異世界山田

へろりん

第1話 教室の山田

 昼食を食べた後の午後の授業というのは、とかく眠いものだ。

 それがわけのわからん古文の授業とくれば、もう「おやすみなさい」と言われているのと同義である。

 この世界のほとんどの中学二年生と同じく、俺が緊張感のないあほ面を晒して夢とうつつの間を行ったり来たりしていると、それを見とがめた先生に、


「山田、次のところ読んでみろ」


 なんて当てられるのも、風物詩というかデフォというか、まあそんな感じな

わけだ。

 付け加えると、先生の言った「次のところ」が皆目わからないのもお約束で、必死こいて夢の中で聞いた先生の子守歌的言の葉ことのはを手繰り寄せようと古文の教科書とにらめっこしても、俺の海馬からは「記憶にございません」なんて国会答弁的な答えしか返って来ないわけである。

 仕方なく「えー」とか「うー」とか古語でも現代語でもない言語を口から垂れ流すしかないのだが、これはこれでかっこ悪いというか、恥ずかしいというか、とにかくいたたまれない。

 先生、みんなの視線が痛いです。


「どうした? 山田」

「いや、えーと」

「異世界じゃ、古文の授業はなかったのか?」


 先生の嫌味に、クラスメートの間でクスクス笑いが起きる。


「いえ、そういうわけじゃ」


 しどろもどろで俺が言い訳しようとすると、


「先生! 山田は異世界じゃ『数学の山田』って言われてたんです!」


 クラスのお調子者の台詞で、教室がどっと笑いに包まれる。

 わざわざ挙手して言うことかよ。


「なるほど。異世界じゃ数学は習っても、古文は教えてもらってないわけだ」

「いや、あの……」

「どうなんだ? 『異世界山田』」


 また、教室中がどっとわく。

 あふれる笑いの渦の中、俺は黙ってうつむくしかなかった。

 もう、異世界に帰りたい。


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