Page19:暗闇の中で

 最初の変身ボーツが発生して以来、レイは事務所に籠りっきりになっていた。

 事務所の扉には『CLOSE』の札を下げて、何も言わず黙々とデスクに向かい続けている。デスクに広げているのは当然、魔法陣を書き込んだセイラムシティの地図だ。

 ただひたすらに術式を考えては書き込んでいく。だがそれは事件を解決するためでは無く、他の事を考えない様にする為のものでもあった。

 自分は孤独であるべきだと再認識したは良いが、レイの心はキリキリと痛みが走り続ける。痛みで傷ついた痕には虚無感が生まれ、レイの気を深く落としこんでいた。


 とにかく何かに集中していたかった。とにかく痛みを忘れたかった。

 レイは逃げる様に、一心不乱に地図へ術式を書き込み続ける。


 ボーツの召喚術式とデコイモーフィングシステムの術式、この二つの術式を掛け合わせたものが今回街に張り巡らされた術式だ。

 最初は二つの術式を単純に重ねて発動したのかと考えたレイだが、それでは今までのエラーが説明できないので、二つの術式は完全に一つの術式として融合している事は解った。

 だが肝心の術式の展開方法が全く見当つかない状態である。

 ボーツの召喚術式は以前フレイア達に説明した通り非常に壊れやすい。更にそこへデコイモーフィングをボーツにかける様に術式を張るとなれば、壊れ易さ云々以前に大規模術式になりすぎて隠す事が困難になる。いや、最早不可能と言っても良いかもしれない。


 事務所の中にレイのため息が響き渡る。

 少なくともボーツが変身するなど自然ではあり得ないので、今回の事件は人為的なものだと言う事は確定だ。だが結局方法も犯人も分らず、行き詰ってしまうのであった。


「(犯人か…………)」


 不意にレイは三年前の事件を思い出す。

 目の前で父親は殺されたあの瞬間が浮かび上がる。周辺が火災によって明るくなってはいたが、当の犯人はフード付きのローブで顔と身を隠していたので、レイには正体が分からなかった。

 操獣者だという事だけは分かっていたので、必死に犯人を捜し続けたが…………結局帰って来たのは、無情な捜査打ち切りの知らせだけだった。


 三年前の事件でもこうしてボーツが大量発生していた。レイは心のどこかで、三年前の事件と今回の事件は同一人物による犯行だと考えていた。

 さらに付け加えれば、レイは三年前の事件の犯人に心当たりがあった。


「(結局推測だけで、何も証拠なんてないんだけどな……)」


 思う様に事は解決に至らない。ならばせめて自分に出来ることをしようと、レイは行動に移した。

 事務所の棚から鈍色の栞を二十枚程取り出す。

 変身ボーツの強さの要因自体は既に解りきっているのだ、ならば対策自体は容易にできる。

 具体的には最初の変身ボーツ出現の際に使った、だ。

 デコイモーフィング自体レイ以外に使う者が居ないので、この術式も万が一の保険程度に用意しておいたものだが、今回はコレが無いと厳しい戦闘になるのが目に見えていた。


 黙々と栞に術式を仕込んでいくレイ。

 いつの間にか来ていたアリスが心配そうに声をかけて来たが、レイには届いていなかった。

 いや、本当は届いていたのだが今のレイには他者と関わる事に忌避感があったのだ。とにかく何者をも断ち切りたい。そして他者を傷つけぬように孤独を選ぶ。

 だがアリスがそんな言葉でどうにかできる様な女の子では無い事を、レイは嫌という程知っていた。


 だから何も言わずに作業を続ける。せめて戦う為の力だけでも用意しておこうと思った、その時だった。



 バンッと大きな音を立てて、事務所の扉が開けられる。

 開いた扉の先には数人の男たちが立っていた。中には剣の金色刺繍をあしらったマントを羽織っている者もいる。


「なんだ? 今日は所長権限で休業日なんだ。依頼なら日を改めてくれ」


 若干皮肉る様にレイは言う。先日のグローリーソードの者達の発言の事もあって、レイは機嫌が悪かったのだ。

 だが男達はそんなレイの発言を物ともする事無く、自分達の要件を冷淡に告げた。


「特捜部だ……レイ・クロウリー、セイラムシティでの人為的なボーツ召喚の容疑でお前を逮捕する」


 特捜部の身分証明となる紋章を差し出して、男達は名乗る。

ギルド特捜部、セイラムシティに於ける警察組織のような物だ。その組織の者達が逮捕に来るとは、流石のレイも予想外だった。

 あまりの出来事に唖然となるレイ。一方で特捜部の者達は、レイが抵抗しないと見るやこれ幸いと拘束にかかった。


 腕尽くでレイを捕まえようとする特捜部をアリスは必死に止めようとしたが、その静止が聞き入れられる事は無かった。

 証拠も無く何故逮捕するのかとアリスは問い質したが、返ってきた答えはあまりにも惨たらしいものであった。


「トラッシュが犯人だと言う事は分かりきっているのだ。証拠なんぞは後から探せば良い」


 それを聞いた瞬間、レイの中から抵抗の意思は完全に消え去った。解りきっていたとは言え、いざ改めて言われると心が酷く痛む。

 トラッシュである事は、最早この街においては罪なのだろう。

 トラッシュである事自体が、彼らにとっては悪事の動機として十分に成り立つのだろう。


 怒りの感情はいくらでも湧いて出てきた。だがその矛先は全てレイ自身に向かってきた。

 絶望と無力感に支配されたレイは、最早何も感じていなかった。

 ただされるがままに拘束され、背後から聞こえるアリスの声も聞こえる事なく、レイは特捜部に連行されて行った。









 薄ら寒い地下牢の中で、レイは身体を走る痛みを感じながら呆然としていた。

 口の中で不快な鉄の味が広がるが、レイは特にどうとも思わなかった。いや、思う気も起きなかったのだ。


 小さな明かりしか無いのだろうか、レイが微かな光に照らされた地面を眺めていると、ガチャガチャと牢に掛けられた錠を外す音が聞こえてきた。


 何事かと思ったレイが顔を上げると同時に牢の扉は開き、鍵を開けた人物が姿を現す。それは、顔に汗を浮かせたギルド長であった。


「ほほ。気分はどうじゃレイ?」

「……最悪だよ、アイツら加減しねぇから全身痛くてしょうがねー」


 レイがそう言うとギルド長は牢の中に入り、手に持ったランタンを近づけてレイの様子を確認する。ギルド長が言葉を失うまでにそれ程間は必要なかった。

 顔面には幾つもの赤黒い痣、口の端には雑に拭われた血の跡、着ている服はあちこち破けておりその隙間から血が滲みだしていた。

 これらの傷は全て、特捜部による取り調べとは名ばかりの暴行によってできたものだ。


「で、何しに来たんですか? 判決でも言い渡しに来たんですか?」

「……釈放じゃ」


 無実の罪である事は理解しきっているレイだったが、ギルド長の言葉は少し意外だなと思った(流れ的に判決とまでは行かなくても処分内容を告げるくらいはあると考えていた)。


「それは随分と唐突な判決ですね」

「完全なる誤認逮捕じゃ。特捜部の一部が暴走して先走り過ぎたのじゃ」

「だろうな。じゃなきゃここまで激しいストレス解消なんてしねーだろ」


 選民思想が多分に含まれてもいたが、レイは特捜部の者達の暴力はストレスによる所が大きいと考えていた。


「変身ボーツの対処……どこもかしこもダメージが溜まってきてるらしいですね」

「そうじゃな……じゃがそれは暴走をして良い理由にはならん」


 そう言うとギルド長は、レイの目の前に一つの布袋(グリモリーダー等が入ってる)とコンパスブラスターを差し出した。どちらも特捜部に連行された際に押収されていた物である。


「必要な手続きは既に終えておる、お主はもう自由じゃ。傷の治療は救護部に連絡しておこう。なぁに心配するでない、治療費の請求書は後で特捜部に押しつけておくからのう――」


 ギルド長はグリモリーダーを手に取り、早速救護部に通信をしようとするが……牢の隅に座り込んだまま動こうとしないレイを見て、思わず手を止めてしまった。


「…………自由じゃぞ、もう誰もお主をここに縛り付けはせん」


 既に自由の身になっている事を改めてレイに告げるギルド長。だがレイは座り込んだまま動く気配を見せる事は無かった。

 ギルド長はコンパスブラスターと布袋を壁に置きかけ、レイの隣に座り込んだ。


「恨んでくれて構わん。ワシらはそれだけの事をした」


 その声色に三年前の無念が含まれている事に、レイはすぐに察しがついた。

 ヒーローと讃えられて一人で戦い続けたエドガーを気にかけていたのも、彼の死後に犯人捜査の期間を延長するよう必死に働きかけていたのもギルド長だった事をレイは知っていた(故にギルド長はレイが信頼する数少ない人間でもある)。


「別に……今更恨んだりはしませんよ。ただ少し疲れただけです」


 心がずっしりと重く沈んでいた。

 トラッシュである事を罵られ喧嘩を吹っ掛けられるのは慣れ切っていたが、こう冤罪をかけられるのはレイにとっても初めてであった。

 散々な扱いには慣れていたレイも、今回ばかりは流石に精神的にキていたのだ。


「やっぱり間違ってたんですかね? トラッシュ如きが夢見て戦おうとするなんて、おこがましかったかなぁ…………」


 思わず弱音を吐露するレイ。

 自分が動かなければ余計なトラブルが発生しなかったのではないか。自分が意地張って夢に縋らなければ周りに迷惑かけなくて済んだのではないか。そう言ったネガティブな感情がレイのなかでぐるぐると渦巻いていた。


「間違ってなどおらん。その志に間違いなどある筈が無い」

「でも結果はこのザマですよ、俺は何も出来ちゃいない……三年前から何も変わらない。目に見える範囲に手を伸ばそうとしても悉く零し続けてる」


 ギリッと歯を噛み締める音が、ギルド長の耳に聞こえて来る。


「父さんの様になりたくて、ずっと走り続けてた……でも全然上手くいかないんですよ。守る為に創った術式は街を襲ってる。俺に手を伸ばした人たちは、俺がトラッシュだから傷つく。目に見える範囲だけでも救おうと頑張っても、手の届かない場所からまで悲鳴が見えちゃうんですよ」


 僅かに声を震わせてレイは己が心中を漏らす。


「自分のせいで誰かを傷つけたくない、自分が見える範囲で誰にも傷ついて欲しくない。父さんはそれを願って、守る為に戦い続けた! だから俺も背中を追いたかった。ギルド長……99を救うために1を犠牲にするなら、その1を自分自身にするのは悪なんですか?」

「……悪ではない。じゃが善とも言い切れぬ」

「…………」

「優しさ故に拒絶するのはよい。じゃが時には歩み寄る事を知るのも大切じゃ」


 ギルド長は諭す様な口調でレイに語りかける。


「前にも言うたじゃろう、お主の無茶で傷つくのはお主だけでは無い。お主の隣人も傷つくのじゃ」

「情が出来るから傷つくんだ、だから俺は関わって欲しくないんですよ。トラッシュなんか独りで十分だ」

「フレイア君達は、そこまで信用に値しない者に見えたかい?」


 突然フレイアの名前が出てきて内心驚くレイだったが、不思議と「信用できない」と返す気持ちは微塵も生まれなかった。


「親しくするだけが友ではない。痛みも喜びも共に分かち合い、支え合う者達こそが友なのじゃ」

「痛みも……」

「一度、信じてみてはどうじゃ? 彼女達はきっと、お主の良き友となり得るじゃろう」


 レイは、上手く返事をする事が出来なかった。心が解ける感覚はあるのだが、それの正体に確信を持てなかったのだ。


「ま、何にせよ最初の一歩を踏み出さねば道は進めぬ」


 そう言うとギルド長は立ち上がり、レイに手を差し伸べた。


「どれ、まずは此処から出るとするかの。こう薄ら暗くて陰気な場所だと気が滅入るわい」


 ギルド長は牢から出る様にレイを促すが、レイは首を横に振るだけだった。


「ダメですよギルド長。いきなり俺が出所したらギルド長への反発が強くなる。これからセイラム中のボーツ討伐の指揮を執らないといけないのに、態々その和を乱す要素を作る理由は無い」

「レイ……」

「ほとぼり冷めるまでは、ここに居ますよ…………ここなら一人で、色々考えられる」


 先ほどよりも深く俯いてレイは言う。そんなレイの姿を見て、ギルド長の目には悲しみの相が浮かび上がっていた。

 自分にはこの若者の心を救う事は出来ない。その事実がギルド長の胸を痛みとして走り回っていた。


「なぁに、ほとぼり冷めたら勝手に出て行きますよ。それに街に仕掛けられた魔法陣の正体も考えたい。謎を謎のまま放置するのは目覚めが悪いんで…………安心して下さい、何か魔法陣に関して進展があったら伝えに行きますんで」


 自嘲する様に告げるレイ。その様子はまるで自分の不甲斐なさに苛立ちを覚えている様にも見えた。

 実際レイは苛立っていた。街を守りたい一心で、自分が得意とする分野を最大限に生かして事件を解明しようとしたが、結局真相には辿り着けず終いだ。

 レイの自己嫌悪を、ギルド長はすぐに察した。だが彼にかける言葉をギルド長は思いつく事ができなかった。


「……分かった、身体を冷やさんようにするんじゃぞ。気晴らしをしたくなったら天井でも眺めると良い。繁殖力が妙に強くてなこんな所にまで生えとるんじゃよ」


 ギルド長はそう言い残し、牢の出口を抜けて行く。

 牢を完全に出きる直前、ギルド長は「お主は何も悪くはない」と小さく言い残してその場を後にした。


 ギルド長の姿が見えなくなった事を確認したレイは、壁に置きかけられていた布袋から一枚の地図を取り出した。魔法陣を書き込んだセイラムシティの地図である。


「デコイモーフィングの術式とボーツ召喚術式の融合……理論だけなら解るけど、結局魔法陣の展開方法が分らない事には色々確信が持てないんだよなぁ」


 大まかな理論は既に理解しているのだが、この融合術式は少々特殊な作りになっていた。具体的には魔法陣を制御する為の細々とした術式に候補があり過ぎて、どれが正解か解らない状態なのだ。

 魔法陣の展開方法と密接している可能性がある術式もあるが、それでも候補数が多すぎる。

 自分が術式を書き込んだ地図を改めて見るレイ。正直今は行き詰っている状態だ。ギルド長に見栄を切ったは良いが、魔法陣の正体を解き明かせる自信は大きく落ち込んでいた。

 なにより、レイの精神が疲れていた。


「気晴らしに天井ねぇ……」


 先程ギルド長に言われた言葉を思い出し、何気なく牢の天井を仰ぎ見るレイ。

 天井には小さな照明が一つと、淡い光を放つ永遠草が一輪咲いていた。

 なるほど、綺麗な花でも見て気を紛らわせろと言う意図なのだろう。だが悲しい事に、ここ最近のレイにとって永遠草は縁起の悪い植物にしか見えなかっ――――


「…………いや、ちょっと待て」


 天井に咲いていた永遠草をぼうっと眺めていたが、レイはすぐにその異常に気がついた。


「なんで地下牢に花が咲いてんだよ」


 確かに永遠草は栄養源であるデコイインクを補給できる限り枯れる事は無いが、それはあくまで他の花と同じように地上で咲くと言う前提がある。

 いくら永遠草と言えども、日光の当たらない場所で咲き続ける事は難しい。

 そもそも此処はギルド本部の地下牢だ、永遠草の苗を持ち込む事は出来ない上に、自生するには地下すぎる。


 レイは天井で淡く光続ける永遠草に、何か嫌な予感がした。

 そこから先の行動は突発的なものでもあった。レイは布袋から鈍色の栞を取り出し、銃撃形態ガンモードに変形させたコンパスブラスターに挿入する。


「(ボーツ……デコイインク……永遠草…………そして永遠草の名前の由来は……)」


 まさかと言う気持ちはあった。頭の中を過った可能性が、あまりにも荒唐無稽すぎたから。

 だが真実に近づくのであればと思い、レイは天井に咲いた永遠草の周辺に向けて、コンパスブラスターの引き金を引いた。


――弾ッ!弾ッ!弾ッ!――


 銃口から放たれた魔力弾が天井の壁を砕く。

 砕かれた天井の向こうから、永遠草の根がその姿を見せた。


「……ははッ、マジかよ……」


 暗い地下牢だが、永遠草の花弁の光が周りの根を照らし出してくれるおかげで、根の形を視認するのに苦労はなかった。

 そのおかげで、レイの中に芽生えていたが的中していた事を知るのに、一瞬も必要なかった。

 だがこれで、魔方陣の展開方法は解った。


「何処のどいつだ? こんな壮大な方法考えたアホは……」


 天井を見上げながらレイはぼやく。

 レイの視線の先には、永遠草の根が写っていた。










 レイが投獄されていた牢を後にしたギルド長は、無言で地上に戻っていた。

 複雑な表情を浮かべるギルド長に、秘書のヴィオラが声をかける。


「ギルド長、ミスタ・クロウリーは?」

「釈放は伝えたのじゃが、本人が出ようとせん」

「……無理にでも連れてこなくて、よろしかったのですか?」

「ワシが無理に牢から出しても、何も変わらんじゃろう…………それにのヴィオラ、ワシはあの少年が、エドガー・クロウリーの息子がここで終わるとは毛頭思っとらん」


 ギルド長のその声には確信と信頼の感情が備わっていた。


「ここで終わらない人間だと仰るのならば、何故彼は牢を出てこないのですか?」

「切っ掛けじゃよ。彼は既にヒーローとして必要なものを継承しとる。じゃがそれに気づく事無くレイ・クロウリーは暗闇の中を独りで走り続けているのじゃ」


 ギルド長とヴィオラの耳に、ドタドタと激しい足音が聞こえて来る。

 何事かと思ったヴィオラが足音の方を向いたのに対して、ギルド長はその足音が来るのを知っていたかの様に落ち着いていた。


「必要なのは導き手なのじゃよ。彼らの様な光に導く者達が差し伸べる手こそが、レイに必要な切っ掛けなのじゃ」


 ギルド長がそう言い終えると同時に、足音の正体達が姿を現した。

 アリスと、アリスから連絡を受けて駆け付けたモーガンとフレイア達であった。


「ハァ、ハァ、ギルド長!!! レイは……レイはどうなったんですか!?」

「落ち着けフレイア君、レイは大丈夫じゃ。全ては一部の特捜部による誤解と暴走じゃった。もう釈放の手続きは終えておる」


 ギルド長の言葉を聞いた面々は、レイの無事を知って一先ず安堵の息を漏らした。

 しかしアリスはキョロキョロと周りを見回して、レイが居ない事を確認する。


「ギルド長、レイは?」

「…………」

「な、なんかあったんスか?」


 アリスの問に思わず口を噤むギルド長。その様子にライラは不安の言葉を漏らしてしまう。


「釈放はしたのじゃが……レイ自身が地下牢から出ようとせんのじゃ。今回の件が相当ダメージだったのじゃろう、ほとぼりが冷めるまで一人でいると言っておる」

「一人でって……地下牢なんかで、一人で何をする気なんだ」

「恐らくセイラムに張られた魔方陣の解明作業じゃろうな。何か進展があったら報告はすると言っておった」


 ジャックの問いに答えるギルド長。

 その返答を聞いた瞬間、フレイアは心の中で何かモヤモヤしたものを感じた。


「ギルド長、レイが居る牢屋はどこ?」

「……8番の牢じゃ」


 とにかく今はレイと話さなければならない、その気持ちがフレイアの中で急激に膨らんでいく。

 そしてギルド長にレイが居る牢の番号を聞いたフレイアは、一目散に地下牢へと駆け出して行った。


「あぁ、フレイア!」

「姉御~待って欲しいっス!」


 突然走り始めたフレイアに慌てながら、ジャックとライラも後に続いて地下牢に進んで行った。


 そしてモーガンもフレイア達について行こうとしたが、ギルド長は静かにそれを制止した。


「ギルド長!?」

「ついさっき、レイと話をした……どうやらワシらでは役者不足のようじゃ」

「けどよギルド長!」

「モーガン。適材適所と言うやつじゃ……この三年間で、最もレイの心に変化をもたらしたのは誰じゃ?」


 ギルド長の言葉にハッとなるモーガン。

 そうだ、ギルド長の言う通りレイの心に光を当てようとしたのは、あのフレイア達だ。自分たちが三年間に出来なかった事を彼女達は成し遂げてくれるかもしれない。モーガン自身も何処かでそれを期待して、レイを紹介したのだ。


「ワシらにはワシらが出来ることを成すのじゃ。レイの事はフレイア君達に託そうじゃないか」

「ギルド長……」

「あの若者達を信じよう。彼らならきっと、レイの暗闇に光を照らしてくれると」


 モーガンとギルド長は、地下牢向かうフレイア達の背中を見届ける。

 そして心の中で、彼らがレイ・クロウリーを救うヒーローになってくれると、切に願うのであった。

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