夢か現か幻か

凶花睡月

第1話 二人はいつも

 公園で、小さな子供が二人遊んでいる。

「ほらよ。早くこーい」

 一方は元気いっぱいの少年。楽しそうに走っている。鬼ごっこでもしているのだろうか。

「ま、待って…」

 そしてもう一方はちょっと気弱そうな少女。珍しい白い髪と青い瞳。困ったように、一生懸命ついていっている。

 その後、少年は立ち止まって少女を待っていたが、彼女が休憩する時間もとらずに続けて言った。

「よし。それじゃあキャッチボールしようぜ」

「え…。わ、わかった」

 

 それから実に一時間ほど、飽きもせず彼らはボールを投げ合った。

「あ、ごめん!」

 暴投して、

「あ…きゃっ」

 走って思わず掲げた腕にすぽん、と。

「ナイスキャッチ!」

 偶然ボールが飛び込んできたり。

「えいっ」

 少女の投球が、

「おお。ナイスボール」

「そう?…えへへ」

 少しずつ上達していったり。

 その間にいろんなことがあった。


「ふう。結構疲れたな」

「うん。へとへと」

 二人とも芝生の上に座り込み、それが無性におかしくなって笑いあった。

「ちょっと休憩にするか。駄菓子買いに行かね?」

「だがし?」

「あれ、知らない?小学校の裏の駄菓子屋」

 少女は初めて聞いた様子で首を振る。

「じゃあ行こうぜ。安くてうまいんだよ。あそこ」

 少年は少女の手をつかんで走り出す。

「え、待って」

 引っ張られながらも懸命に少女は足を動かした。


 駄菓子屋は昭和の香りを感じさせる雰囲気だった。

 歴史を感じる、言ってしまえばただ古臭いだけの店。

 ただそれゆえに、人の温かみは感じられた。

「よし、ついた。そういえばお前お金持ってるか?」

 今更のように少年が聞く。

「ううん」

 申し訳なさそうに首を振る少女。

「そっか。なら今日は俺が買ってやるよ」

「…ありがとう」

 あっけらかんと言われた言葉に、少女は優しく微笑む。

「なんにしようかな~」

 そういいながら店内を見回す。

 ゼリーにヨーグルトやチョコレート、それにスナック菓子など、多種多様な駄菓子が棚には並んでいる。

 種類が多すぎて、何を買おうかつい迷ってしまう。

「うーん。食べたいのとかあるか?」

 決めかねて少年は傍らの少女のほうを向く。

「……」

 すると、少女はじっと一点を見つめていた。

「みにぷりん?じゃあ、これにするか」

「いいの?」

 ぱちぱちと目を瞬かせる。

「ああ。俺も迷ってたからな。決めてくれて助かったよ」

 そう言って、少年は店の奥に向かって呼びかける。

「おーい。おばちゃーん」

「はーい。ちょっと待っておくれ」

 新聞をたたんで、店主のおばちゃんが出てくる。

 少年はみにぷりんを二つ、会計の台に乗せる。

「これちょうだい」

「はいよ。40円ね」

「いち、に、さん、し…。はい」

「ちょうどだね。気を付けて帰るんだよ」

「ありがとう。おばちゃん」

「ありがとう…ございました」

 二人は見送られながら店の外へ出た。


「いただきます。…おいしい」

「はむ…ん。うまいな、これ」

 公園まで戻った二人は、買った駄菓子を食べていた。

 少年は一気に頬張って、少女は少しずつ味わって。

 きれいに食べ尽くすと、少女は不意に立ち上がった。

「うおっ。どうした」

 目を閉じ、深く呼吸する。

 ただそれだけであたりは静まり、急に生まれた緊張に、少年は口を動かすことができない。

「-―――」

 稚拙な歌だった。

 歌詞もメロディーも意味を成していない。とても上手いとは形容できない。

 だけど、それは綺麗で素直で。

 確かに、少年の心を揺り動かした。


「すごい。すごいよ。お前」

「でも、まだ下手で」

「ううん。すごかったよ。お前」

 感動のあまりすごいすごいと連呼する少年。

 さすがに照れてしまったのか、

「そう?ありがと」

 少女は、困ったようにはにかんだ。

 

 大事なことを思いだした。

「そうだ。お前、なんていうんだ?」

 自然に遊んでいたが、そういえば名前を聞くのもまだだった。

「私は、メル。メル・アイヴィー」

「俺は鈴井遼。りょうって呼んでくれ」

 今になって自己紹介しているのが可笑しくて、少し笑ってしまう。

「りょう。…覚えた」

「おう。メル、よろしくな。また遊ぼうぜ」

「うん。よろしく」

 こうして、彼らは友だちになったのだ。


「今日は、何するの?」

「だるまさんが転んだって、したことある?」

 毎日、遊んで。


「メルはいつもプリン食べるんだな」

「別にいいでしょ」

「好きだなあ」

 一緒にお菓子を食べて・


「―――――」

「どうだった?」

「昨日よりすごかった」

「えへ…ありがと」

 歌を聞いていた。


 そんな日々が続き、当たり前になっていった。

 これがいつまでも続くのだと、信じて疑わなかった。


 だけど。

 終わりは突然やってきた。

「おーい。遊ぼうぜ」

 いつもの場所にりょうがやってくる。

 だけど、いつも先にいるメルはいない。

「たまには遅くなるか」

 そう思って待つけれど、来ない。

 とうとうそのまま日が暮れてきた。

「今日は来ないのかなあ」

 なんていいながら、あきらめきれずにもう一時間くらい待っていた。


「遊ぼうぜ」

 次の日も。

「メル―」

 その次の日も。

「何があったんだよ…」

 一週間待っても、彼女は来なかった。

 さすがに心配になって、りょうは悩み始める。

「病気か?でもあんなに元気だったのに。交通事故に遭ったとか?」

 考えれば考えるほど、不安は増していく一方だった。

「もしかしたら引っ越したのかな。何も言ってなかったけど」

 もう二度と会えないんじゃないか。そんな予感がして、いても立ってもいられなくなる。

 そんなことは嫌だから、認められないから、否定するために走り出す。

 向かったのは駄菓子屋。ここのおばちゃんなら、このあたりのことをたいてい知っているはず。メルの家のこともきっとわかるに違いない。

「おばちゃん!」

「はーい。なに、どうしたの」

「この間まで俺と一緒に来てた女の子。メルのことなんか知らないか?」

 引っ越しや事故があれば必ず知っているはず。

「女の子?りょうはいつも一人で来てたじゃないか」

 だが、おばちゃんは首をかしげてそう言った。

「いや、俺は毎日メルと一緒に来てたって」

 からかっているのだと信じてもう一度問いかける。

「りょう。大丈夫かい?頭打ったんじゃねえか?」

 だけど、おばちゃんは本気で心配した感じでこちらを見ていた。


 ほかの人にも聞いて回ったが、みんな口をそろえて知らないと言った。

「メル。どこに行っちゃったんだよ」

 つい口から洩れる溜息。不安は募るばかりだ。

「そうだ。写真を見せればみんな思い出すはずだ」

 希望を見つけてすぐさま飛びつく。

 もう手段を選んでいられない。

だけど。

「嘘、だろ…」

 彼女と二人で撮ったはずの写真には、左に不自然なスペースを空けて、りょう一人しか写っていなかった。

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