第3話 夢見るものは
「遼」
「おっけー、メル。じゃあな」
だべっていた友達に別れを告げ、遼はメルの隣に並んで歩く。
「なあ、今なんか浮かんでる?」
「うん。聞いて」
「おうとも。こっちも大体できてるからな」
「そう。楽しみにしてる」
二人は笑い合いながら歩いていく。
「――――――――」
メルが歌を歌っている。
持ち前のきれいな声で、生き生きと。
思いを詩に変えて、自然と浮かんだ旋律に乗せる。
真摯で澄んだ彼女の言葉は、祈りを告げる祝詞じみていて。
内に秘められた思いを、受け取らずにはいられなかった。
「どうだった?」
歌い終えて、メルが遼に意見を求める。
「すごくよかった。だけど、途中の…この部分」
遼はにこやかに答えながら、キーボードで気になった箇所を抜き出す。
「ああ、―――」
メルはそこだけをもう一度歌う。
「そう。ここは…こうか、…こんなふうにしたほうがいいと思う」
遼がメロディーを奏で、メルがそれに乗せて歌う。
それは確かに、先ほどのものより良くなっていた。
話し合い、時には対立しながら、同じようなことをほかの部分でもやっていると、もう日は傾いていて、すっかり夕暮れ時になっていた。
「―――――――――」
最後に、修正された曲を二人で合わせる。
メルが歌い、遼が奏でる。
二人は本当に息ぴったりで、音を外すことは勿論、ペースがずれることさえなかった。
自分たちがもともと一人の人間だったかのような、溶け合うような奇妙な感覚があった。
「それじゃ、帰ろう」
片づけを済ませ、メルが振り返る。
「…?遼、どうしたの?」
驚いた顔で、少し心配した様子で遼を見つめている。
「え?どうしたって、何が?」
心当たりがない、と遼は戸惑う。
「だって」
メルが目元へ手をやる。
つられて遼も手を動かした。
「え、濡れてる?」
その時、初めて遼は自分が泣いていることに気が付いた。
よく見れば視界もぼやけている。
なんでだ?泣くようなことがあったか?
そう思いながらメルを見ると、急にこみあげてくるものがあった。
「ちょっ、遼。大丈夫?」
懐かしさ、寂しさ、不安。当てはまる言葉はわからない。
けれど急にメルが愛おしくなって、気付いたら抱きしめていた。
「わあっ、遼。なに、どうしたの!?」
びっくりして珍しく慌てている。そんなメルもたまらなく愛しかった。
最初こそ暴れていたものの、遼が震えていることに気づいてからは、やさしく抱き返してきた。
「大丈夫。私はいなくならないから」
それを聞いて、胸に暖かいものが広がった。
錨がしっかりと底に刺さったような安心感。
それを引っ張って確かめてから、遼は抱擁を解いた。
「もう平気?」
「ああ、ありがとな。じゃ、帰ろう」
二人は日没間近の道を進む。
もう、その足が止まることはなかった。
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