Page69:逆襲のガミジン

 忘れる筈もない強敵。

 白蛇の悪魔が、目の前に現れていた。


「お前は、ガミジンッ!」

「やはり貴様らだったか。これは僥倖僥倖」


 ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべるガミジン。

 だが今はそんな事を気にする場面ではない。


「テメェ、生きてやがったのか!」

「このガミジン、仮にもゲーティアの悪魔を名乗る者。そう簡単には死なんよ」


 見せつけるように、わざとらしく、腕や首を回して見せるガミジン。

 それを見て、レイは内心焦っていた。

 あのバミューダでの戦いで、確かにスレイプニルの必殺技を叩き込んだ筈なのに……。


「ねぇ……アイツって確か、レイ達が倒したんじゃ」

『あぁ、その筈だったのだがな……』


 フレイアの疑問にスレイプニルが答える。

 声には反映させていないが、スレイプニルも目の前の光景には驚いていた。


「無論、私もただでは済まなかったがな。貴様らに誤算があったとすれば、ゲーティアの持つ魔法を侮っていた事だ」

「あそこから復活するとか、どうなってんだよ」


 率直な感想を吐き捨てて、歯を噛み締めるレイ。

 それを愉悦するかの様に、ガミジンは笑みを絶やさなかった。


「悔しいか? なら存分に悔しがると良い。それが貴様等が抱く最後の感情になるのだからな」


 そう言うとガミジンは、右手に握ったダークドライバーを掲げて、その先端に黒炎を灯した。


「このガミジンに傷を負わせ、愚弄した罪。貴様の命で償うがいいッ!」


 灯された黒炎から、漆黒の魔力インクが放出される。

 魔力は空中で拡散し、軌跡を描きながら、周囲の死体達に入り込んだ。

 一瞬の間が経つ。

 その間に魔力は死体の全身に侵食。

 冷たくなった皮膚を突き破り、死体の手から黒い鉤爪を生やし始めた。


「みんな気をつけて! 仕掛けてくる!」


 フレイアがチームメンバーの3人に声をかける。

 その間に死体達はゆるりと立ち上がり、レイ達の方へと振り向いてきた。


「魂と死体の支配。それが私とアナンタの魔法だ!」

「チッ。悪趣味野郎が」


 レイが悪態を吐くも、ガミジンはどこ吹く風。

 指揮棒のようにダークドライバーを振り、支配下に置いた死体達に指示を出した。


「やれッ、死体兵士供! 童共を血祭りに上げろ!」


 ガミジンの魔力で作られた鉤爪を構えて、死体兵士は一斉に襲いかかってくる。


「オリーブは皇太子さんを守って! レイとジャックはアタシと一緒に戦うよ!」

「「「了解!」」」


 フレイアの指示に従って、行動を開始する面々。

 何にしても、ジョージ皇太子を守るのが最優先だ。

 オリーブはジョージを自分の背に移動させ、大鎚を構える。

 そして二人の元に攻撃が行かないように、レイ達は死体兵士へと立ち向かった。


 漆黒の鉤爪を容赦なく振り下ろしてくる死体兵士。

 レイはそれをギリギリで躱し、すれ違いざまに斬撃を食らわせる。


――斬ッ!!!――


 コンパスブラスターの刃が食い込んだ瞬間、レイは心の中で死体に謝罪する。

 死体兵士は胴体から真っ二つに切断され、崩れ落ちた。

 しかし既に絶命している為か、死体兵士にダメージは無い。床に落ちた上半身だけで、再び攻撃を仕掛けてきた。


「ッ! 死んでるからダメージなしかよ!」


 足目掛けて振り下ろされた鉤爪を、咄嗟に回避するレイ。

 ただ斬るだけではどうにもならない敵。

 レイは思考回路を高速で動かし、策を考えた。


「そうだ! 攻撃手段が一つだけなら!」


 執拗にレイを狙ってくる死体兵士の上半身。

 レイはコンパスブラスター(剣撃形態ソードモード)を構え、横薙ぎに振るった。


――斬ァァァン!――


 斬撃が起こした風と共に、吹き飛ばされる死体兵士の両腕。


「鍵爪以外の攻撃ができないなら、その厄介な腕を斬っちまえば良いんだ」


 自身の腕が消えた事に気づいていない死体兵士。

 微かな呻き声を上げながら、バンバンと残った肘を叩きつけるばかりだった。


 レイが死体兵士と戦っている時と同じくして、ジャックも死体兵士を攻略しようとしていた。


「固有魔法【鉄鎖顕現てっさけんげん】起動!」


 ジャックの周りに幾つかの魔方陣が浮かび上がる。

 だが死体兵士はそれを気にする事なく、攻撃を仕掛けてきた。


「グレイプニールの応用技」


 魔方陣に溜め込んだ魔法の鎖。

 ジャックはそれを一気に解き放った。


「グレイプニール、ファランクスシフト!」


 死体兵士に向かって、一斉射出される大量の鎖。

 本来の用途である捕縛をする事なく、鎖はその凄まじい勢いを利用して、次々に死体兵士を貫いていった。

 雨あられと、隙なく射出される鎖。

 鎖の先端は、そのまま床に突き刺さり、死体兵士を磔た。

 それでもなお、死体兵士は強引に前へ突き進んでくる。


「悪いけど、そいうのは想定内だ」


 ジャックは小さく呟くと、新たな魔方陣を一つ出現させた。


「僕達の鎖にはね、こういう使い方もあるんだ」


 魔方陣の中で、一本の鎖が青色の魔力に被われていく。

 ジャックはその鎖を、勢いよく解き放った。


「グレイプニール、バーサークシフト!」


 青色に染まり上がった鎖は、縦横無尽に軌道を描く。

 破壊と斬撃の術式が込められた鎖は、次々に死体兵士の身体を切断する。

 それも、たった一回の切断では許さない。

 一秒も経たない内に鎖はUターンして、死体兵士の身体を粉々にしていった。


「死者への弔いは大事だけど、今は身を守る方が優先なんだ」


 粉々の肉片と化した死体に、ジャックは申し訳なさそうに、そう告げた。



「どりゃァァァァァァァ!!!」


――斬斬斬斬ッッッ!!!――


 一方のフレイアは、これといった策を練る事なく、剣を振り続けている。

 凄まじいスピードと、ペンシルブレードに纏われた炎が、死体兵士を次々に焼き斬っていた。


「そういえば、東の国には火葬って文化があるんだっけ?」


 中々終わらない死体兵士達の攻撃。

 フレイアは以前ライラから聞いた話を思い出し、ペンシルブレードに纏わせる炎の威力を上げた。


「焼き尽くして骨だけにすれば!」


 一斉に襲いかかってくる死体兵士。

 フレイアは躊躇することなく、それ等を焼き斬った。


――斬ァァァァァァァン!!!――


 斬撃で生じた風圧と、爆炎に飲み込まれてしまう死体兵士達。

 その悉くが身体を両断され、床に落ちる。

 だが先程までとは違い、再び攻撃を仕掛けてはこない。

 攻撃手段である鉤爪、そしてそれが生えている両腕。それ等はフレイアが剣に纏わせていた、超高温の炎によって、完全に溶かされていた。

 床を這おうとしながら、炎によって全身の肉を焼き払われていく死体兵士達。

 フレイアはそれを、弔うように見届けた。


「さて、後はあの蛇野郎だけね――ッ!?」


 それは、フレイアがガミジンに目標を定めようとした瞬間だった。


「ボォォォツ!!!」

「どわぁ!?」


 突如出現したボーツが、鎌のような腕を振り下ろしてきた。

 フレイアは咄嗟にペンシルブレードを前に出して防御する。


「死体では時間稼ぎにもならんか」


 小樽を片手にぼやくガミジン。

 呼び出したボーツは次々に倒されていくが、その隙を埋めるように、ガミジンは小樽の中身をぶちまけた。

 床に落ちたどす黒い粘液の中から、数十体のボーツが召喚される。


「不味いな、数が多すぎるぞ」

「オリーブ、皇太子さんを安全な所まで逃がして!」

「は、はい!」


 フレイアの指示を受けて、ジョージを連れて後退するオリーブ。

 謁見の間からは離れてしまうが、今目の前で起きている戦闘に巻き込む方が危険だ。

 オリーブとジョージが脱出した事を横目で確認したフレイアは、ペンシルブレードの柄を握り締めた。


「二人とも、ボーツが後ろに行かないようにするよ!」

「わかってるっての!」

「ボーツは僕とレイで対処する。その間にフレイアはゲーティアを!」


 方針が決まると同時に、三人全員が動き出す。


形態変化モードチェンジ棒術形態ロッドモード!」


 レイはコンパスブラスターを棒術形態にし、攻撃範囲を広げる事にした。


「ジャック、俺達でフレイアの道を作るぞ!」

「言われるまでも無いよ」


 レイ達に狙いを定めて攻撃を仕掛けてくるボーツの軍勢。

 一体たりとも、後ろに行かせる訳にはいかない。


「グレイプニール、ファランクスシフト!」

「どらァァァァァァ!!!」


――斬ァァァァァァァァン!!!――


 あるボーツは、横薙ぎされたコンパスブラスターに胴体を両断。

 あるボーツは、飛来してきた鎖に頭部を貫かれる。

 数の暴力で襲い掛かってくるボーツを、レイ達はそれ以上のスピードで撃破していった。


 何体もまとめて倒していく内に、道筋が見え始める。


「フレイア、今だ!」


 レイの叫びに合わせて、フレイアは駆け出す。

 道を阻もうとするボーツはレイとジャックが討ち取っていく。

 後は距離を詰めるのみ。


「どりゃァァァ!!!」

「フンッ!」


 全力で斬りかかるフレイア。

 その一撃を、ガミジンは左腕で受け止める。

 鋼の如き強度を持つ、己の鱗を信じたが故の行動だった。

 しかし。


「なに!?」


 ピシリと音を立てて、鱗にひびが走った。

 ガミジンは慌ててフレイアとの距離を取る。


 傷が出来ていた。

 鱗にはひびと、炎による火傷が生々しく出来上がっていた。

 予想外の展開に、ガミジンの中で焦りと怒りが沸き上がってくる。


「き、貴様ァ……よくも私の身体に傷を!!!」

「ヘーンだ! そんな傷気にならないくらい、焼き斬ってやるんだから!」


 ペンシルブレードの切っ先を向けて挑発するフレイア。

 その挑発が、ガミジンから冷静な思考を奪い取った。


「小娘如きがァ、図に乗るなァァァァァァァァ!!!」


 絶叫。それと同時に、ダークドライバーから黒炎を乱射し始めた。

 だが所詮は怒りに任せた攻撃。

 フレイアは冷静に黒炎の軌道を見極めて、軽々と回避していった。

 そして距離を詰める。


「どりゃ!」


 斬撃一閃。

 フレイアの一撃が、ガミジンの腹部に傷をつける。


「――ッッッ!?!?!?」


 言葉にならない悲鳴が上がる。

 ここに来てガミジンは、僅かに冷静さを取り戻していた。

 以前だったら大したダメージにもならなかった筈の攻撃。

 それが何故、今こうして痛手と化しているのか。


「ザ、ザガンの奴め……きちんと再生をしなかったなァ!」


 原因をザガンの不手際と確信したガミジンは、新たな怒りを燃やす。

 だがその怒りが隙となり、致命傷となった。


「捕縛しろ、グレイプニール!」


 無数の鎖が飛来し、ガミジンの身体を拘束する。

 驚いたガミジンは、慌てて周囲を見回す。

 数十体以上召喚していた筈のボーツは、既に一体も残っていなかった。


「馬鹿な。あれ程の数を、こんな短時間でだと!?」

「種明かししてやるよ。必殺の攻撃はもうちょっと狙いを定めて撃つんだな」


 コンパスブラスターの切っ先を向けて、レイはそう言う。

 先程ガミジンが怒りに任せて乱射した黒炎。

 レイとジャックは、目の前に来ていたボーツを盾にして防いでいたのだ。


「お前が数を減らしてくれたから、僕達は素早くボーツを全滅させられたって訳だ」

「ぐぬぬぬぬ」


 歯を食いしばり、身体をもがかせるガミジン。

 だが強力に縛られた鎖から逃れる事はできない。


 レイとフレイアは魔武具まぶんぐ獣魂栞ソウルマークを挿入しようとするが、ジャックはそれを制止した。

 拘束されているガミジンに数歩近づき、ジャックは問う。


「一つ聞かせろ。ベリトは何処にいる」

「ベリトだと? あの下種の行方なんぞ、知りたくもないわ」

「そうか……知らないなら、もうお前に用は無い」


 そう冷たく言い放つと、ジャックは数歩後退して「もういいぞ」とレイ達に告げた。

 レイはそんなジャックの様子に、どこか危うさを感じたが、今優先すべきは目の前で縛られている悪魔を討つ事だ。


「ぐぅぅぅッ! おのれェ、おのれェェェ!!!」

「ガミジン、今度こそ終わらせてやる」


 レイとフレイアは、手にした魔武具に獣魂栞を挿入した。


「「インクチャージ!」


 魔武具の中に、必殺の術式と魔力が流れ込んでいく。

 ガミジンは必死に拘束から逃れようとしているが、その姿に同情する気は毛頭なかった。


 コンパスブラスターには白銀の魔力。

 ペンシルブレードには真っ赤な炎が纏わりつく。


銀牙一閃ぎんがいっせん!」

「バイオレント・プロミネンス!」


 鎖による拘束が解かれたと同時に、二人の必殺技がガミジンに襲い掛かった。

 地獄の業火と形容できる一撃が、体表を焼き払い。

 白銀の魔力がガミジンの体内で爆裂し続ける。


 耳をつんざく轟音と共に、ガミジンは壁を破って、宮殿の外へと投げ出されてしまった。

 言葉にならない悲鳴が徐々にフェードアウトしていく。

 そして最後には、凄まじい爆発音が鳴り響いた。


「……やったのか?」


 轟音が鳴りやむと同時に、レイがそう零す。

 レイ達はガミジンが死んだかどうかを確認する為、宮殿から飛び降りた。


 宮殿の外。

 積み重なった瓦礫からは、炎と煙が立っている。

 パチパチと炎が弾ける音を聞きながら、レイ達はガミジンが落下したであろう場所を探していた。


「流石にあれだけの技を叩きこんだんだ。死んでるだろ」

「そうだと良いんだけどな」


 ジャックとレイがそう言った次の瞬間だった。

 ガラガラと音を立てて、瓦礫の山からガミジンが姿を現した。


「おのれェ……よくも、よくも私を愚弄してくれたなァ!」


 強烈な怨嗟をレイ達に向けるガミジン。

 その姿は悲惨と言う他なく。白い鱗は剝がれ落ちて、筋肉はむき出しになり、所々骨まで露出しているありさまだ。


「嘘でしょ、まだ生きてんの!?」

「許さん……このままただで死ぬ等、私は決して、許さんぞォォォォォォ!!!」


 そう叫ぶとガミジンは、小さな樽を一つ取り出す。

 フルカスから渡された、魔僕呪の原液だ。


「この命を削ってでも、貴様ら全員、殺してくれるゥゥゥ!」


 ガミジンは小樽の栓を抜き、その中身を一気にあおった。

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