Page23:闇夜の攻防

「キィィィィィィィィィィィィィィィスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」

「Code:ウッドブラウン解放、クロス・モーフィング」


 猛獣の如き咆哮を上げながら、レイはコンパスブラスター(剣撃形態)をキースに振り下ろす。

 だがキースは一切臆することなく変身し、ウッドブラウンの魔装にその身を包む。そして…………。


――キィィン!!!――


「な!?」

「ボッツ♪ ボッツ♪」


 突如現れた変身ボーツによって、レイの攻撃は防がれてしまった。

 デコイモーフィングで強化されたボーツが腕を払う。レイはその勢いで一メートル程後ろへと吹き飛ばされてしまった。


「忘れてませんか? 此処はデコイインクの採掘場。ボーツを呼び出す為のリソースならいくらでもあるんですよ」

「チッ!」


 ボーツ召喚の為に放ったのだろう、キースの足元でインクが光っている。

 頭に血が昇って完全に失念していた。

 キースの言う通り此処にはデコイインクが山程あるので、ボーツの召喚も偽魔装を作り出す事も幾らだって出来るのだ。


「一体くらいならどうにでもなる!」


 レイはグリモリーダーから栞を取り出し、コンパスブラスターに挿入する。


「インクチャージ!」


 コンパスブラスターの刀身にデコイインクが流れ込む。

 付与する魔法術式は当然デコイモーフィングの破壊術式だ。


 変身ボーツは剣の如く鋭利な形状に変化した腕を構えて、レイに追撃をするべく突撃してくる。

 まだまだ頭に余計な血が残っているレイだが、目標を目の前のボーツに定めてコンパスブラスターを構える。


「どらァ!」

「ボッ!?」


――斬!――

 駆け出し、すれ違いざまに一閃。

 変身ボーツの身体は溶けかけたバターの様に、容易く両断されてしまった。

 デコイモーフィングで硬質化していたボーツの身体も専用の術式で破壊されてしまえば、その下は通常と変わらない脆いモノである。


「種が分かってりゃ、どうとでもなるんだよ!」

「フフ、ならこれはどうですか?」


 間髪入れずに新しい変身ボーツを一体召喚するキース。

 一体だけならさっきと変わらない。

 レイは迷わず変身ボーツに攻撃を仕掛ける……だが


「ボ~ツ♪」

「なっ!?」


 間一髪の所で攻撃を回避されてしまった。

 偶然だろうか? いや今は関係ない。レイは間を与える事無く攻撃を仕掛ける。

 しかしボーツは追加の攻撃さえも、悉くいなして来た。


 本来ならありえない事だった。

 自我を持っていると言えどボーツの知能は高くない。少なくともこれだけの攻撃を上手く回避し続ける程の知能は持ち合わせていない筈だ。

 それどころか、目の前のボーツは的確に隙を突く攻撃を仕掛けてくる。


「クソッ!」

「見た目こそ人型ですがボーツも植物の一種です。私の契約魔獣ドリアードの固有魔法【植物操作】を使えば、短距離内なら自在に操れるのですよ」


 操作用の術を発動しているからか、キースの手はインク塗れになっていた。

 そしてキースが命じた次の瞬間、ボーツは再びレイに攻撃を仕掛けて来た。


「ボーツッ! ボーツ!」


 両腕を長剣の様な形に変化させて攻撃を仕掛けるボーツ。その太刀筋には従来までの知性の低さは微塵も垣間見えなかった。

 近接戦では分が悪い、ならばとレイはボーツから少し距離を取った。


形態変化モードチェンジ銃撃形態ガンモード!」


 コンパスブラスターを銃撃形態に変形させたレイは、偽魔装の破壊術式を刀身から弾倉に移動させる。

 その隙を逃さんと言わんばかりにボーツが襲い掛かってくるが、レイはコンパスブラスターの銃口をボーツの頭部に向けて引き金を引いた。


――弾ッ!!!――


 ボーツの短い悲鳴が聞こえて来る。

 破壊術式を含ませた魔力弾はボーツの頭部装甲を貫通し内部で炸裂、その頭部を破壊しつくした。


「どんだけ増えても一体ずつなら簡単に倒せんだよ!」

「……なる程。ではこういうのはどうかな?」


 そう言うとキースは手と足元のインクを更に増やした。

 ウッドブラウンのインクが光を放つと同時に、十数体の変身ボーツが一斉に召喚された。


「有効距離内なら何体でも操作できるのだよ。やれ!!!」

「「「ボォォォォツ!!!」」」


 キースによって統率された変身ボーツ達は一斉にレイに襲い掛かる。

 長剣、槍、斧、鎌……様々な形態に変化させた腕で攻撃を仕掛けてくる。

 近距離かつ多数相手なので、レイは急いでコンパスブラスターを剣撃形態にしようとするが……


「ボォォォツ!」

「ッッッ!!!」


 隙は与えんと言わんばかりに、ボーツの攻撃がレイの腹部に突き刺さる。

 熱をも感じる程の激痛が襲い掛かってくるが、レイは歯を食いしばってコンパスブラスターを変形させた。


「インクチャージ!!!」


 痛みに耐えつつ、頭の中で術式を高速構築する。

 完成した術式と偽魔装の破壊術式を同時にコンパスブラスターの刀身に流し込むと、コンパスブラスターから巨大な魔力の刃が現れた。


「偽典一閃!!!」


――斬ァァァァァン!!!――

 近接攻撃の為にレイに接近していたのが仇になった。

 変身ボーツ達はレイが振るった魔力刃によって偽魔装を破壊され、その下の身体を攻撃エネルギーによってズタズタにされた。


 物言わぬ塊と化したボーツの破片がボトボトと地面に落ちていく。

 レイは構わず仮面越しにキースを睨みつけるが、キースは一切余裕を崩していなかった。


「言ったはずですよ、リソースは幾らでもあると」


 キースのインクが再び光を放つと、更に十数体の変身ボーツが召喚された。


「既に魔法陣は完成しています。ボーツの十体や二十体簡単に召喚できるのですよ」


 そう言うとキースは手を大きく振り、変身ボーツ達に攻撃命令を下した。

 不味い、このままではキースに攻撃するどころかジリ貧になって倒されるのがオチだ。そう考えたレイは咄嗟に変身ボーツ達に背を向けて、森の中へと駆け出した。


「逃がす訳がないでしょう……追いなさい!」


 キースの命令でレイを追う変身ボーツ達。

 だがレイも考え無しに逃げた訳では無かった。


「(植物操作で操られたボーツは確かに恐ろしい。だけどあそこまで精密な動作を要求する魔法なら有効範囲は短い筈だ!)」


 足元の蔦や雑草を物ともせず、森の中を走りながら考えるレイ。

 そう、レイの狙いはキースの植物操作魔法の有効範囲外に移動する事だった。

 ボーツの知能は高くない。有効範囲外まで逃げてから銃撃形態にしたコンパスブラスターで狙い撃てば、少しはキースに接近する隙が出来る筈だ。

 そう考えたレイは森の中を複雑怪奇な道筋で走り続けた。


「ボーツ!!!」

「クソッ、もう追いついて来たのかよ!」


 変身ボーツの予想外の足の速さに悪態をつきながら、レイはコンパスブラスターを銃撃形態に変形させる。

 一度足を止めて振り向き、レイは襲い掛かる数体のボーツ全員に照準を定める。


「術式構築完了、全員吹っ飛べ!」


 引き金を引くと、コンパスブラスターの銃口から複数の魔力弾が変則的な軌道を描いて、変身ボーツ達の頭に直撃した。

 レイはこの数瞬の間に変化球の術式を魔力弾に込めておいたのだ。


 だがこれだけで自体は好転しない。

 更に後から十体程の変身ボーツがレイに向かって迫って来た。


「勘弁してくれよな、手持ちのインクも有限なんだよ!」


 今からこの数の狙いを定めるのは難しい。レイはコンパスブラスターを剣撃形態にして近接戦闘に入る事にした。

 栞を素早くコンパスブラスターに挿入すると、先陣を切った一体がレイに飛び掛かって来た。


「ボーツ!!!」

「どらァァァ!!!」


――斬ッッッ!!!――

 鎌状の腕を振るおうとしたボーツ。だがその鎌が到達するよりも早く、レイの一撃がボーツの身体を縦一閃に切り裂いた。

 だが変身ボーツ達の追撃は止まる所を知らない。

 次々と放たれるボーツの攻撃。レイはそれらをいなしつつ反撃するが、多勢に無勢やはり何発かは受けてしまう。


「クッソがァァァァァ!!! 偽典一閃!!!」


 本日二発目の必殺技で周囲の変身ボーツを一掃するレイ。

 ただでさえダメージを受けている身体が、技の反動で更に痛めつけられる。

 だがここで止まる訳にはいかない。


 レイは身体の痛みを堪えて変身ボーツを迎え撃つ。

 しかしどれだけ切り伏せても、ボーツは次から次へと湧いて出てくる。


「おいおい、キリが無いってレベルじゃねーぞ」


 ぼやきながらもレイは応戦し、そしてボーツ達を観察する。

 レイは、よくよく見ればボーツ達の動きが統制の無いものに変わっている事に気づいた。


「(先生の位置が離れたのか? ……それとも何かの作戦か)」


 何が起きるか分らない状況。レイは警戒することなくコンパスブラスターで戦い続ける。

 第一波、第二波、第三波……森の中を少しずつ移動しながらもレイは次々と現れる変身ボーツを切り伏せ、撃ち抜いていく。

 ボーツの数は確実に減っているが、レイ自身は襲い掛かるボーツの大群の流れに乗せられて徐々に場所を変えていってしまう。


 そうこうしている内にレイは森を抜けて開けた場所に出て来た。

 足元の障害物が無くなった事でそれに気づいたレイ。

 辺りを素早く確認して、レイは自分がキースに乗せられた事を悟ってしまった。


「不味い、ここ居住区じゃねーか!」


 仮面の下でレイの顔が蒼白に染まる。

 最初からこれが狙いだったのだろう。居住区内で戦闘を行えばレイの性格上周囲に被害がいかない様に振る舞って、ボーツに対する集中力が削がれる。

 恐らくキースはその隙を突いてレイを始末するつもりだったようだ。


「「「ボッツ、ボッツ、ボッツ、ボッツ」」」


 目算おおよそ二十体と少し。変身ボーツが群れを成して居住区に入り込んでくる。

 レイはすかさず辺りを見回し、人が居ない事を確認する。


「一日三発とか、どうなるか俺でも分かんねーけど」


 レイはコンパスブラスター(剣撃形態)に栞を挿入し、術式を構築していく。

 元々反動の大きい技だが、このダメージこの短時間で連発すればただで済まない事は重々理解していた。

 だがここで引くという考えは、レイの中で微塵も出ては来なかった。


 レイという目標を見つけて向かって来る変身ボーツ達。

 巨大な魔力刃を纏ったコンパスブラスターを構えて、レイもまた変身ボーツ達に向かって駆け出した。


「「「ボォォォォォォォォォォォォォツ!!!」」」

「偽典一閃!!!」


――斬ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!――

 勢いよく振られた魔力刃が、変身ボーツ達の装甲を破り中の身体を破壊しつくす。

 技の衝撃で周辺の建物が音を立ててヒビを走らせたが、レイは「後で事情を話して謝ろう」とぼんやり考えていた。


 大量の変身ボーツは身体を破壊され、ボトボトと崩れ落ちていく。

 後から続くボーツの気配はない。これで一段落だろうか……レイは極限まで警戒しつつ周囲の気配を確かめる。


「っつ! ……反動は、ギリギリセーフかな?」


 身体が酷く痛むが、まだ辛うじて耐えられる。レイは日ごろ肉体を鍛えてきた自分自身に感謝するのだった。


「流石はレイ君。エドガーの息子なだけはあるよ」


 乾いた拍手の音と共に、森の中から人影が現れる。

 キースであった。悠々と歩みを進めてキースはレイに近づく。

 その周りに変身ボーツの気配はない。完全に一人だ。


「……ボーツを連れて来なくてよかったんですか?」

「必要ない。君は大事な教え子だからね、私自身の手で始末させてもらうよ」


 そう言うとキースの身体がインクの光に包まれ始める。

 彼がこの場所で戦闘を始める気だと察したレイは、内心非常に焦っていた。


「居住区のど真ん中で戦闘とか、冗談じゃねーぞ」

「構わないよ。どうせ最後には滅びる場所だ」

「どういう事だ」

「簡単な事さ、英雄を信仰しない民など必要ない」


 当然だといった態度で堂々と言ってのけるキースを前に、レイは血の気が引いた。

 確かに八区の住民はエドガー・クロウリーへの愛着が今でも強い者が多い。エドガーの死後に台頭した勢力を知っても思わず比較してしまう者が多いのも事実だ。

 特にグローリーソードに対しては(彼らの普段の行いもあるいが)良い印象を持ち合わせている者が少ない。


「それにねレイ君、この巨大魔法陣を維持するのも結構大変なんだよ。採掘場のデコイインクを循環させても細かい場所へは渡りにくいんだ……だから、代わりになるエネルギーが欲しいんだよ」

「…………まさか」


 レイはすぐに勘づいてしまった。デコイインクに代わるエネルギー、獣魂栞から生成されるソウルインクを除けば、この場所で獲得できるモノは一つしかない。


「流石優等生、もう答えに辿り着いたようですね。先生は嬉しいです」

「アンタ、八区の人達ので補う気か!?」

「そのとーり! 汚らしい貧民の血を私の素晴らしい計画の為に役立てようと言うのです。これほど名誉な事が彼らにありますか?」

「ふざけんな! 人の命を何だと思ってやがる!」

「駒、ですね。私の為の」


 止める。この外道は今ここで止めなきゃ駄目だ。

 レイがそう考えてコンパスブラスターを強く握りしめると、背後の民家からゴトッと物音が聞こえた。


 レイは咄嗟に音の方に振り向く。

 そこには木製の人形を大事そうに抱えた、一人の幼い少年がいた。

 幼心ながらに目の前に広がる異様な雰囲気を察したのだろう、少年は今にも泣きそうな表情で震えていた。


「おいおい! 全員避難したんじゃなかったのかよ!」

「え、あの……忘れ物、取りに……」


 どうやら少年は忘れ物を取りにシェルターから出て来たようだ。

 レイは言葉に出さず悪態をついてしまう。

 一先ずこの子をどうにかして避難所まで逃がさなくては……レイがそう考えた次の瞬間、キースの魔力によって形成された木の杭が少年目掛けて射出された。


「不味い!!!」


 レイは本能的に魔力を足に流し込み脚力を強化する。

 強化したその脚力を用いて、レイは少年を抱きかかえる様に飛び込んだ。


 ヒュン! ガスッ!

 風を切る音と、杭が民家の壁に突き刺さる音が近くから聞こえて来る。

 レイはすぐに少年の安否を確認した。幸い杭が着弾するより早く、レイが少年を庇えたおかげで両者とも大した怪我は無かった。

 急激に頭に血が昇ったレイは振り向き、キースを睨みつけて怒声を上げた。


「馬ッ鹿野郎ォ!!! 子供を狙うやつがあるか!!!」

「どうせ結果は同じです。少年、最初の生贄になれることを誇って良いですよ」


 再びキースの手に魔力が集まり始める。向けた掌の前に木の杭が生成され、レイ達目掛けて射出された。

 今から回避するには距離が短かすぎる。レイはコンパスブラスターを握ってタイミングを見計らい、迫り来る木の杭を切り払った。

 だが休まずキースの追撃が来る。


 このまま戦闘に入りたい気持ちはあるが、今優先すべきは後ろで震えている少年を逃がす事だ。


「おい、その玩具大事な物か?」

「う、うん」

「だったら落とさない様にしっかり持ってろよ!」


 そう言うとレイはコンパスブラスターから魔力刃を作り出し、キース目掛けて解き放った。キースは攻撃を中断し回避行動に移る、それがレイの狙いだ。

 レイは少年を抱きかかえて、足早にその場を逃げ出した。


「逃がしませんよ!」


 背後からキースの攻撃が飛来してくる。

 レイは魔力で強化した脚力を活かし、それらを回避しつつ森の中へと逃げ込んだ。


「悪りぃ、ちょっと遠回りするぞ」


 本来なら居住区から避難所の学校までそれ程離れていないのですぐに着くのだが、今最短ルートで避難所に行けばキースは間違いなく避難した住民を巻き添えにする様な戦闘をする。

 それだけは何が何でも避けなくてはならなかったので、レイは森の中で一度キースを巻く事にしたのだ。


 足場の悪い森の中をクネクネと複雑な経路で走るレイ。

 背後から追ってくるキースの攻撃が近くの木に当たり、木片が当たるが気にしている場合ではない。


「(クッソ、足のダメージが響き始めた……)」


 僅かに速度が落ちそうになるが、火事場の力でレイは持ちこたえる。

 だがその状況に追い打ちをかける様に、眼の前から変身ボーツが襲い掛かってきた。


「邪魔だァァァァァ!!!」


 片手でコンパスブラスターを振るい、ボーツを両断するレイ。

 背後から木の杭は飛んでこなくなった。巻けたのだろうか、一瞬レイがそう考えた次の瞬間、近くに生えていた木が突然燃え上がったのだ。


「今度はなんだ!?」


 突然の事にレイは一度足を止めてしまう。その隙を突くように、レイ達に向かって大量の火の玉が飛来して来た。


「ウォォォ!?」


 咄嗟に火の玉から身をかわすレイ。だが地面に落ちた火の玉は周囲の枯葉や木に引火し、辺り一面を火の海に変えてしまった。


 燃え盛る炎の向こう側からキースが姿を現す。その手には一輪の白い花が握られていた。


「驚いたかね? これはゴジアオイという花でね、世にも珍しい自然発火する花なんだ……尤も、今攻撃に使ったのは私が魔法で発火の威力を増幅させた物だけどね」

「てめぇ……自分の欲の為にここまでやるのか!?」

「先程も言ったはずですよ、結果は変わらないと。違いがあるとすれば君たちの死が早いか遅いかだけです」


 完全に狂っている。この男は邪魔者を排除する為ならば人の命だろうが、街一つだろうが平気で殺すことが出来る邪悪を孕んでいる。


「さぁ、追いかけっこはここまでです。あの世でエドガーによろしくと伝えて下さい」


 キースの掌に魔力が集まり始める。

 火の海に囲まれたこの状況では逃げようにも逃げれない。いや、強引に炎の中を突き抜ける事で逃げれるだろうが、それでは今起きている火災をどうにかできない。

 この火災を放置すればどの道森と八区が火の海に包まれて詰みになってしまう。

 そもそもレイ自身は偽魔装を着ているので炎の中を突っ切れるが、腕の中で恐怖に震えているこの少年は生身だ。炎の中を通って無事では済まない。


「…………おい、俺が合図するまで息止められるか?」


 腕の中で震えていた少年は無言で頷く。

 ピンチになりすぎて逆に頭が冷えて来た。

 レイはコンパスブラスターを銃撃形態に変形させ、冷静に頭の中で必要な術式を組み立てていく。


「(かなり分の悪い賭けだけど、全部守るにはこれしか無い!)」


 レイが今持っている栞は残り15枚。その内10枚を握りしめてレイは術式を流し込んだ。


 キースの掌の前に木の杭が生成され始める。

 今だ!


「オラッ!」


 レイは10枚の栞を勢いよく上空に投げ、それに向かってコンパスブラスターの銃口を向けた。


「目を閉じて息を止めろ!!!」


 声を張り上げてレイは少年に指示をする。

 少年が息を止めるのと同時にレイは上空に投げた栞に向かって、引き金を引いた。


――弾ッ!!!――


 魔力弾が1枚の栞に着弾すると、大きな音を立てて爆炎をまき散らし始めた。

 爆炎に巻き込まれた栞が更に次の爆炎を生み出す。連鎖現象によって生み出された巨大な炎は、上空から地上に向けて周囲をドーム状に包み込んだ。


「一体、なにを!?」


 突然の出来事に呆気にとられるキース。

 上空から降り注ぐ炎の一部がドーム内部に零れだし、キースに襲い掛かる。

 止む無くキースはその炎に対する防御態勢を取らざるをえなくなった。


 キースの周囲が炎で包まれ視界が遮られてしまう。

 動くに動けないキース。だが炎達は何の前触れもなく、突然その姿を消してしまった。


 視界を遮るものが無くなる。

 レイが放った炎が消えると、ゴジアオイの炎で燃やされた森は完全に鎮火されていた。


「……なるほど。操作できる魔法の炎でこの辺り一帯を包み込む事で、炎の中の酸素を消費し森を鎮火したのですか。やれやれ、我が生徒ながら大胆な事を考える」


 周囲を見渡しながらキースは呟く。

 レイ達を探すものの、周りにあるのは焼け焦げた木と草の臭いだけ。人の影は一つも無かった。

 それを確認したキースは「ふぅ」とため息を一つついた。


「癪ですが……逃げられてしまいましたね」


 苛ついた声でキースはそう吐き捨てるのだった。

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