日が経過しても誰も戻るものはいなかった。そこで国王は、戦闘力に長けたギルドパーティ『青の流星』にドラゴン退治を命じた。
ドラゴンの正体は、狭い鉱山を寝床にするアークドラゴンだった。大きさは人の倍ほどしかない飛べない竜。ドラゴンの中では小さい方だが、ドラゴンいちの殺傷能力を持っている。鱗は固く、矢を通さない。唯一矢が通る部分といえば、目くらいのものだ。
弓使いが放った矢がドラゴンの瞳を射抜いた。鉱山の中――岩壁で覆われた閉鎖空間に、ドラゴンの甲高い鳴き声が反響した。
次に魔法使いが、弓使いの刺した矢に向かって
死界となった方向から戦士が連続斬撃でドラゴンの急所を覆う硬い鱗を剥ぎ取っていった。
凄まじい連携技だ。
鱗が剥ぎ取られ、薄くなったところに弓使いの矢が射られる。あとはもう一発、
すると暴れるドラゴンの尾に砕かれた岩の破片がメルに向かって飛んできた。思わずメルは目を瞑る。カン、と金属に当たった音がした。メルの前で守りを固める盾使いが防いだのだ。
「怖い」
「大丈夫。あれは子どもだ。俺たちで倒せない相手じゃない」
「でも王様の戦士たちじゃ」
「突撃と引け、しか脳のないやつらだと厳しいかもな。子どもとはいえドラゴンはドラゴン。尻尾のひと薙ぎで俺らは死ぬ。俺らが虫を潰すようにな」
盾使いはニカッと歯を見せて笑ったときだった。「
糸が切れた人形ように倒れるドラゴン。
戦士が雄叫びを上げ、弓使いが疲れたぁ〜と息を吐く。魔法使いが、ドラゴンの角を持ち帰ろうと提案する。ギルドでは、止めを刺した人間がアイテムを持ち帰れることになっていた。アークドラゴンの角となると、屋敷はさすがに買えないが、こじんまりした家なら買えるほど高価なものだ。
「今回はさすがに山分けだろ」と戦士。
「私の弓がなかったら倒せなかったしね」と同意を示す弓使い。
「都合のいいときだけギルドの決まりを反故にするとは卑しいかぎりですな」と魔法使いがため息を漏らした。
なんだと、と戦士が叫び、勝利の喜びから一転、空気が張り詰める。
今現在は名を馳せるギルドまでに成り上がった『青の流星』だが、元々は街の荒くれ者の寄せ集めだった。しかし、これまで仲違いせずにやってこれたのは敵を倒して得られるアイテムの価値が小さかったからだ。みなであぶく銭として使えば、一夜にして飲み干せるほどの価値。今まではそうして消費してきた。だが今回ばかりは事情が違う。報奨金の何倍もの金貨を独り占めできる。そのひとつの事実が人の本性を露わにした。
「やめろ!」
盾使いは叫ぶ。が、無駄だと悟ったのか、メルの前で盾を構えていた。
そのときだった。
甲高く、威圧に満ちた鳴き声が、奥の坑道から響いてくる。そして、ドン、ドン、と足音がゆっくりと響いてきた。
――最悪ですね。ぼそりと魔法使いが言った。その言葉が状況を端的に表していた。
アークドラゴンが二体。先ほど倒したアークドラゴンの親だろう。
アークドラゴンが二体いたとして『青の流星』の手にかかれば悲観することはなかった。しかし、それはいつもの彼らの実力が発揮されたときの場合だ。
さっき倒した相手という、油断や侮り。
仲間内に芽生えた、不信や歪み。
不穏な空気が彼らを死に近づける。
「逃げるぞ!」
盾使いが叫んだが、まず動いたのが弓使いだった。ドラゴンに向かって矢を射った。同時、魔法使いは詠唱を始める。戦士は叫びながら特攻を仕掛けに行った。
まずは戦士の腕が飛んだ。
弓使いの放った矢は、別のドラゴンに軽々あしらわれ、突っ込んだ戦士を軽く尻尾で薙いだ。ただそれだけ。たった一秒に満たない時間で、世界は地獄に変わる。血の雨と耳に残る叫び声。
メルは歯を鳴らしながら、自身の最強魔法である
「あ、あぁ」メルは言葉を失い、詠唱は無駄に終わる。
魔法使いの絶命により、
「逃げるぞ」
盾使いがランタンを灯した。その灯りを頼りに盾使いとともに出入口へ向かって走る。後ろからはドラゴンの鳴き声が聞こえる。足音も聞こえる。しかしどれだけ背後に迫っているのかはわからない。
採掘場から狭い坑道に入ると、盾使いはメルにランタンを渡した。
「俺は奴らを足止めする」
メルは自分から血の気が引くのがわかった。死ぬ気だ。すぐわかった。
――生きろよ。そう言って、盾使いはメルを突き飛ばした。そして、坑道の天井に盾を突き立て、軽い崩落を起こした。道が塞がる。泣きっ面のメルに向かって、盾使いはニカッと歯を見せて笑った。
「何……を」
メルは崩落した土壁を手で掘る。当然掘れるわけがない。爪が剥げ、ただただ激痛にさいなまれるだけ。
んく、んく、とすすり泣くメル。
「また、助けてもらった」
そう呟いたとき、ドラゴンの鳴き声が地響きのように響き渡った。
心臓がきゅうっと締め付けられる。
メルは胸の前で手を組み、祈るように歌った。言葉は震え、嗚咽混じりの声だった。
――いつか、きみを救い出せますように。
まだ、ドラゴンの鳴き声が響いている。
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