Page68:怖さと後悔

 空を斬り裂く音と共に、鎧装獣ガルーダは帰還した。

 まばゆい光を放ち、ガルーダとライラは分離する。


「よっと!」


 レイ達の前に上手く着地すると、ライラは変身を解除した。

 その顔はあまり芳しくない。

 レイはライラに偵察の結果を聞いた。


「どうだった?」

「控えめに言って地獄絵図っス。宮殿の周りに何かウジャウジャいると思ったら、全部ボーツ! 何時ぞやの大量発生事件を見てる気分だったっス」

「数の方はどんな感じだった?」

「多すぎて目算無理っス」


 ライラの回答に「そうか……」と小さく返すレイ。

 目算が難しい程にボーツが湧いているとなると、危険度はそれなりに高い。

 とは言っても、それはジョージ皇太子にとってはの話だ。

 通常のボーツの群れ相手なら、レイ達は十分に対処できる。


「しかも悪い知らせが二つ。一つはボーツが何体か首都に下りて行ってたっス」

「なんだって!?」


 驚愕の声を漏らすジョージ。

 だがボーツが下りて来ている事自体は、レイにとっては想定の範囲内であった。

 焦るジョージをひとまず置いておいて、レイは話の続きを聞こうとする。


「それでライラ、もう一つは?」

「ボク達の固有魔法で宮殿の中を調べようとしたんスよ。でも何かよく分からない力に妨害されたっス」

「……ゲーティアか」


 宮殿内でゲーティアと遭遇する可能性がぐんと上がった。

 固有魔法の妨害など只事では無い。

 宮殿内への突入の危険度がさらに高まる。


「フレイア、どうする?」

「ゲーティアの奴を速攻でぶっ飛ばす……なんて訳にはいかなだそうね」

「そうだな。ゲーティアの方に注力していたら宮殿外のボーツが何体下りてくるか分らない」

「でも首都の人達を見殺しにするのは後味が悪い」


 フレイアの言葉に、チーム全員が頷く。

 メインの依頼は皇太子を宮殿内まで連れて行く事だが、それで余計な犠牲者が出ては目覚めが悪い。

 だが今回の決定権はレイ達には無い。

 レイはジョージの前に歩み寄ると、指を二本立てて選択を迫った。


「皇太子様、話は聞いてましたよね?」

「あぁ……聞いてたさ」

「選んで欲しいんです。俺達がどう動くべきか」

「……」

「一つ。俺達全員で皇太子様を護衛して、安全に宮殿内に入る。ただしその場合、俺達は首都に下りてくるボーツに対応する事はできません」


 自国の民が食い殺される場面を想像したのか、ジョージの顔が微かに険しくなる。


「二つ目。俺達が二つのチームに分かれます。皇太子様を護衛するチームと、首都を守るチームです。この場合、皇太子様の守りが薄くなりますから――」

「僕の危険度が上がる。そういう事だね」

「……はい」

「一つ聞かせて貰えないかな。どうして僕に選択肢を用意してくれたんだい? 二手に分かれれば、君達の身も危険に晒されるはずなのに」


 もっともな疑問だった。

 普通に考えれば、態々選択肢を用意するメリットなどレイ達には存在しない。

 だが彼らにとって、メリットデメリットは問題では無かった。


「簡単な話だよ、皇太子さん。アタシ達は後味悪いのが嫌いなだけ」

「そういう事です。ちょっと我儘なんですよ、俺達」

「それで皇太子さん? どっちを選ぶの?」


 フレイアに問われて、考え込むジョージ。

 ものの数十秒で、その答えは出た。


「後者を……僕の身は多少危険に晒されてもいい。だから、国民を守って欲しい」

「りょーかいです」


 ジョージの選択に、了承の意を伝えるフレイア。

 さて、そうなると問題はチーム分けだ。

 チーム内でしばし話し合った結果、このような組分けとなった。


 チーム宮殿組

 ・レイ

 ・フレイア

 ・ジャック

 ・オリーブ


 チーム首都組

 ・アリス

 ・ライラ

 ・マリー


 鎧装獣化した際に空を飛べるライラとアリス。

 ライラは固有魔法で広範囲を目視でき、アリスは怪我人の治療ができる。

 そして広範囲に魔水球を展開してボーツを殲滅できるマリー。

 この三人で首都を守る事となった。

 残りの四人は宮殿に突入である。


「レイ、何かあったら連絡してね」

「わかってる。アリス達も気を付けろよ」


 アリスに若干の釘を刺されるレイ。

 だがこれで進むべき道は決まった。


「よーし、それじゃあみんな。いくよ!!!」

「「「応ッ!!!」」」


「Code:レッド!」「ブルー!」「イエロー!」「ブラック!」「ホワイト!」「シルバー!」「ミント」

「「「解放!!!」」」


 レイ達はCode解放を宣言して、一斉に獣魂栞ソウルマーク魔本グリモリーダーに挿入する。


「「「クロス・モーフィング!!!」」」


 魔装、一斉変身。

 グリモリーダーから放出された魔力インクが、レイ達の身体に纏わりつき、魔装を形成してく。

 瞬く間に変身完了したレイは、ジョージの方へと振り向いた。


「皇太子様も変身しておいて下さい。こっから先は命の危険がつきまとうんで」

「あ、あぁ。そうだな」


 ジョージがグリモリーダーを取り出すと、腕に抱えられていたケットシーが一枚の獣魂栞へと姿を変えた。


「Code:パルマ、解放。クロス・モーフィング」


 パルマ色の魔力が放出され、ジョージの全身に魔装として纏わりつく。

 ジョージは昨日と同じ、パルマの操獣者へと変身した。


「おっし、行くかッ!」


 手の平に拳を叩きこんで気合を入れるフレイア。

 一同はそれぞれの道へと進み始めた。





 ブライトン公国宮殿、その上空。

 鎧装獣と化したガルーダ、そしてロキが旋回している。

 宮殿の敷地から出ようとするボーツを見つけてはガルーダの雷が堕ち、首都に下りたボーツがいればロキの背に乗ったマリーが魔力弾を撃っていた。


 そうして三人が首都を守っている頃、肝心の宮殿の方はと言うと……


「どぉぉぉりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


――業ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!――

 フレイアの火炎が、何体ものボーツを焼き払う。

 此処は宮殿の門前だった場所。既に門は破られており、内部から大量のボーツが溢れ出していた。


「「「ボッツ、ボッツ、ボッツ、ボッツ、ボッツ」」」


 倒しても倒しても、湧き出るボーツ達。

 フレイア達は中々宮殿へと入れずにいた。


「どらぁ! 流石に多いわね」

「フレイア、全部倒そうと思うな! 俺達の目的は皇太子様を中に連れて行くことだ!」

「じゃあ道を作ればいいんだね!」

「そういう事だ」


 レイに言われて簡単な策を考えたフレイア。

 右手の籠手から大量の炎を放出し、目の前のボーツだけを次々に焼き払っていった。

 それに続くように、レイとジャックがボーツを斬り伏せる。

 オリーブはジョージの護衛だ。


「グレイプニール!」

流星銀弾りゅうせいぎんだん!」


 無数の鎖と、銀色の魔力弾がボーツ達を貫いていく。

 すると徐々に、ボーツの群れの中から道が見え始めてきた。


「今だッ、突っ切るぞ!」


 レイの声に反応して、フレイア達は走り出す。

 それを阻止せんとボーツ達が襲い掛かってくるが、悉くを回避して宮殿内部へと侵入した。


 宮殿内部は案の定、ボーツの大群が跋扈していた。

 レイ達は出会ったボーツを倒しつつ、ジョージに道案内をしてもらう。


「どらぁ!」


――斬ァァァン!――

 襲い掛かって来たボーツを切り捨てるレイ。

 気がつけば、宮殿内の大広間に辿り着いていた。


「……一段落は、したのかな?」


 レイ達は辺りを見回す。

 先程まで次々に襲撃をかけてきたボーツは何処へやら。

 随分と静かな場所が出来上がっていた。

 否、静かなのは音だけだ。視界に映る光景は荒れ果てたものである。


 落ち着いて周りを見るレイ。

 宮殿の内部はあちこち崩れ去り、優雅さや気品は微塵も感じられない惨状だった。

 だが注目すべきはそこだけではない。

 斬り落とされたボーツの死骸とは別に、大広間のあちらこちらに転がる死体達。

 ある者は重厚な鎧を貫かれており、またある者は優美な服と身体をズタズタにされている。


「……これは、酷いな」


 レイは思わずそう零してしまう。

 恐らく死体達は、この宮殿にいた兵士や大臣達だろう。

 今となっては見るも無残なタンパク質の塊に成り下がっているが。


 フレイアとジャックは仮面の下で嫌悪感を露わにし、オリーブはそのショッキングな光景から一瞬目を逸らしてしまった。


 レイは死体に近づいて、その様子を目に映す。


「ボーツにやられた……だけじゃなさそうだな」


 腹部を何者かに食い破られたような死体もあれば、頭部の半分を何かに消し飛ばされたような死体もある。

 よく見れば、床も所々抉り取られている。

 恐らくゲーティアの黒炎にやられたのだろう。


「怖い奴らだな、ゲーティアって」

『そうだな』

「国一つを簡単に滅ぼしやがる」

『だからこそ、奴らは外道なのだよ』


 レイがスレイプニルと軽く会話をしていると、背後から誰かが倒れる音がした。

 振り返るとそこには、変身を解除して四つん這いになっているジョージが居た。

 ゲーゲーと、口から吐しゃ物をまき散らしている。

 オリーブは、そんなジョージの背中を優しく擦っていた。


「大丈夫ですか?」

「ゲホッ、ゲホッ……すまない、動揺してしまった」


 嘔吐するジョージを、ケットシーが心配そうに見つめる。

 死体の中に知り合いでもいたのだろう。

 袖で口を拭うジョージ。だがその顔はすっかり青ざめていた。


「あの、皇太子様……失礼ですけど、皇太子様って、本当は戦い慣れしてないんじゃないですか?」


 突然オリーブから浴びせられた指摘に、顔を強張らせるジョージ。

 だがすぐに観念したかのように、目を閉じてしまった。


「何故、そう思うんだい?」

「私、ここに来る途中ずっと皇太子様を守って、見てました。だから気づいちゃったんです。皇太子様、ずっと震えていました……」


 ジョージは目を開けて、レイ達を見る。

 三人とも驚く事は無く、淡々とジョージを見ていた。


「全部お見通しか……そうだよ、僕はこの公国で一番の臆病者さ」

「臆病者、ですか?」

「ゲーティアに国を乗っ取られてから、僕はこの国が恐ろしくなった。人を人とも思わず、命を命とも思わない。そんな父や大臣達が恐ろしくて仕方がなかった! だから僕は逃げたんだ。この国の為政者という立場から逃げたんだ!」


 ポロポロと、ジョージの目から涙がこぼれ落ちる。


「このままではいけないと、頭の中では理解していたさ。だけど僕には、奴らに立ち向かう力も、勇気も無かった! 誰かが助けに来てくれるのを、息を潜めて必死に待ち続けていた! その結果がこれだ!」


 力なく立ち上がったジョージは、ふらつきながら一つの死体に近づく。


「この兵士は、子供が生まれてすぐだった。嬉しそうに僕に話してくれたよ」


 視線をずらし、今度は別の死体見やる。


「彼は僕の教育係だった。厳しくも立派な教育者だったよ。僕は彼に為政者の心構えを学んだんだ」


 涙を零しながら、ジョージは拳を握り締める。


「父が傀儡と化し、兄妹が逃げた今……戦うべきは僕だったんだ。彼らを守るべき者は、僕だったんだッ!」


 深い深い後悔が、ジョージに襲い掛かる。

 眼前の死体達に、ジョージは涙ながらに謝罪の言葉を述べていた。


 そんな彼の元に、静かに歩み寄る影が一つ。

 フレイアだ。

 しゃがみ込んで、ジョージに目線を合わせる。


「皇太子さん、さっきレイも言ってたでしょ。後悔は後からいくらでも出来るって」

「……」

「死んだ人たちに償いたいんだったら、これ以上この人達みたいな被害者を出さないようにするのが一番なんじゃないかな?」

「それは……そうだな」

「それにね皇太子さん。戦おうって意志を持てたんだったら、皇太子さんには十分に勇気があると思うよ」

「僕が……?」


 困惑するジョージに、レイが語りかける。


「そうですよ。だって大公さんや大臣は屈して、御兄弟は逃げたんでしょ? 戦おうと思ったのは皇太子様だけなんだから。勇気があると自負しても良いと思いますよ」

「だけど僕は……彼らを救えなかった」

「目に見える範囲が、手を伸ばせる範囲で救える範囲。俺達は神様じゃない。終わった事を悔やむのは後からいくらでも出来る。だったら今皇太子様がするべき事は、前を向いて、国の生命を未来に繋げる事じゃないんですか?」

「……僕に出来るだろうか」

「やらないと前に進めないんですよ」


 そう言われたジョージは、袖で涙を拭って立ち上がる。

 まだ迷いのある表情だが、前を向こうとする意志は感じられた。


「君たちは、強いね」

「俺達一人一人は未熟者ですよ。ただ――」

「アタシ達には仲間がいる! それだけの話」

「フレイア……俺の台詞取るなよ」


 やいのやいのと言い合うレイとフレイア。

 こんな状況でも前を向いていられる彼らに、ジョージは人の光を見た。


「一つ、聞いてもいいかい? こんな事は僕が聞くべきでは無いのかもしれないけど……君達は、怖くは無いのかい?」

「怖い、ですか?」

「そうだ。これから戦うかもしれないのは、あの恐ろしいゲーティアの悪魔だ。命を命とも思わない外道達だ。君達は一度ゲーティアと交戦しているらしいじゃないか。ならその恐ろしさもよく解っている筈……もう一度聞くよ、怖くはないのかい?」


 数秒の沈黙。

 それを破ったのは、レイだった。


「怖いですよ。アイツら容赦なく殺しにかかってくるんだから、怖くない筈が無い」

「だったら何故、前を向いていられるんだ?」

「ゲーティアよりも怖い事があるからですよ」

「ゲーティアよりも……怖い事?」

「アイツらが誰かを傷つけるって分かっているのに、怯えて目を逸らして、そんで本当に目の前で最悪の光景が広がってしまう。そうなる方が後味悪いし、怖い事ですよ」


 さもあたり前のように答えるレイ。

 ジョージはその答えに、素直に驚いていた。

 自分にはない、魂の輝きがそこには在ったのだ。


「アタシもレイと同じ。後味悪いのが嫌だから、足掻き続けてるだけ」

「他の者達も、そうなのか?」


 ジャックとオリーブに視線を向けるジョージ。

 二人は静かに頷いて、肯定の意を示した。


「と言っても、僕はただフレイアについているだけですけどね」

「私は、誰かの役に立てればそれで良いかなって思って……」


 二人も同じだった。

 セイラムから来た操獣者達は皆、気高き魂を持ち合わせていた。

 もしかすると彼らなら、救ってくれるかもしれない。

 ジョージはそう思わずにはいられなかった。


「安心してください皇太子様。道は俺達が作ります。だから――」

「やることやって、ゲーティア倒して。ちゃっちゃとこの国救っちゃおー!」

「だからフレイア、俺の台詞取るな!」


 再び言い合うレイとフレイア。

 だがそんな彼らの様子を見て、ジョージの心は少し軽やかになっていた。


「ほらほら二人とも。早く謁見の間に行くんだろ」


 ジャックに諭されて我に返る二人。

 そうだ、今優先すべきはジョージを謁見の間に連れて行く事だった。


 そして、レイが謁見の間への道を聞こうとした……その時だった。


 ズルリ、ズルリと何かが這い寄る音が近づいて来た。

 強い殺気を感じたレイ達は、すぐに戦闘態勢に入る。

 ズルリ、ズルリ、近づいてくる。


 そしてソレは、姿を見せた。


「見つけたぞ、わっぱ共……」

「ッ!? お前は――」


 レイはその姿を見て驚愕した。

 禍々しい、白い蛇の身体を持つ悪魔。

 レイがバミューダで戦った、初めてのゲーティアがそこに居た。


「ガミジンッ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る