來夢と雪也(1)


 夜風に乗って舞い落ちてくる白いものを來夢はそっと手で掴んだ。


 花びらだった。


 昔叔母が來夢に言った言葉を思い出した。


『もしかすると來夢ちゃんの能力はあの子を探すために……』


 将樹を心から愛し始めたとき、來夢の能力は自然と消えていった。


 もう雪也が必要ないとでもいうように。


 世界で來夢に1番近い存在の雪也は、來夢と同じ能力を持っていたのかも知れない。


 來夢の手を跳ね除けるという力を。


 誘われるように風が吹いてくる方へと歩いていくと、1本の桜の木があった。


 他の桜の木々は全て散ってしまっているのに、その木だけは満開だった。


 來夢が木の下にくると強い風が吹いた。


 いっせいに花びらが散る。


 自分を埋め尽くすように舞い落ちる花びらは、來夢には雪に見えた。


 温かい雪だった。


「雪也」


 來夢は風ごと雪を搔き抱いた。


「雪也」


 來夢はこのとき知った。


『一緒に死のう』


 何度も雪也が囁いたその言葉は、本当であって嘘だったのだと。


「わたしは雪也とだったら一緒に地獄に生きてもよかったのに、雪也と一緒だったら本当に死んでもよかったのに」


 その時來夢の手が熱く疼いた。





 明け方になって玄関で物音がした。


 しばらくすると寝室の扉が開く音がする。


「将樹」


 ベッドの端に腰掛けた将樹は背中で來夢の声を聞いた。


「どこまでが本当の話?」


 将樹は答えなかった。


「雪也は将樹が殺したのでもなければ、事故でもないよね」


「事故だったよ、いや俺が殺した」


 将樹は沈黙する。


 やがて低い声で呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る