Page06:操獣者の街~ストーキング添え~
さて、レイがフレイアと出会ってから一週間が経過した。
結論から先に言うと、レイはフレイアの専用器開発の依頼だけは受けた。……受けたのだが、一つ問題が出てしまった。
専用術式の構築はレイがその日の内に試作第一号を完成させたので良いのだが(通常は一週間かかると言われているので、レイの「完成したぞ」の言葉を聞いたフレイア達は目が点になっていた)、肝心の魔武具本体を作る為の材料が不足していた。
レイはすぐに魔武具整備課に在庫の有無を確認したが、どうやら向こうも無かったらしく……結果として材料取り寄せに三週間も待つ事となった。
故にレイは、少なくとも後二週間はフレイアの顔を見ずに済むと安心できる…………筈だった。
「じゃあ昨日の復習からな。術式構築の基本は魔法文字とその意味を正確に把握する事だ。まずはよく使われる魔法文字とその発音十種を――」
此処は八区の中にある小さな私立学校。父親がこの学校の校長と親しかった縁もあって、レイは定期的に魔法術式の構築学を子供たちに教えに来ている。
今日も教室で年端も行かぬ子供たちに(若干大人ぶって)教鞭を取っているのだが……
「せんせー、お姉さんが窓の外からこっちをみてます」
「幻覚です。気にしてはいけません」
視界の端、窓の外に
『レイー!』
「せんせー、赤いお姉ちゃんがせんせーをよんでます」
「幻聴です。今夜は早く寝ましょう」
『無視すんなー!』
「せんせー、ボインなねーちゃんが手を振ってます」
「妖精さんです。目を合わしたら平穏を持っていかれます」
『レェェェェェェェェイィィィィィィィィィィィィ!!!!』
校庭に生えている木に登って、レイにアプローチをかけてくるフレイア。
いい加減鬱陶しくなったレイは、無言でコンパスブラスター(銃撃形態)を取り出し、
フレイアは「ギャン!」と可愛いらしさの欠片もない声を上げて、木から落ちた。
「せんせー、赤いお姉ちゃんが頭からおちましたー」
「大丈夫です、この程度で死ぬ女なら俺は今頃苦労してねぇぇぇ!!!」
レイの魂からの叫びが、悲しく木霊するのだった。
◆
レイの胃は、ひたすらに痛かった。
子供たちへの授業を終えたレイは麻袋を片手に、八区から中央区へと続く道を歩いていた(道といっても簡素な整備の獣道の様な道だが)。
森に囲まれた道をそのまましばらく進むと、街の中央部への入り口に辿り着いた。
森に囲まれた八区とは打って変わって整備された街並み。
石畳で舗装された道を着飾った婦人や馬車が通り抜けていく。
まだ中央区の入り口にも満たない場所なのに、レイの耳には客をかき寄せようとする商売人の声が自然と届いてくる。
そして、ふと空を見上げれば大きな翼を広げた魔獣に乗って移動する人間の姿が。隣に目をやれば、自分と身の丈が変わらない魔獣と共に街を歩く人の姿が見える。
ここがレイの住む街【セイラムシティ】。
街に住む人々からは『ギルドの城下町』だとか『操獣者の街』と呼ばれる事が多い。
街を歩くと度々嫌悪の視線が向けられている事に気づくレイだが、今に始まった事ではないので気にせず歩いていく。
今日のレイの目的地はギルド本部である。しかし、此処から街の中央に位置するギルド本部へ徒歩で行くと時間がかかってしまうので、レイは近くまで乗合馬車で移動する事にした。
乗合馬車の御者に三ブロン分の硬貨を渡してレイは乗り込む。
馬車の中は人間がぎゅうぎゅう詰めになっていて、息苦しい限りであった。
無理もない、セイラムシティは貿易が盛んな港町。年がら年中、多くの人が訪れて満員御礼である。骨が軋まないだけ、今日はまだマシだ。
馬車に揺られて目的地に進むレイ。
後ろからは「ギャウ!」とか「ゲフゥ!」といった聞き覚えのある声と視線が刺さってくる。
もしかしなくても、馬車慣れしていないフレイアのうめき声だ。
これがレイの胃痛の原因。
フレイアの剣の依頼を受けたは良いが、フレイアはレイを仲間にする事を諦めきれず、この一週間ずっとレイに
最初は直接文句を言いに行っていたレイだが、フレイアの強すぎる粘着故にここ二日程は全力で逃げ続けていた。
「次は~ギルド本部前~、ギルド本部前~」
御者のアナウンスが聞こえる。馬車が目的地に到着したのだ。
馬車の扉が開くと、缶詰状態だった客達が一斉に降り始めた。
レイもその流れに乗って馬車から降りる。途中、赤い何かを踏んだ気がするが気のせいだろう。
フレイアを撒くように駆け足で向かうレイ。
目的の建物はすぐ目の前だった。いや、建物と言うよりは城と呼んだ方が適切な程に巨大な建造物であった。
この城と見間違える程に立派な建物こそが、セイラムシティの心臓部。
これこそが世界最大の操獣者ギルド【ゴールデン・オブ・ドーン】通称【
入り口のドアを開けて入ると、すぐそこは受付兼大食堂となっている。
多くの操獣者達が飯を食いながら己の武勇を語り、チームミーティングをし、はたまた情報交換をするなどして喧騒に包まれていた。
しかしそんな事はレイにとってはどうでもいい。レイは眉を吊り上げて、ズンズンと歩みを進める。
「おや、レイちゃん。何か食べてく?」
「悪りぃおばちゃん、今日は急ぎなんだ」
馴染みである食堂のおばちゃんが声をかけてくるが、今日のレイはそれどころでは無かった。
レイは迷う事なく『魔武具整備課』と書かれた扉の前に辿り着く。そして一切躊躇う事なく、レイは力一杯に扉を蹴破った。
「親方ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
レイの怒号が整備課の部屋に響き渡る。
突然の事に整備課の整備士達が一斉にレイの方へと視線を向けた。
その奥からヘラヘラとした表情のモーガンがレイの元に来た。
「おうレイどうした? ヒヒイロカネの在庫ならウチには無いぞ」
「どうしたもこうしたもねェェェェェェ! なんつー女を紹介しやがった、ここ一週間ずっとつけてくるんだぞ!」
「よかったじゃねーか、モテ期だぞモテ期」
「脳筋バカ女のストーカーなんざ、こっちから願い下げだ!」
狂犬の如くモーガンに食ってかかるレイ。そんなレイを、じゃれつく子供をあしらう様に扱うモーガン。
まるでこうなる事を想定済みであったかの様な対応に、レイは心の中で「確信犯だな……」と吐き捨てるのだった。
「まさかアレ、親方の指示じゃないだろうな?」
「いんや、俺はただ『しつこいスカウトの方がレイには効くかもな』って言っただけだぞ」
「ほぼ自白じゃねーか!」
ここ一週間フレイアの休みなきストーキング&スカウト活動で碌に休息出来ていないレイの眼には大きな隈ができていた。
流石に堪忍袋の緒が切れたのか、今日は何時もより強気に苦情を叫ぶレイ。
「けどよ~、お前もそろそろ身を固めたらどうだ?」
「だからそう言うのが色々大きなお世話だっつってんだよ!」
「あのな、レイ――」
モーガンは何時になく真剣な眼差しでレイを見る。
「フレイアは、お前が思っている程いい加減な気持ちでスカウトしている訳じゃない」
「……」
「アホだけど悪い奴じゃねぇ……一度でいい、俺に騙されたと思ってアイツ信じて――」
「それは裏切らない保証にはなんねーだろ」
諭すような声で語るモーガンに、どす黒い闇を含んだ目で応えるレイ。
「どれだけ一方的に信じても、肝心な時に誰も応えてくれないんじゃあ意味ないだろ」
「レイ……」
「それに何度も言ってるだろ、俺は仲間なんて必要ないって」
レイの瞳の奥からどす黒いものが見え隠れする。
モーガンはそれの正体を知っているからこそ、レイに何も言い返せなかった。
「必要なのは仲間じゃねぇ…………必要なのは…………」
小さな声で、何かを吐き出そうとするレイ。しかしその直後、レイの視界に見覚えのあるシルエットが写り込んだ。
瞬間、レイの頭に血液という血液が上り詰めた。
「あ、レイ君来てたんだ~。こんちゃーっス!」
「ライラァァァァァァァァァ、お前んとこのバカリーダー何とかしやがれぇぇぇ!!!」
「無理っス」
キッパリと無情な宣告をするライラ。だがこれで引き下がれるレイではない。
「無理とかノーじゃなくて、はいかイエスで答えろ」
「いや本当に無理っス。一度姉御にロックオンされたが最後、地獄の果てまで追跡されるっす!」
「じゃあ何か逃走用のスキル教えてくれよ、何か一つくらいあるだろ忍者さんよぉ」
東方の人種の特徴は黒髪くらいしか無いが、こう見えてライラは東の大国に伝わる忍者の血族である。
操獣者として依頼をこなす際もその忍術を遺憾なく発揮しているのだとか。
「それが出来たらボクはずっと前に姉御の追跡から逃れてるっス。勘と匂いで場所が分かるとか忍者形無しっスよ」
「ガッデム! 忍者超えとかふざけんなよ!」
東国の秘術士忍者は不思議パワーで何でもしてくれるはずなのに、それすら超える野生とは……。
当てが外れたレイは思わず叫んでしまう。忍者は万能ではないのだ。
振り出しに戻ってしまった。どうにかしてフレイアから離れたいレイは頭を抱える……のだが
「あ、レイ君」
ライラがレイの後ろを指さすと同時に、誰かがレイの背中をツンツンと突いてくる。
大丈夫、誰か分っている。だが受け入れたくないんだ。振り向けば、間違いなくヤツが居る。
だが現実は非常にも人間に牙をむいてくるのだ。
我々人間に出来る事は、絶対的な死を受け入れる事のみである。
ならば受け入れよう。現実という凶器を、その身に刻み込もう。
覚悟を決めて、レイは後ろを振り向く。
「かむひあ~、レッドフレア~」
そこには満面の笑みで入隊を進めてくる
そうか、これが……この追跡能力こそが、人間が秘める野生なのだな。
「神様……俺が何をしたんだ……」
げんなりした表情と力なき声で、レイはそう零すのだった。
◆
結局その後、ライラとモーガンを(コンパスブラスター片手に)
これでしばらくはフレイアの追跡から逃れられると安心したレイは整備課を後にした。
これで本日の要件一つ目が終了。レイは次の目的地に向かうことにした。
ギルド本部の中を歩むレイ。
世界最大の操獣者ギルドの肩書は伊達では無い。建物には上層部や職員の執務室だけで無く、美味い食堂もあれば派手に暴れても壊れない模擬戦場、童話から魔法専門の書物まで何でも揃った巨大図書館。先ほどまで滞在していた魔武具整備課には個人では絶対に手が出ないような大規模設備があるなど、至れり尽くせりなギルドである。
だがレイがこれから向かおうとしている場所は、そんな街の誰もが知る華美な場所ではない。
そこへの入り口は、ギルド本部の最中央部にある。道中人を避けられる道筋は無い。なのでレイが顔見知り達とすれ違うのも必然であった。
「あ、クロウリー君こんにちは」
「はいこんにちは」
「おぉレイ、この間の魔武具整備はマジでサンキューだよ!調子が良いったらありゃしねー!」
「そりゃよかったな」
「レー君、こんちゃ~。また爆破魔法の式教えてな~」
「ちゃ~。たまには自分で考えてな~」
顔見知り達が親し気に声をかけてくるが、言葉の意味まではレイの中に伝わってない。レイは面倒くさそうな表情で、適当に応える。
実際レイにとっては面倒くさい限りなのだ。親しく接触されても困る。
いや、声をかけてくるだけならまだマシか。
本当に面倒くさいのは――
「おやおや? レイ君~、誇り高きギルド本部に何か御用かな?」
「ここは君のようなトラッシュが来る所ではないんでちゅよ~」
――こういう輩である。
大柄で太ましい男が一人と、小柄で骸骨のような細身の男が一人。見覚えのある顔だ、レイが養成学校に通っていた頃の同期だ。
こうやって絡んでくるのも今日が初めてでは無いので、レイは淡々と対応する。
「あぁそうかい、悪いけど今日は急いでるんだ。通してもらうぞ」
レイが二人の男の間を通ろうとすると、大柄な男がレイの肩を掴んで引き留めた。
「まぁそう言わないで。同期のよしみだ、少しくらい話でもしようじゃないか」
「マナー知らない君に、僕たちがセイラム流のマナーを教えてあげようと言うんだ」
「ワーオ、そりゃありがたいね。手短に頼むよ、センセイ?」
心底馬鹿馬鹿しい。どうせ下らない因縁なのは分りきっているが、ここで断れば余計に粘着してくると思ったレイは、素直に聞くフリをする事にした。
だが大柄な男は何も言い始めず、地面を指さすのみであった。
「靴ひもでも解けたか?」
「違う違う、マナー講座その一だ。誰かに教えを乞う時はそれ相応の態度を見せねばならない」
「何だ、頭でも下げればいいのか?」
品の無い奴らだと、レイは心の中で悪態をつく。
早期決着できるなら頭の一つくらい下げてやってもいいかと思うレイだったが、男達の要求は予想の遥か下を突き抜けていた。
「靴を舐めるんだよ、薄汚いトラッシュに相応しい物乞いのポーズだ」
「そうだそうだ、人獣以下のトラッシュがすべき正しい姿だ」
レイは大きな溜息を一つついて、心底後悔をした。
この類に砂粒程でも「品性」というものを求めた自分が馬鹿らしくなった。
「あぁ……悪いけど、糞を踏ん付けた靴をエサと間違えて食う習慣は無いんだ。お前らと違ってな」
それを聞いた男たちは、見る見るうちに顔を赤く染め上げていった。
喧嘩を売って来た相手に、逆に売り返す。
連日のフレイアによるストーキング被害で、レイは心底機嫌が悪かったのだ。
「あとお前らこそ、こんな場所に何の用だ? ここは屠畜場じゃないぞ」
「何だとッ!?」
「ん? 豚小屋と鶏小屋の方が適切だったか?」
男達に向かって「ぶーぶー、クルッポー」と挑発するレイ。
大柄な男は頭に血が上り過ぎたのか、茹でだこの様な怒り顔を浮かべている。
「貴様ァァァ!!!」
大柄な男は怒りに任せて、衝動的にレイに殴り掛かる。
しかしレイは動じない。男の拳が眼前に迫ってきても、焦りの様子一つ見せなかった。
浮かび上がった表情は、呆れを含んだどこか黒いものであった。
そしてレイは、淡々とした様子で小さく「馬鹿が」と呟いた。
瞬間、レイは眼前に迫っていた男の腕を掴み取り、流水の如く滑らかな動きで男を背負い投げた。
途中で腕を離された男はそのまま一瞬宙を舞い、頭から床に落ちた。
「喧嘩売ってくるのは良いけど……変身無しの模擬戦闘で、お前らが俺に勝ったこと一回でもあったか?」
レイは汚れを落とす様に手をパンパンと叩くと、細身の男の方へ振り向いた。
「続けてやるか?」
細身の男は勢いよく首を横に振り拒否の意志を示す。
こうなっては態々追撃する必要も無い。
これに懲りて当分は自分に絡んでくれなければ良いのだが……そんな事を考えてレイが立ち去ろうとした時だった。
「クソッ、親の七光りが」
瘤の出来た頭を擦りながら大柄な男が吐き捨てた言葉、レイはそれを聞き逃さなかった。
思わず歩みを止めてしまう。
「何だって?」
聞き返すレイに、嘲笑うような態度で大柄な男は続ける。
「親の七光り、お情けでセイラムに置いてもらえてるって言ったんだよ! 聞こえなかったのか、
それは、レイにとって本気で抜刀するに事足りる言葉であった。
ならば後は動かすのみ。
レイは剣撃形態のコンパスブラスターを横なぎに振る。大柄な男が居る場所スレスレを切り裂いたので、男の前には一文字の浅いクレバスが出来ていた。
レイは男に剣を向けて再び問う。
「親の……何だって?」
明確な敵意を瞳に宿して、大柄な男を睨みつける。
一方で男は正当防衛の理由が出来たと考えたのか、喜々として腰の剣に手をかける。
「あ、兄貴ここじゃ流石に――」
「うるさい! トラッシュ程度に馬鹿にされたままでいられるか!」
細身の男が止めようとするが、大柄な男は頭に血が上りすぎて碌に聞いてない。
レイと男は共に殺意と狂気を宿して剣を構える。
制止の声は届くことなく、二人は同時に動き始めた。
「こんの糞ブタ野郎がァァァァ!!!」
「トラッシュ風情がァァァァ!!!」
お互い剣を振りかぶり、鍔迫り合いの音が鳴り渡る。もしくはどちらか一方、はたまた両者の身体が剣に切り裂かれ血濡れになる。
この場に居る全員がそうなると思っただろう。
しかし結果は、血が流れるどころか剣がぶつかり合う事すらなかった。
男とレイの間に一人の老人が割り入っている。二人の剣は老人の指先によって固く抑え込まれていた。
いつの間に現れたのか、誰にも彼が二人の間に割って入った瞬間を認識する事が出来なかった。
それどころか、切り傷一つ作ること無くたった二本の指で剣を掴み取っている。
レイは何とか剣を動かそうとするが、びくともしない。
一方で大柄な男は老人の姿を確認すると、先程までの威勢はどこへ行ったのか、顔を青白く染め上げていた。
「ふぉっふぉ。怒りに任せて剣を振るうとは、まだまだ青い証拠じゃのう」
「あ、あの……これは、その」
「喧嘩するのは良いが、老い先短い老人の前で若人が命のやり取りをせんでくれ」
大柄な男は力なく剣を離す。後ろで見ていた細身の男も顔を真っ青にして震えていた。
そんな様子を気にも留めず、レイは老人の指から剣を抜こうと必死にもがいていた。
「兄貴、流石に不味いよ」
細身の男の言葉で我に返った男は、剣を放置したまま一目散に逃げて行った。
「己の魔武具を置いて逃げるとは、情けない若者じゃのう」
床に落ちた剣を見つめて、呆れ果てる老人。
その一方でレイは、腰を大きく仰け反らせて剣を抜こうとしている。とても老人の力とは思えない。
そんなレイの様子を見た老人は、剣を挟んでいた指を唐突に離した。
突然剣を離されたレイは、そのまま頭から床に落ちた。
「ギャス!」
「ふぉっふぉ。まだまだ修行が足りんようじゃのう」
「だからっていきなり離さないで下さいよ、ギルド長」
愉快そうな声を上げながら、口から顎にかけて生えた真っ白な鬚を弄る老人。
先程の男達がこの老人に恐れ慄き、逃げ去ったのも無理はない。
この老人こそGODの長にしてセイラムシティのトップに立つ男、ウォルター・シェイクスピアその人である。
その老い果てた外見からは想像もできない力の持ち主だが、今年で百歳だと言うのだから本当に想像の向こう側に存在する老人である。
レイは頭にできた瘤を気にしながら起き上がる。
「しっかし、レイがここまで激怒するのも久しぶりじゃのう。今回は何言われたんじゃ、言うてみ」
孫を諭す祖父の様な口調で語りかけるギルド長に、レイは不貞腐れた顔で答えた。
「……親の七光りだってさ」
「ほぉ~、それはまた久しく強烈なのが来たのう」
色々縁があってギルド長とは割と親しい間柄であるレイ。
そしてレイの事情を知る側であるギルド長は、男達が口にしたその言葉がどれほど強烈にレイの地雷を踏みぬいたのか、想像するに容易かった。
コンパスブラスターを仕舞い、服に付いた埃を叩き落とすレイ。
ギルド長はそんなレイの手を掴み、上着の裾を巻くって見た。
「まったく、生傷ばかり増やしおって」
露出したレイの腕には無数の傷跡がついていた。
定期的にアリスに治療して貰っているとは言え、傷跡までは完全に消えてはいなかった。
そしてギルド長は、レイの傷の原因を知っていた。
「夢に走るのは若人の務めじゃが、身体を粗末にするもんでない」
「目の前に出来る事があったからやっただけです、その結果だから後悔はない」
「お主が悔やまんでも、お主の隣人が悔やむのじゃよ」
「……よく分かんね」
二人の間に沈黙が流れる。
レイはギルド長の言葉を理解しかねていた。いや、理解する事を拒んだと言う方が正しいだろう。
とにかく話題を変えたかったレイは懐から取り出した一枚の紙をギルド長に渡した。後で済ます予定だったもう一つの用事。
「まぁいいや後で執務室に行く手間も省けたし、はいコレ。例の依頼の経過報告書です」
「おぉスマンのお……してレイ、もう一つの依頼の方は?」
「女湯専用遠隔投影機とか作った日にゃ、ギルド女子に殺されかねないから断ったはずですけど?」
「カァーーーッ!!! そんなもんギルド長権限でどうにもなるわい!」
「そう言って何時も秘書に締め上げられてるだろが、性欲ジジイ! もう少しましな動機で開発依頼持って来い!」
「エロが無くて何が人生かァァァッ!!! つーか、私欲でうっかり大発明をしたドルオタが言えた義理か!!!」
「ナディアちゃんは特別枠です」
一年前、セイラムシティのアイドルこと広報部のナディアちゃんの声を無限再生したい一心でこの世界に録音技術を産み落とした男、レイ・クロウリー。
「てかギルド長、仕事はいいんですか?」
仮にも世界最大の操獣者ギルドのマスター。その多忙っぷりは世界有数の者の筈である。
レイの指摘を受けたギルド長はハッとした表情を浮かべた。
「そうじゃ、此処でのんびりしておったらヴィオラの奴に見つかってしまう」
そう言うとギルド長はその場で足踏みを始める。
「じゃあのうレイ、無理せんでなー!」
素早い駆け足でその場を立ち去るギルド長。
レイはその背中を見ながら「あのジジイ、またサボりだな」と呟く。
恐ろしい事に、GODでは日常の光景なのであった。
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