白銀のヒーローソウル【WEB版】
鴨山兄助
第一章:輝く光の魂
Page00:獣を操る者たちへ
飛竜が飛ぶ空、魔狼が駆ける大地、そしてそれ等と自称共存する人間。
そんな憎たらしい程に何時もの光景を望遠鏡越しに眺める。
北の繁華街を見やれば婦人と談笑する花屋の主人。
東の森を見やれば吞気に昼寝をする魔獣。
西を見やれば剣の鍛錬をする若者たちの姿。
そして……下を見やれば獣と融合しようとする人間の姿が写り込む。
ここは 獣と人間が共存する街『セイラムシティ』。
その中央に位置するギルド本部の屋上から街を眺める二つの影が在った。
「変わらないな、他人に任せて享受した平和なのに、呑気に謳歌する
少し癖のある赤髪を風に揺らす影の片割れ。
望遠鏡越しに街を見渡している一人の少年、レイ・クロウリーが吐き捨てる。
「変わらぬさ、いつの時代も人の
「……なのに助けようと思う辺り、ヒーローって分かんねぇな」
レイの隣で巨大な銀馬スレイプニルが、レイの吐露に相槌を打つ。
この街には【ヒーロー】と呼ばれる男がいた。
彼は誰よりも強く、誰よりも心優しく、目の前で傷つく生命を放ってはおけない……そんな男だった。
故にセイラムシティの住民は彼を慕い、集い、尊敬し、いつしか彼に【ヒーロー】の称号を与えた。
レイとスレイプニルは、そんなヒーローの姿をすぐ近くで見続けて来た。
人を守り、獣を守り、街を守ったという英雄譚を見続けて来た。
……その結果、ヒーローの最期も見てしまった。
「何だかんだ言っても、最後に街に裏切られたら世話ないのにな」
どれだけ必死になって人や獣を守ったところで、最後に裏切られ殺されてしまえば何の価値も無くなってしまう。
セイラムシティを眺めるレイは、そう思わざるを得なかった。
セイラムシティは今日も平穏である。
ヒーローによって守られた安寧の元に暮らす人々……しかしそのヒーローを死なせたのもまた、彼らである。
非業の死を遂げた英雄と言えば聞こえは良い。
だが、その英雄に全ての平穏を任せた事実を時と共に風化させてしまうのも人間である。
沈黙するならまだ良い方、中にはヒーローの後釜を狙う者たちもいる。
純然たる憧れからなら始末に負えない。そう言う者ほど、真実から目を背け盲信するという事を、レイは嫌という程理解してしまっている。
「何で皆憧れるんだろうなァ?」
「それも、
「だとすれば人間は、相当なアホ種族だな」
力を得て英雄と成って、賞賛を浴びた先には破滅が残る。
そんな分かりきった結果を追い求める様は、レイにとって嘲笑の対象でしかなかった。
「ならばそう言ってヒーローに憧れるお前は、その上を行く愚者だぞ」
望遠鏡から目を逸らし、視線をスレイプニルに向けるレイ。
図星を突かれたのか、どこか不機嫌な表情を浮かべ……どこか濁った眼を見せている。
「矛盾、だよなぁ……解ってはいるさ、馬鹿馬鹿しい夢だって」
少し唇を噛みながら、レイは言葉を続ける。
「けどな解りたいんだよ、ヒーローって何だったのか、何で最期までヒーローをやろうとしてたのかとか……解った上で、守りたいんだよ」
「何をだ?」
「…………意志を」
スレイプニルは「そうか」と小さく呟いて返す。
「その為にお前は力を欲するのか? 無能と解りきった身体に、分不相応にも【王】の力を願い叫ぶのか?」
「解りきってるじゃねぇか」
「お前が何度も叫んだからな」
「だったら」と言って、レイはスレイプニルに手を差し出す。
「一秒でも早く寄越せよ、お前の
レイは濁った視線でスレイプニルを睨む。強欲だとか、渇望だとか、そう言った感情が含まれ過ぎた眼だった。
そんな視線を受けても、スレイプニルの表情は涼やかなものだった。
獅子が蟻に脅えることが無いように、動じること無く凜と在る。
それは強者……否、王者の風格であった。
「我の問いに満足いく答えを出すならば、我もやぶさかでは無いのだがな」
「それが出てたら苦労しないッつーの」
項垂れてため息をつくレイ。
両者にとって、もう何度目か分らなくなったこのやり取り。
スレイプニルの出したものはシンプルな問いだ。
――先代を超えるヒーローとは何か?――
他の者、ヒーローに憧れを抱いた有象無象なら即座に安っぽい答えを出すであろう問い。
だが、ヒーローを見て来たレイだからこそ、矛盾を内包したレイだからこそ、この問いは難しすぎた。
「やっぱり、出来る事からやっていかないとだな」
そう言ってレイは再び望遠鏡越しに街を見渡し始めた。
なにも変わらない。
街も、組織も、心も。
闇と諦めと絶望で濁ったレイの眼も。
それでもレイはその眼で探し続ける。
彼がこの街を守った意味を、自分がヒーローと成る為に必要な何かを……そして、ヒーローの意志を踏みにじろうとする悪意を。
しばし望遠鏡を覗いていると、下から女の声が聞こえてくる。「やかましいな」と思いつつ、思わずレイは望遠鏡を下に向けた。
写り込んだのはレイと同じ赤髪の少女。
元気が溢れすぎているのか、両腕を高く上げて気合を入れている。
そして腰からは、十字架を付けた小さな本をぶら下げている。
本を見た瞬間レイは確信した。
彼女もまた、ヒーローを妄信して目指している馬鹿なんだろうと。
そんなレイの後ろから、スレイプニルが問いかけてきた。
「何が見える?」
望遠鏡の先には先程の少女に加えて、その仲間であろう人間が二人。
いずれも腰から小さな本をぶら下げている。
彼らを見下ろしながら、レイは吐き捨てるように問いに答えた。
「獣を操る奴ら」
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