Hey!JUDO!

冷門 風之助 

その壱


『まずは契約書を読んでください』

 俺はデスクの後ろにあるキャビネットのホルダーから、契約書を取ってくると、ソファに腰かけている彼女に手渡しながら、しげしげと顔を見つめた。

 俺の前にいるのは外国人、ブロンドであおい眼、肌は抜けるように白い。それを濃紺のスーツと、幾分クリーム色がかった白のブラウスに包んでいる。タイトスカートから伸びた足もしなやかで、それをぴったりした黒いストッキングが覆っていた。

 身長は割とあるようだが、体型はどちらかといえばスリムである。

化粧も殆どしていない。口紅も淡いピンク色に抑えてあり、アクセサリーも細い銀のネックレスだけだ。

(ブロンド女はグラマーで派手好みというのは、あれはハリウッドが作った都市伝説だったか)俺はそう思いながら、彼女から渡された名刺を見た。

『T学園鷹見が丘国際高等学校教師、マーガレット・ハリソン』とあり、

『私はそこで現代国語と古文を教えています』

 全くよどみのない、どこから見ても、いや、ことによるとそれ以上に流ちょうな日本語で付け加えた。

 彼女は俺が何を考えているのか察したのだろう。

『生まれは英国のグラスゴーですけど、2歳と3か月の時に日本に父の仕事の都合で来て、それ以来ずっとこちらで暮らしています』

 英国には学校が休みの時に帰るくらいで、1年の大半を日本で過ごした。

 お陰で今では英語よりも日本語の方が得意になってしまった。と、小さく笑った。

 大学も日本の大学を卒業し、国文学を専攻して、教員の資格を取った。

日本は何もかも好きでたまらない。

 だが、中でも彼女を魅了したものがある。

 それは武道、特に柔道だ。

 小学校高学年の頃に自宅近くにあった道場に通い始めたのがきっかけで、その後中学、高校、大学と柔道をやり、参段まで取ったという。

 武道、特にオリンピックの種目であるところの柔道をやる外国人は、今では日本人なんかより競技人口が遥かに多いくらいだが、日本国内で段位を取っているという例は、昔ならともかく、今ではあまりいないのではないか。

彼女に言わせれば、

『柔道は日本の、それも講道館から允許いんきょされた(「インキョ」と、彼女ははっきりそう発音した)ものが最高であって、それ以外は価値がないと思っています』だそうだ。

『それはそうと、肝心の御依頼内容はなんです?』

『貴方は陸上自衛隊にいらしたんでしょ?柔道は四段で、他にも徒手格闘としゅかくとう日本拳法にほんけんぽうが三段、銃剣道じゅうけんどう短剣道たんけんどうが二段・・・・・』

俺は目を丸くした。

『ちょっと待ってください。その辺りの履歴については、一切公開してない筈ですが?それに私はただの探偵で、柔道を始め武道はという程度に過ぎません。』

『五十嵐真理さん、ご存知ですか?彼女、私の高校時代からの親友なんです』

 やれやれ、あの警視殿か・・・・。俺は心の中でため息をついた。

 随分おしゃべりな警察官おまわりだな。

『でも、マリーを責めないでください。私が無理を言って聞き出したんですから』彼女は慌ててそう付け加えた。

 こんなところも極めて日本的である。

『単刀直入に申し上げます。私の学校の柔道同好会を強くして頂きたいんです。それが依頼の主旨です』




 

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