Page22:帳に潜む悪意
フレイア達がギルドの面々を説得している頃、レイは第八居住区に戻っていた。
第八居住区に到着するや否や、レイはすぐに住民に事情を説明し避難指示を出した。
最初は半信半疑の住民も少なくなかったが、幸か不幸か最後のバグで発生したであろう変身ボーツが数体現れて、八区の住民は事態を信じざるを得なくなった。
レイが変身ボーツと戦闘している間に、体力のある男性達の誘導で八区の住民達は避難用シェルターに逃げ込んで行った。
「こん、にゃろッ!」
――斬ッ!!!――
一先ず目の前に出現した変身ボーツを倒し切ったレイ。周囲を見渡して人が残っていない事を確認する。住民の避難は終わったようだ。
「……信用残ってて良かったってヤツだな」
レイはその足で避難用シェルターがある場所まで走った。
シェルターは八区内の小さな学校に備えられている。レイが学校に近づくと、校庭には八区の住民達が地下のシェルターにつながる階段を下りている様子が見えた。
「(シェルターには対魔付与が施されているし、幸いボーツの召喚先は地上だから被害は出ないはずだけど……やっぱ少し心配だな)」
とは言え今はシェルターの性能を信じる他ない。
八区の大人達によってスムーズに避難が進んでいる事を確認したレイは、すぐにその場を去った。
住民達が避難した学校から、どんどん距離が離れていくレイ。
ランタンを片手に持ちながら八区の中を突き抜けて、更に森の奥深くへと進んでいく。
「案の定、巡回の操獣者は居ないか……」
元々八区には巡回の操獣者があまり来ないを分かり切っていたので、大して期待はしていなかったが……いざ緊急時に目の当たりにすると静かに苛立ちを覚えずにはいられなかった。
だが今はそれ処ではない。
確認しなければならない事がある。それも至急にだ。
ランタンの明かりを頼りに夜の森を進み続けると、簡素だが整備された道に出た。真っ直ぐに続く道に従って、レイは駆け出す。
住民の避難が済んだのだから、本当なら一緒にシェルターに入るか八区から脱出すれば良いのかも知れない。だがそのような逃げる行為をレイは良しとはしなかった。ならば魔方陣を破壊する為にセイラムシティを駆け巡るのか? それもそうだが、もっと優先すべき事がレイにはあった。
その道中は不気味な程に静かだった。少なくとも変身ボーツが出る気配など微塵も感じない程に。
そして道の先にレイの目的地が見えてくる。たどり着いた場所はデコイインクの採掘場だった。
採掘場に着くと、レイはすぐにランタンの明かりで周囲を照らし出した。
「(できれば収穫無しであって欲しいんんだけどな……)」
八区の住民が点呼を取って全員いる事を、レイは避難所で確認している。
すなわち、八区の範囲内であるこの場所にはもう誰も居ないはずなのだ。
魔方陣の起動者である事件の犯人を除いてだが。
「(犯人捜ししてたとか、後でアリスにバレたら怒られるだろうな)」
そんな下らない事を考えつつ、レイはランタンで人がいないかを確かめる。
犯人の心当たりはあった、だが証拠は何も無い。その人物がよく知っている者だった事もあり、レイは予想が外れる事を僅かながらに願っていた。
どうかこの場所に誰も居ませんように。
だがその願いは儚くも砕け散った。
採掘場のど真ん中。手持ちの小さなランタンの明かりだけで、デコイインクが豊富に見えるその場所に、一つの人影が在った。
レイは一目で解ってしまった。その者が自身のよく知る人物である事を……。
「こんな場所でアンタに会いたくなかったよ……キース先生」
明かりで照らし出された人物。
それはレイの養成学校時代の教師でありチーム:グローリーソードのリーダー。
そしてGODオータシティ支部局長、キース・ド・アナスンであった。
突如明かりで照らされたキースは目に見えて動揺するも、平然を取り繕いながらレイに接する。
「や、やぁレイ君。こんな場所で奇遇だね……何か用事かい?」
「あぁ用事だよ、沢山あるんだ……変身ボーツの召喚魔法陣破壊しなきゃなんないし、余計な被害が出ない様これから出てくるボーツを仕留めなきゃなんないし」
「それはお互い大変だね。召喚魔法陣の詳細は分ったのかい?」
「えぇ分かりましたよ。地下牢で頭冷やしたらすぐに解りました……先生の差し金じゃあないのか?」
若干声を凄ませてレイはキースに問いただす。
だがキースは涼し気な表情で、余裕持って否定した。
「まさか、私じゃないよ。あれは特捜部の暴走なのだろう?」
「……まぁ、今はそれはいいか」
「それでレイ君。君はこんな場所に何をしに来たんだい?」
「少なくとも俺はピクニックじゃ無いですね…………キース先生こそ、何しに来たんですか? デコイインクの採掘場なんか、天下のグローリーソードのリーダーが夜中に来るような場所じゃあ無い筈ですよ?」
「そ、それは……」
「そうだなぁ~、今キース先生が来るような用事と言えば……資料も何も持たずにやる間抜けな抜き打ち視察とか、殊勝にも一人で自主鍛錬か…………自分がセイラムに張った魔法陣を起動させる為に来たかだな」
鋭い目つきと責める様な口調で、レイはキースに問いただす。
「何を言っているんだ、私が事件の犯人だとでも言うのかい?」
「根拠があるんだよ」
「……聞かせて貰えるかな?」
「まず一つ目、犯人はボーツ召喚の術式とデコイモーフィングシステムの術式をよく知る者だ。世界中に公表済みのデコイモーフィングはともかく、特にボーツ召喚の術式は詳細が公表されなかったから、この時点で知る者は限られてくる」
「だけど君が作った召喚術式は、当時セイラムで術式構築について研究する者たちの間で広く知れ渡ったじゃないか。それじゃあ私以外にも容疑者が――」
「そこで二つ目。今回セイラムでに張られた術式は二つの術式を単純に重ねた物ではなく、完全に一体化した新しい術式だった。相当に複雑な術式を二つ融合させるなんて芸当、セイラムシティで出来る奴は俺含めても殆どいない」
「セイラムシティの者の犯行と言いたい様だけど、外部の可能性もあるんじゃないか?」
自身に掛かっている容疑を晴らす為に、キースは外部の人間による犯行の可能性を突いてくる。確かに一見すると、ここまでの内容ではセイラムシティの者による犯行とは断言し難い。
しかしレイには断言できる根拠があった。
「それは無いです。だって俺、計画がお蔵入りしてすぐにボーツの召喚術式破棄しましたもん。術式も当時書いた紙一枚しか存在しないし、それ以降一度も外部に漏らしてないのはギルド本部に問い合わせれば簡単に分かりますよ」
「では魔法陣の展開方法はどうなんだい? これ程大規模な魔法陣を気づかれずに描くなんて、私には――」
「キース先生ならできますよね? ドリアードの固有魔法【植物操作】で」
レイに指摘され、キースの顔が若干険しくなる。
キースの契約魔獣ドリアード。その固有魔法が植物を自在に操るモノである事をレイは知っていたのだ。
「確かに私達の固有魔法は植物を操る事が出来る。当然それを応用すれば小規模な魔法陣も描く事ができる……だが街一つを覆う程の魔法陣を描くには植物は短すぎる」
「普通ならそうですね。けど永遠草の根ならどうですか?」
「…………なる程、無限に根を伸ばせる植物か。けどレイ君その推理にも穴があるよ。仮に永遠草の根を使って地下に魔法陣を描こうとしても、私はセイラムシティに戻って一週間程度しか経っていない。そんな短時間では街を覆う程まで根を伸ばす事なんて出来ないし、そもそも魔力が足りない」
キースの言う通りだった。確かに普通の操獣者が植物操作魔法を使って、セイラムシティに魔法陣を描こうとすれば相当な時間がかかる上に、その魔法陣の形状を維持する為に個人のキャパシティを超えた魔力を使ってしまう。
その事実を認識しても、レイの考えが揺らぐことは無かった、
「……一つずつ問題を解決しましょう。まず時間について、これはセイラムシティに居ない間に描けば問題ありません。しかもキース先生だから可能な方法があります」
「私だから?」
「そうです。オータシティ支部局長の先生だからできる方法です」
レイが思い浮かべた方法、それは言葉にすれば単純だが壮大な手法だった。
「セイラムシティで流通している永遠草は全て、元々はオータシティから種の状態で輸入された物です。ちょうど先生が支部局に異動した三年前からな」
「そうだね、それがなにか?」
「魔武具に仕込む術式と同じ原理だ。仕込めるだろ? ドリアードのインクを使えば、植物の種に術式を仕込んで遠隔操作するなんざ朝飯前だろ?」
「可能、だね……けど魔法陣が永遠草で描かれている確証は――」
「地下牢で見たんですよ、根っ子が魔法文字の形した永遠草をな。しかもこれだけ複雑な術式、複数人で示し合わせて綺麗に描くなんざ不可能だ。となると先生の単独犯としか考えられない」
キースの顔から僅かに余裕が崩れる。だが決して抵抗を諦めた訳では無かった。
「確かに今回の事件は、植物操作魔法を使った者による単独犯かもしれない。それは認めよう……だが魔力はどうなる? 街一つを覆う程の魔法陣だよ? そんな巨大な術式を維持するだけの膨大な魔力を、私個人が持っていると思うのかい?」
来た。決定的な問いかけだ。
個人が保有する魔力量、レイが待ち望んでいた指摘が来たのだ。
「無いですね。そもそも魔獣であっても個人であっても、そこまで多くの魔力を持つ奴はそうそう居ません。ましてやドリアードのランクはそこまで高くないから、必然的に魔力も多くない」
「なら私は犯人ではないね」
「いえ、先生の容疑はまだ晴れていません」
「どういう事だい?」
長々と疑惑の目で見られ続けて、そろそろ不愉快になり始めたキースがレイを睨む。
だがここまでレイの想定内。レイは腰にかけたコンパスブラスターを何時でも抜刀出来る様にしつつ、次の言葉を続けた。
「今から先生に、無実を証明して欲しいんですよ」
「証明?」
「えぇ、とっても簡単な動作をして欲しいんですよ。本当にどうという事は無い、誰でもできる簡単な事です」
そう言うとレイは右手の甲を左手の指でコンコンと軽く叩いた。
「手袋……外して下さい。今この場でね」
手袋を外す様に指示するレイ。だがキースの手が動く様子は見えない。
それどころかキースの顔には汗が滲み、見る見るうちに青ざめていった。
「どうしんですか? 手袋を外すだけでいいんですよ。何か難しい事でも?」
「い、いやぁ……それは」
「それとも外せない事情でもあるんですか?」
例えば…………。
「魔僕呪の副作用で老化した手を見られるのはマズいですか?」
キースの顔から完全に余裕が消え去った。
全身を震わせて視線を地面に落としこんでいる。
「確かに普通の個人じゃあ魔力の量なんてたかが知れてる。けど強力な魔力活性剤でもある魔僕呪を使ったのなら話は別だ」
「何故……私が、魔僕呪を使ったと……」
「この前魔僕呪の
そう、辻褄が合い過ぎたのだ。
ボーツの発生自体は以前からあったが、あの船乗りの男を捕まえた直後から一気に自体は悪化した。
「あの男に会った時、男は誰かに捨てられたってぼやいていた。魔法で根を遠隔操作すると言っても細かい調節は難しい。さしずめ、魔僕呪を報酬にして商船の男に種をばら蒔かせていたんだろ?」
「…………」
「そして下準備が整ったから男との契約を切った。魔僕呪は特殊な闇ルートでしか入手できない。普通の船乗りでは一生辿り着かないような特殊なルートでしかな……」
キースは俯いたまま、何も反論をしてこない。
図星を突かれて放心状態なのだろうか。
「さ、手袋外して下さい。ボーツ召喚事件の犯人でなくても禁制薬物を使用してるなら、俺はアンタをとっ捕まえなくちゃならねー」
気味の悪い静寂が、夜の採掘場を包み込む。
レイの言葉に何も言い返そうとせず、キースはただ俯くばかり。
いっそ無理矢理手袋を外して確認しようかとレイが考えた次の瞬間。
「フ、フフフフフフ」
突如キースは不気味な笑い声を上げ始めた。
「ハーッハハハハハハハハハハハ!!! 手袋の下が見たいんだって? なら好きなだけ見せてあげるよ!」
開き直りなど生易しく感じる程のキースの豹変。
最早発狂していると捉えても齟齬はなさそうな笑い声を上げながら、キースは着けていた白い手袋を外して見せた。
外した手袋の下から出て来たのは、異様に皺くちゃになったキースの手であった。
「……老化現象、やっぱり服用してたのかッ!」
「最初は魔法陣を維持する為に仕方なくだったんだけど、これがまた癖になる薬でね……バカな若者に一口飲ませたら簡単に言う事聞くようになったよ」
「てめえ」
「彼は素晴らしい労働力だったよ。余った魔僕呪をエサにするだけでワンワン尻尾を振って来たんだからね。まぁ準備が終わったのと報酬の増加を要求したから捨てたんだけど」
全く悪びれる事無く自身の犯行である事を認めるキースに、レイは強い怒りを覚えた。
「しっかし、やはりと言うか何と言うか……レイ君にはバレてたんだね。最初にボーツを変身させた時に君とフレイアさんが来たから、まさかとは思ったんだけど」
「なんでこんな事をしたッ!」
「簡単な事さ、実績を作る為だよ」
「……作るって、まさか」
「何者かがセイラムに仕掛けたテロをチーム:グローリーソードと、それを率いるこの私キース・ド・アナスンが見事に解決する……英雄譚に新しい一ページが刻まれるのだよ!」
自画自賛と形容するに相応しい態度で、キースは己が思惑を語る。
魔僕呪の服用とセイラムでの流通も、永遠草を使った街中でのボーツ召喚も全て彼の壮大な自作自演の為だったのだ。
「外道がッ! その下らない我欲でどれだけ街の人が傷ついたと思ってんだ!」
「被害が無ければ救いもできないだろう? 三年前は失敗したけど、今度は華々しく勝利を演出して魅せるさ」
あまりにも身勝手な主張をするキース。だがレイの耳にはその一部だけが、強く引っかかっていた。
「三年前って……まさかあのボーツ大量発生事件も!?」
「あぁ私がやった事だね。流石はレイ君、お父さん譲りの勘の良さだ」
忘れもしない、父親が目の前で殺される事となった事件。
レイの脳裏に当時の様子が鮮明に浮かび上がる。
今自分の目の前にいる男は、あの事件の元凶だと自白した。
レイは無意識に血が滲むほど強く、拳を握り締めた。
「まさかあの事件も、演出の為に起こしたってんじゃねーよな?」
「そのつもりだったんだけどね、残念ながらエドガーにバレてしまったよ。いやぁ懐かしいな~、あの時も八区で問い詰められたんだっけ。本当に君たちは似た者親子だね」
「八区で? …………どういう事だ?」
「フードとマントをつけて隠してたと言うのに、エドガーは勘が良すぎるんだ…………本当に、何でもかんでも持ち合わせて……何時までたっても席を譲ってくれない、目障りな男だったよ」
キースは顔を醜く歪めて、笑い声交じりに当時を思い出す。
そしてレイも思い出す。父親が殺された瞬間と、殺した操獣者がフードとマントで正体を隠していた事を……。
レイの心が警報を鳴り響かせる。コイツを逃がすな、コイツは何かを知っていると本能に呼びかけてきた。
「お前、父さんに何をした?」
「ん、気づいてなかったのかい? なんだ、てっきり私はとうの昔に知っていると思っていたよ」
「答えろッ!!!」
声を張り上げて問い詰めるレイ。
するとキースは口の端を釣り上げて、心底嬉しそうな笑みと共にこう答えた。
「君のお父さんは私に素晴らしい事を教えてくれた。目の上のたん瘤を始末するのは、至上の快感を伴う近道だとね」
「……もういい」
「エドガー・クロウリーは平民の分際で出しゃばり過ぎたのだよ。だから私が直々に愚か者に裁きを――」
「もういいッ! ……もう喋るな、キース・ド・アナスン」
確定した。犯人が直々に自白をしてくれた。
レイはグリモリーダーと鈍色の栞を取り出し構える。
「ド・アナスン、確かどこぞの子爵家だったな。貴族様のお高いプライドってヤツか? そんな下らない理由でッ! お前は父さんを殺して、街を泣かせた!!!」
最早目の前の男を許しておく理由など無かった。
「
激情に身をまかせて、レイは変身する。
レイは腰からコンパスブラスターを抜刀し、その切っ先をキースに向けた。
だが当のキースは臆する事なく、涼し気な様子でレイを挑発する。
「そんなトラッシュの玩具で、私に復讐するつもりかね?」
「うるせぇ! お前だけは絶対に許さねぇ!」
頭に昇った血は止まる所を知らず、その熱量を上げ続けていた。
そして叫び終えると、レイはコンパスブラスターを手にキースに突撃していった。
「キィィィィィィィィィィィィィィィスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」
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