Page01:レイ・クロウリーの日常①
『キラキラ輝いて、目指せNo.1!!! 【ナディアの広報部ラジオ】今日も元気いっぱいに、はっじまるっよーー☆彡!!!』
朗らかな木陰の下で、可愛らしい女の子の声をレイは鼻歌交じりに聞く。
腰につけた十字架付きの小さな魔本【グリモリーダー】から流れるラジオ放送だ。
『という訳でハロハロ、リスナーの皆さん♪ このラジオはセイラムシティやギルドに届いた色んな情報を、魔本の前の皆さんにお届けするスペシャルなラジオ放送ですッ! 司会はお馴染みセイラムシティのアイドル、ナディアちゃんと!』
『ピィーッ!ピィーッ!』
『マイベストバディ、テルたんでお送りします☆彡♪』
「あぁ~、良いねぇ~心が洗われる声だ」
労働の疲れを忘れて、ラジオを聴きながら一息つける。なんてことの無い日常の光景。
―― 斬ッ!! ――
少しばかり右腕が働いているが、レイにとってはありふれた光景。
『まずはお便りのコーナーから♪ 《ナディアちゃん、いつも楽しくラジオを聞かせてもらってます。ボクは船で働いているのですが、先日海の上で悪性のクラーケンに襲われてしまいました》 ひゃぁ~、怖ーい』
「怖ーい」
――斬シュッ!!――
ラジオから聞こえる声にお道化た口調で相槌を打っていると、足元からソレが手を伸ばしてきたので、レイは容赦なく切り捨てる。
『それでそれで? 《すぐに同乗していた操獣者が倒してくれたので無事に済んだけど問題はその後。戦利品として持ち帰ったクラーケンの足が再生を始めたんです。突然の事だから船の皆が大慌て! 少し遅れて同乗していた
「気を付けます。と言っても、上手くトドメを刺し切れない辺り自分の未熟さを体現しているみたいで、心が痛む言葉なんだよなぁ」
自分の真下で微かに蠢くソレらを見ながらレイは一人でぼやく。
さて、傍から見れば今現在のレイの姿はちょっとしたホラーと言われるだろう。木陰の下でラジオを聞きながら一息付けている事は間違いでも何でも無いのだが……大量に積み上げられた全身灰色の人型の死骸の上に座り込んでいると補足を付ければ、誰もが日常の光景という言葉を否定するだろう。
念を入れて、レイ少年の名誉のために補足をするが、この人型の死骸の山は何も無益な殺生の結果では無い。
この灰色の人型の名は【ボーツ】。別名:食獣魔法植物とも言われる人や獣に害を為す意思を持った植物なのだ。
「ギルドの
うだうだ愚痴りつつ、ボーツの死骸の山から飛び降りるレイ。
右手には二つのグリップを持つ、文房具のコンパスを想起させる形状をした大剣を握っている。
「一匹一匹潰すのも面倒だし、まとめてブっ飛ばすか」
そう言うとレイは懐から一本の鈍色の栞を取り出して、今握っているグリップとは別のグリップに差し込んだ。
「
差し込んだ方のグリップを掴んで操作すると、大剣は瞬く間に一丁の銃へと変化する。
そしてレイは瞬時に頭の中で術式を構築し、ボーツの山へと銃口を向けた。
「残り
レイが引き金を引くと、銃口から鈍色の魔力が弾丸となって発射される。
その弾丸は肉眼では殆ど確認できない速度でボーツの山に着弾し、轟音を立てて爆発した。
爆風が勢い良く発生したせいか、粉々になったボーツの破片が小雨の様に降り注いでいるが、レイは全く気にしていなかった。
「これで一件落着、俺の素敵な日常は取り戻されました」
「キュイキュイ」
「後は日が沈むまでラジオを聴きながらのんびりと過ごせれば最高だな。緑色のウサギとか銀髪のお節介焼きとかは御免被るぜ」
「キューキュー」
レイの足元から渋い声で可愛い字面の鳴き声が聞こえる。
この奇妙な鳴き声を持つ生き物をレイは一匹しか知らないので、レイは必死に認識しない様にする。
だが、いずれ現実と戦わねばならない事が人間が背負う悲しい運命なのだ。
ゆっくりゆっくり、見下げてごらん。
「こうして日常とは儚くも破壊されていくんだな」
レイが足元に視線をやると、そこにはミントグリーンの体毛をした一匹のウサギがいた。
体毛の色が突然変異したウサギなのか? いや違う。額から紅い宝玉の生えたウサギなんて普通じゃない。
「あァ〜ロキ。日向ぼっこなら他の場所を当たってくれないか」
「ギュー」
しゃがみ込んで足元のウサギことロキに語り掛けるレイ。
ロキはその言葉を拒否する様に唸り声を上げる。知能は高いようだ。
それもそのはず。ロキは見た目こそウサギだが、その実態は魔力を持って進化した獣、魔獣カーバンクルである。
いや、今はそんなことは問題ではない。レイにとって最大の問題は、間違い無くレイを探し回っているであろうロキのご主人様なのだから。
「ほら、干し肉あげるからどっか別のとこ行け! ここに居られたらお前のご主人様に見つかっちまうだろ!」
「…………そのご主人様、後ろにいる」
レイがポケットから取り出した干し肉でロキを買収しようとすると、後ろから声が掛かる。
錆びついた歯車の様に、恐る恐るレイが後ろを振り向くと、そこにはレイが恐れていた
ちんまりとしたシルエットに、オーバーオール姿の可愛らしい少女が一人、ジトーとした目でレイを見ている。
「
「ア、アリスこれは、その」
「レイ、またサボり」
ご主人様の姿を見つけ駆け寄ってきたロキを優しく抱きかかえる少女。
少しウェーブのかかった銀髪と金眼が特徴的なこの少女の名前はアリス・ラヴクラフト。レイの幼馴染にして、レイにとって頭が上がらない数少ない存在である。
「い、いやぁ、これはサボり等ではなくチョットした休憩でございましてそうでして」
「今朝からずっと事務所が無人、レイがサボってる証拠」
「従業員俺だけなので、所長判断で定休日です」
「働け」
開き直って馬鹿を抜かすレイに辛辣な言葉をぶつけるアリス。流石のレイもこれには思う所があるのか、少し狼狽える。
「ほら、事務所に戻る」
「いででで、もう少し優しく、優しくッ」
そう言ってアリスはレイを連れ戻す為に、小さな手でレイの腕を掴んで引っ張る。
が、レイにとってはそれはとどめの一撃だった。
アリスの掴んだ箇所から、強い痛みが脳へと走って行く。痛みに屈したレイが思わず優しく扱って欲しいと懇願するのをアリスは聞き逃さなかった。
ハッとした表情で振り向いたアリスを見たレイは思わず「ヤベッ」と漏らしてしまう。
「…………レイ、服脱いで」
「断ったら?」
「裂く」
「脱ぎます」
ナイフ片手に言われては従う他ない。貴重な服だ、大切に扱わないと。
ジト目に怒りの感情を含んだアリスに見られながら、慣れた手つきで服を脱ぎ始めるレイ。
レイとアリスにとって、このやり取りは初めてでは無い。故にレイはアリスが何故怒っているかも(若干だが)理解していた。
あっという間に上半身裸になって正座するレイ。
年齢の割には随分と鍛えられた肉体だが、真新しい傷が無数についていては美しさに欠ける。真人間ならドン引きモノだ。
そんなレイの身体を見たアリスは、ただただ深い溜息を一つついたのだった。
「レイ、この間アリスが言った事覚えてる?」
「えぇッと、人参は残さず食べましょう?」
「レイ?」
「ウィ、『非戦闘員が無茶な戦闘をするな』です」
「よろしい」
上半身裸の男が身長146㎝の少女の前で正座している光景は、傍から見れば犯罪の臭いが漂っているが、凡そレイの自業自得なので同情の余地は無い。
レイが口を尖らせて不貞腐れていると、そっとアリスがレイの手を取った。
「服着て、事務所で治療するから。 痛かったら、レイのペースで歩いて」
アリスに言われて服を着て立ち上がるレイ。
さっさと事務所に行こうとするが、レイの右手はアリスに握られたままであった。
「あの、アリスさん? 子供じゃ無いんだから手を離してくれると」
「あっちこっち走り回る子供、レイと同じ」
完全にわんぱく小僧を繋ぎとめる母親の握り方である。
女の子に手を握られてここまで心ときめかないシチュエーションがあるだろうか?
三流喜劇でももう少しマシな演出をすると、レイは心の中で叫ぶのであった。
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