Page54:Alive or Dead

 バミューダ近海に浮かぶ不気味かつ巨大なガレオン船こと、幽霊船。

 無数の幽霊を街に解き放っているこの船の船尾から、現在煙が噴き出ていた


「きゅう~」

「確かに、突入とは言いましたけど……」

「アリス、突撃しろとは一言も言ってないぞ」

『でも中に入れたから結果オーライ』


 海に出た直後、幽霊船からの迎撃を浴びそうになったロキ(アリス)は、急加速して船体に体当たりを仕掛けたのだ。

 結果、幽霊船にめり込むような形で突入に成功したレイ達。

 少々荒っぽいやり方に小言を言いながら、レイは(目を回したオリーブを背負って)ロキから下りる。

 全員が下りた事を確認すると、ロキの身体が輝き出し魔装を身に纏ったアリスの姿へと戻った。


「しっかし派手に穴開けちまったな~。こりゃガミジンの奴に見つかるぞ」

「レイ、どの道見つける予定」

「そりゃあそうだけどよ」

「あら、アリスさん身体に血が」


 マリーの指摘で自分の身体を確認するアリス。

 肩や腹部に幾らかの血が付着していた。


「もしかして、さっきの突撃で怪我しちゃいました?」

「違う。これ、アリスの血じゃない」


 身体についた血をアリスは面倒くさそうに拭い取る。

 他の三人もこれと言って出血などはしていないので、オリーブは一先ず安心した。

 ではこの血は何処から来たのだろうか。

 レイが周辺を見回すと、先程ロキが突撃して壊れた船体の断面が目に入った。


「……」


 一見すると何の変哲もない朽ちて壊れた船体の断面。

 だがよくよく注視すると、その断面から赤黒い血が滲みだしていた。


「なんだか気味が悪いですわね」

「……そうだな」


 レイは無言でその断面を見続ける。

 血の持ち主に心当たりはあった。だがそれを口に出すのがどこか怖かった。

 言ってしまえば本当の事になりそうだったから。


「レイ君?」

「なんでもない、先を急ごう」


 そうだ、今はガミジンを探し出す方が先決だ。

 レイ達は幽霊船の中を歩み始めた。


 船の中はあちこちボロボロで腐っており、ぱっと見はただの廃船。

 だが部屋の中等を確認してみれば、腐って溶けた食料や航海日誌が転がっており。かつてこの船に人が居たであろう痕跡が生々しく残されていた。

 腐敗した木材の嫌な臭いと潮の香りが混ざった空気。

 床はギチギチと不安感を煽る音を立ててくる。


「今更ですけど、この船よく沈みませんわね」

「多分ガレオン船はガワだ。全体を浮かべてるのはメインとなる魔導兵器、もしくは……」

「もしくは?」

「キャァァァァァァァ!?」


 突如鳴り響くオリーブの悲鳴。

 レイが何事かと振り返ると、そこには僅かに腐肉が付着した人骨が転がっていた。


「レレレレレレレ、レイ君! 人、人が!?」

「落ち着け。こんな悪趣味な船の中だ、想定内想定内」

「想定内なんですか!?」


 動揺しているオリーブを横切り、レイは白骨化死体に近づく。

 服は着た状態。大きな襟付きの水兵服、恐らく元々この船に乗っていた船乗りの遺体だろう。

 レイが服の中を探ってみると、一つのタグが出て来た。

 所属する船を示したタグだ。軍の紋が入ってないという事は商船だろう。海賊ならそもそもタグをつけない。


「(多分この船が、ルドルフ爺さんの言っていた商船。五年前に海難事故で沈んだっていう……)」


 ならばこの白骨死体はその商船の乗組員。そしてガミジンの被害者。


「本当に、悪趣味な奴だ」


 胸糞悪さを覚えながら、レイはそう吐き捨てる。


 遺体に一礼してから、更に先へと進む一行。

 他の部屋も調べてみるが、どこも似たり寄ったり。

 たまに新しい白骨死体を見つけるくらいだ。

 そして、幽霊船の中を進むと言う事は案の定……


「まぁ、出てくるよな」

「流石にもう動揺しませんわ」

「幽霊慣れ」

「あわわわわ」


 壁の向こうからうじゃうじゃと湧いて出てくる幽霊達。

 魂が欲しいのか両手を伸ばして、こちらに襲い掛かってくる。

 レイ達は各々武器を構えて、幽霊に立ち向かった。


「コンフュージョン・カーテン」

「そーらよ!」

「クーゲル、シュライバー! シュート!」


 アリスが幽霊の動きを止めて、レイとマリーが魔力弾で撃ち落とす。

 攻略法は分かっているので、三人は冷静に対処できた……が。


「ひゃぁ!?」


 オリーブは至近距離から襲ってくる幽霊が怖いのか、小さな悲鳴を上げながら大槌イレイザーパウンドを振り回している。

 魔力インクでコーティングしているので幽霊は倒せているが、平常心を保てているとは言い難い。

 だがレイには、今この場所だから使える秘策があった。


「オリーブ、固有魔法使え!」

「ひゃい!?」

「出力は全開でだ! 思いっきりぶちかましてやれ!」

「わ、分かりました」


 軽く呼吸を整えた後、オリーブは固有魔法の起動を宣言した。


「固有魔法【剛力硬化】起動!」


 瞬間、オリーブの身体から高濃度の魔力波が放出された。

 オリーブと、その契約魔獣『ゴーレム』の固有魔法【剛力硬化】。

 大量の魔力消費と引き換えに、一時的に肉体を極限にまで強化する魔法。

 その瞬間最大火力は王獣であるスレイプニルをもしのぐ程である。

 だが強化するのはあくまで肉体のみで、幽霊退治には直結しない。

 が、レイの目的は固有魔法の発動そのものにあった。


「精密すぎる術式で作られた身体に、高濃度の魔力波。まともに喰らって崩れない筈がない」


 結果はレイの予測通りであった。

 オリーブの身体から放たれた魔力を浴びた幽霊はその身体が崩壊、霧散していく。

 そして一瞬の内に、幽霊の大群は姿を消してしまった。


「やりましたわね、オリーブさん」

「うん――って、キャァァァァァ!?」


 喜ぶのもつかの間。

 オリーブの魔力で幽霊を撃退したは良いが、その余波でレイ達がいる場所の床まで崩壊してしまった。

 勢いよく下に落ちる四人。

 そして着地失敗するレイ、の顔の上に落下したオリーブ。

 ちなみにマリーとアリスは着地に成功した。


「オリーブ、絵面がヤバいから早く退いてくれ」

「ぴゃあ!? ごめんなさい!」


 仮面の下で顔を真っ赤に染めて、オリーブは勢いよく退ける。


「レイ? まさかこうなるのも想定内?」

「いや、完全に足場の脆さを失念していた……というかアリス、圧がすごいんだが」


 仮面越しでも伝わる冷たさと疑いを混ぜた視線が、肌にピリピリと突き刺さる。

 幽霊に魂を持っていかれる前に、この冷たい視線で昇天しそうだった。


「あれ、レイ君起きないんですか?」


 仰向けになったまま起き上がらないレイに心配の声をかけるオリーブ。

 するとレイは何も言わず、自分たちが落ちて来た上を指さした。

 そこは先程まで幽霊の大群が居た場所。

 だが今は無数の光の玉が浮かんでは消えゆくばかりであった。


「あれってたしか……」

「魂の、光」

「全部、元は生きた人間だったんだろうな」


 ガミジンの姦計にかかり、命を落とした無辜の民達。

 魂の光がゆっくりと消えているのは、天に召されたからだと信じたい。

 レイやオリーブはそう思わずにはいられなかった。

 それと同時にレイは、ある事を考えていた。


「……なぁアリス。一つ思った事があるんだ」

「なに?」

「バミューダで暴走していた魔獣だけどさ、あれって全部幽霊が取り憑いてた訳じゃんか。多分だけどさ、その幽霊の元ってバミューダに住んでた人なんじゃないかな」

「どうしてそう思うの?」

「少なくとも単純な呪いの類や、ガミジンの作戦とは思えない。だってアレだけ魂の回収と何も関係なかったからな。それに最初に出会ったアンピプテラ、暴走しているとは言え飛び方を知らないような動きだった。それも元々が人間である幽霊に身体を支配されていたと考えれば納得がいく」

「つまり、幽霊にも自我があった?」

「全部ではないと思うけどな。メアリーみたいなハグレが他にもいたってのはあり得ると思う」

「じゃあなんで街で暴れてたんでしょう?」

「これは、ただの推測なんだけどさ……気づいて欲しかったんじゃないかな」


 レイは何かを訴えるような咆哮を上げていた暴走魔獣を思い出す。


「自分はここだ、自分達はここに居るって、気づいて欲しかったんじゃないか」


 飛び起きる。だが仮面の下の表情は暗い。

 もっと早く本質に気づいていれば、他になにか方法があったのではないか。

 昼間だったのでよく見えなかったが、魔獣に取り憑いていた魂を消してしまったのではないか。

 レイは言い知れぬ罪悪感に押しつぶされていた。


「(幽霊の魂を解放する。でも解放された魂はどうなるんだ。帰るべき肉体が無ければ魂は……)」

「あれ、そういえばマリーちゃんは?」

「さっきから妙に静……」

「どうしてアリス?」


 急に静かになったアリスに釣られて、レイは後ろを向く。

 そこには静かに棒立ちしているマリーと……それ以上に存在感を放っている巨大な心臓が居座っていた。


「なんだ……これ」

「えっと、な、内蔵ですか?」

「形的に多分心臓」

「救護術士、解説サンキュ」


 レイは恐る恐る巨大な心臓に近づいてみる。

 ドクンドクンと鼓動を立てているが、心臓から繋がっている筈の血管は無く、代わりに無数のチューブが繋がっている。

 生きていると言うよりも、無理矢理生かされているという印象。

 更に近づいてみると、レイの鼻腔を魔力インクの臭いがくすぐる。

 間違いない、幽霊と同じ臭いだ。だが何処か覚えのある臭いも混じっている気がする。レイはその臭いに覚えがない。となればスレイプニルの記憶だろうか。


『まさかとは思っていたが、実際に目にしてなお受け入れがたいな』

「スレイプニル?」

『だが眼前にあるその姿こそが真実なのであろう……水鱗王、バハムートよ』


 スレイプニルの言葉に驚愕するマリーとオリーブ。

 眼の前にある心臓はバハムートの物だとは思いもしなかった。

 だが一方で、レイはどこか納得もしていた。


「可能性としては、考えていたけどな……実際目にすると」


 どう言い表していいのか言葉に詰まる。


「あの、レイさん……可能性ってどんな可能性を?」

「バハムートが肉体だけ死んでるって可能性だ」

「肉体だけ?」

「なぁスレイプニル、バハムートが音を出すのって頭で合ってたよな? ちょっと頭まで移動するから、声かけて――」

『その必要はない、人の子よ』


 突如、レイ達の頭の中に何者かの声が聞こえて来た。

 耳に入るといった感じではない、頭の中に音を入れられた感じだった。


『久しいな、戦騎王よ。お前にこのような無様を晒してしまうのが口惜しくてならん』

『やはり貴殿であったか、水鱗王よ』

「え、これどうやって話してんだ?」

『驚かせてすまんな。そなた達の頭に直接音を届けさせてもらっている』

「本当に水鱗王なのですか? わたくしには、とても生きているとは思えない心臓しか見えないのですが」

『それは間違いでもあり、正解でもある。小生の肉体は今、知的生命体としては死んでいるも同然の状態だ』

『水鱗王よ、何があった』


 スレイプニルの質問を受けて、バハムートはポツリポツリと語り始めた。

 五年前バミューダを発った商船と共に、ガミジンの魔導兵器から襲撃を受けた事。

 その兵器との戦いに敗れて、一度は命を落とした事。


『死した小生の肉体は彼奴の兵器の一部となった。より多くの人間を殺す為のな……』

「ある程度は想定してたけど……やっぱりそうだったか」


 ガミジンの研究室で見つけた魔獣の死体の兵器転用に関する論文と設計図。

 ここに来る途中、アリスの身体や壊れた船体についていた血はバハムートのもの。

 状況から幽霊船の材料にバハムートが使われている可能性は考えていたレイだが、いざ眼の前に現実を突き付けられると言い表し難い気持ちに支配されていた。 


「肉体が無ければ魂は定着できない。もしかしてガミジンは、水鱗王の一部を無理矢理生かして、強引に魂を定着させてるんじゃないのか」

『その通りだ人の子よ。今や小生の肉体は兵器の身体に、小生の魂は兵器の動力として利用されているにすぎん。現に今もこの心臓の中にはガミジンに殺された無辜の民達の魂が閉じ込められている』


 バハムートの言葉を聞いて、レイは耳を澄ませてみる。

 すると巨大な心音の中に、微かに人のうめき声が混じっているのが確認できた。


「ひでぇな」

『この牢獄はガミジンによって支配されている。我が魔力を利用して幽霊を創り出し、バミューダの民を殺めている。小生の力で、民をッ!』


 自分自身への憎悪や悔しさを滲ませた声で、バハムートが叫ぶ。

 心優しき水鱗王と歌われるだけあって、その博愛は本物なのだろう。


『死した小生に出来る事は殆ど無かった。だが小生は最後の力を振り絞って一つの懸けに出た。それが――』

「メアリー、アンタの契約者を逃がす事」

『そうだ。我が契約者メアリー・ライスの魂を逃がし、小生の魔力を持って義体を与えた。ガミジンの所業のおかげでこの策が思いついた事は皮肉としか言いようがないがな』

『だがそのおかげで、一時的とはいえ貴殿はガミジンの支配から逃れられた』

『だが小生の力が民を傷つけた。小生にはそれが耐えられん』


 悲しみと涙。それが声だけでも伝わってくる。


「けどメアリーは今……」

『承知している。ガミジンの手に堕ちたのだな。この牢獄からも今までにない量の幽霊が解き放たれた。きっと今頃バミューダの地を蹂躙しているのであろう』

「すいません……俺がもっと強ければ」

『気に病むな人の子よ。彼奴の力は強大、一人では到底太刀打ちできん』


 慰めの言葉をかけられるが、レイの心は自責の念に押しつぶされそうになる。


『戦騎王の契約者よ、頼みがある』

「……」

『小生を破壊してくれ』

「ッ!? 何言って――」

『小生が滅びれば魔力も力を失う。魔力が朽ちれば幽霊も民を襲いはせん』

「けど壊せばアンタが死ぬぞ!」

『とうに肉体は朽ちている。このまま彼奴に弄ばれるくらいなら……』


 死を選んだ方が良い。

 だがレイにはその考えが受け入れ難かった。


『何を迷っている』

「まだ魂はそこに在るんだ。何とか死なせずに救う方法を考えて――」

『レイ、生かす事だけが救う事ではないのだぞ』

「……」

『たとえ生かしたとして、その先にある物が光とは限らんのだよ。特に心優しき知恵者である程にな』

「じゃあどうすれば」

『肉体を救う事ばかり見てはならない。魂を救う事を考えろ』

「魂を……」


 救う事とはいったい何か、改めて考えるレイ。

 今まではすっと、誰かの命を助ける事を重視していた。

 だがいま直面している事柄は、それでは解決できそうにない。

 このまま生き延びても、きっと水鱗王は自責の念に押しつぶされて苦しむ。

 民が赦しても、水鱗王自身が赦さないだろう。


『殺める事に抵抗があるのか』

「……あぁ」

『堪えろ。そして乗り越えろ。それがエドガーの背を追う者が背負うべき責任だ』


 レイが仮面の下で唇を噛んでいると、窓の外から魔獣の鳴き声が聞こえて来た。

 アリスとオリーブが丸窓を開けて、外を確認する。


「キュー」

「キュキュー」


 そこには何匹かの海棲魔獣が切なそうな声を上げて、幽霊船を見ていた。

 その周りには魔獣達がばら蒔いたであろう魔力が浮かんでいる。


『あの者達にも、苦労をかけてしまった……』

「苦労、ですか?」

『この船がいる今の海は、人間には危険過ぎる。あの者達は人間が海に近づかないように警告を発してくれていたのだよ』

「警告って……あの魔力のことか」

『人間という生き物は異常というものを極端に恐れる。何の害が無くとも、ああやって魔力をやたら滅多らにばら撒けば、海に近づこうとはせん。そうすれば小生が海上の人間を襲う事もなくなる』

「そうだったのですか」


 マリーが感嘆の声を上げる一方で、レイは丸窓の方へと歩み寄った。

 窓の向こうを覗く。

 不安そうな声を上げるだけの海棲魔獣もいれば、幽霊船に体当たりを仕掛ける海棲魔獣もいる。まるで水鱗王の身を案じているかの様に。


「そういう事だったんだな」

「あの子達、最初から誰かに迷惑をかけようとしてたんじゃなくて、守ろうとしてたんですね」

「あぁ、街と王を守ろうとしてたんだ」


 魔獣達の意図をようやく理解できた一同。

 レイは目の前で懸命に抵抗の意志を示す彼らに敬意を抱いた。

 恐らく彼らはバハムートが何をしようとしているか理解している。

 その上で、王の魂を汲み取ろうとしているのだ。

 ならば……


「バハムート! ……本当に良いんだな」

『あぁ、構わぬ』


 罪と悲しみは、自分が肩代わりする。

 それが、レイ・クロウリーという少年が進もうとする道にあった答えだった。


「スレイプニル、ちょっと付き合ってくれよ」

『無論だ』


 レイはコンパスブラスターを逆手に持ち、構える。

 獣魂栞ソウルマークを挿入し、せめて一撃で葬ろうとする……しかし。


――ボッ!――


 短い衝撃と共に、足元の床が小さく抉り取られていた。

 この現象は見覚えがある。

 レイ達はソレが飛んできた方へと振り向く。

 そこに居たのはダークドライバーを手に持った歪な蛇の悪魔の姿があった。


「やはり此処に居たか、わっぱ共」

「……ガミジン」

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