第1章 冒険者生活を始める。

第6話 生活レベルの違いに戸惑う


──アヴラムは[フェブラ]の街にやって来た。


 聖都市[ビヴロスト]を離れ、徒歩で一日ほど掛かる場所にあるこの街は、聖都市ほどではないが十分に大きく、ありとあらゆるものが揃っている。むしろ聖都市の整然とした街と比べると雑多でより多くのものが売っており、賑わいを見せているぐらいだ。

 アヴラムはこの街を拠点に生活をすることに決めたのだが、これが初めての一人暮らしであり、騎士として色々と経験をしてきてはいるが不安がある。十歳から聖騎士団の一員として集団生活の中で自立しているとはいえ、アヴラムはまだ成人年齢と言われる十五歳にも満たない十四歳であり、人生経験には乏しいのだ。

 頼れる人が身近にいるわけではなく、どうすれば良いのか分からないアヴラムは、とりあえずは街を見て回ることにした。


■■■


 どうやら自分の所持金はかなり多いようだ。


 所属していた聖騎士団の給料は幸いにも、一般人より遥かに高かったらしい。仮にも聖騎士団で活躍してきたので、特別報酬もあってかなりの額だったみたいである。

 これまでお金を使う機会と言うと、自身の装備を揃えるときぐらいにしか使っていなかったことも大きいのだろう。

 断言出来ないのは先ほど知ったばかりであり、まだ信じられないからだ。城を出た時はお金を僅かばかりしか持っていないと思っていたのだが、それは単に枚数が少ないだけであり、実際に自分の持っているお金の価値を知ると驚くことになった。


──これは露店で食べ物を買おうとした時のこと。


「おっちゃん、これを貰えるか?」


「まいど!一本で銀貨一枚だよ!」


「なら2本もらおう。このお金で大丈夫か?」


「ああ、金貨ね。はいはい、まいどあ……り!?」


 支払われたお金を確認した店主は目を丸くする。

 自分が払った金貨はただの金貨とは違い、聖金貨と呼ばれる価値が高いものなのだそうだ。見た目は金貨を一回り大きくし、聖騎士団の紋章が刻まれている代物だが、一般の生活で見ることなどまずないらしい。


「こんなことも知らないで今まで生きてきたなんて、どこぞのお坊っちゃまなのか?」


「そういう訳ではないのですが……」


 お釣りを払うことが出来ないので、店主にお金を返される。

 しかし聖金貨が、そこまで価値が高いとは思えないので、話をよくよく聞くと本当に聖金貨の価値は高いらしい。

 聖金貨1枚は普通の金貨の百枚分に相当するらしく、銀貨にすると千枚、銅貨にすると一万枚になることが分かった。

 これまで武器を揃える為にしかお金を使わず聖金貨しか使っていなかったので、それぞれのお金の価値は分からないが、銀貨が取引の主流と聞くと、いかに自分が世間知らずだったかが分かる。

 確かにそんなお金を露店で出されても困るのは仕方がないだろう。なのでまずはお金を換金すべく、聖金貨が使えそうなお店を探しに行くことにした。


 しばらくお店を見て回り見つけたのは武器屋だ。


 普段、唯一お金を使っていたのは武器を含めた装備品である。なので武器屋なら高額の商品も、お釣りで払うお金もあると見込んだからだ。

 それに装備品が没収され新しい装備を必要としていることもあり、ここで何かを買ってお金を使い、お釣りを手に入れられれば丁度よいだろう。

 普通は教会か冒険者ギルドにてお金を交換するそうなのだが、教会はもっての他だし、冒険者ギルドも昨日の今日で教会から何か手を回されている可能性があるので躊躇われる。

 消去法で武器屋に来たのだが、これまでは聖騎士団に直接来る商人に頼っていたので、普通の武器屋には来たことが無い。なのでまずは、どんなものが売ってあるのかを見て回る。


……結論から言うと、ろくなものが売っていない。


 普通の冒険者の程度は分からないが、このような武器を使っていたら、ろくにAランクの魔物を相手にすることが出来ないだろう。

 店頭に並んでいるものでは満足出来る物が無かったので、『もっと良いものはないのか? せめて今持っている短剣と同等の質のものが欲しい』と店主に聞くと、『そんな良いものは聖都市にならあるかもしれないがフェブラの街には無いだろう』と言われてしまった。

 逆に店主から『その短剣を売ってくれ!』と頼まれるが、これを失うと武器が無くなり流石にまずいので断る。

 武器だけでなく鎧などの防具もみたが、作りが甘くてこんな物では直ぐに使い物にならないようになるだろう。

 こういう現実を見ると、聖騎士団は恵まれていたのだなと改めて思うがそうはいってられない。

 いつまでも短剣では心もと無く、武器が手に入らないというのは死活問題になる。なので今後、ドワーフの街にでも行って専用の武器でも作って貰う必要が有るのかもしれない。


 買いたいものが見当たらないので、改めて店主に聞くことにした。


「この店で一番高い商品は何ですか?」


「お前さんが使ってる短剣に釣り合う防具や武器はこの店には置いていないが、そうだな……アイテムバックはどうだ?」


「アイテムバック?」


「なんだお前さん、アイテムバックも知らないのか?」


「いえ俺は使ったことはないですけど、他の人が素材の回収に使っていたので知っています。素材が一杯入るように魔法が掛けられたバックですよね?」


「そうか、お前さんぐらいの装備の持ち主にもなるとサポーターがいるか。流石にそのサポーターが持っていたような質の高さは無いだろうが、ここにあるのも一般の冒険者には喉から手が出るほど欲しい代物だぞ」


「なら、それを貰います」


「即決か……流石だな。因みに金貨八十枚だぞ?」


「これで」


 聖金貨一枚を差し出す。これでお釣りは金貨二十枚だ。


「聖金貨か……とことんだなお前さん」


 こうして装備を揃えることは出来なかったのだが、店で一番高かったアイテムバックを買い、お釣りの金貨を手にいれることは出来た。なのでこれで、他の店でもお金を使うことが出来る。

 しかしこれから何を始めるにしても、寝床を確保しておかなければ後で困ることになりそうだと気付き、まずは宿屋を目指すことにする。

 家を買えば良いのではないかとも思ったが、流石にそれをするとお金が底をつくので止めた。まだお金を稼ぐ手段も見つけていないのに、そんな早まった行為はしない方がいいだろう。


 街を見て回り、良さそうな宿屋を見つけたので中に入る。そしてそのままカウンターに行くと、亭主らしき人に声をかけられた。


「いらっしゃい! 宿泊かい? それとも食事かな?」


 どうやらここは宿泊のみならず、食事も提供しているみたいで、食事だけ食べることも出来るみたいだ。

 そういえば城を出てから何も口にしていないので、どうせなら食事も頂くことにする。


「両方でお願いします。それとしばらくの間、この宿でお世話になろうと思っているのですが連泊しても問題ないですか?」


「おっ! お兄さん冒険者なのかい?」


「いえ、そういうわけではないのですが……」


 素直に答えるわけにもいかないので、身の上の説明に困る。


「なんだい訳ありか? ことによっては、うちは宿泊お断りだよ」


「いえいえ、ただ無職になった挙げ句に家も追い出されたので、仕事を探しにフェブラリの街へやって来たのです」


 とりあえず嘘は言ってないがこれでごまかせるだろうか?


「なんだよそういうことか。それならそうと早く言いな! この街には夢見る若者が多くやって来るんだ。お兄さんも聖騎士団の一員になろうって口だろ? 聖都市にビビってこっちならって冒険者を始める奴も多いがな!」


 変な誤解をしているが、何とか誤魔化せたみたいだ。

 亭主の話によると、聖騎士団に憧れるやつは多いが実際に入れる人は少ない。そして、そもそも入団試験を受ける前にビビってしまう人も多いみたいで、そういう人達の受け皿にこの街はなっているとのことだ。

 なのでこの宿にも夢半ばの冒険者がよくやって来るので、自分のこともその一人だと思ったらしい。


 ここの亭主も宿屋を始める前は聖騎士団にいたと自慢されたが、自分が所属する前のことなので全く知らない。だが聖騎士団を目指す後輩だと思われて、上から目線で喋られるようになった。


「へぇー、そうなんですね。自分は別に聖騎士団を目指してやって来た訳ではないのですが……」


 むしろ聖騎士団にこれ以上関わりたいと思わない。


「はっはっ! 皆初めはそういうんだよ、冒険者を初めて調子にのった奴が、聖騎士団の入団試験を受けるなんて、よくあることだぞ!」


 実際にそのような冒険者は多くいるのだろうが、俺は例外だと言えるはずもなく、とりあえずは愛想笑いして受け流した。


「はぁ、それでここは一泊いくらなんですか?」


「ああ、そうだったな。えーと、食事ありの場合は一泊が銀貨四枚だ。連泊するなら安くなるがどうする?」


「それではとりあえず十連泊でお願いします」


「ほいきた、なら金貨三枚にしといてやるよ! 金貨一枚はお前さんの新生活への手向けだな。それと延長する場合は、最終日の前日までに言ってくれたらこれからも安くなるぞ!」


 金貨一枚も値引きをしてくれるとは気前が良いことだと、気分を良くして部屋に入ったのだが、後で亭主──プラトンと仲良くなり聞いた話によると、最初の価格は冒険者などの旅人価格で、後の価格が適正価格だそうだ。

 客の気分も良くして身を切るわけでもない、なんとも商売上手なことだ。

 しかしこれで新たな生活の拠点が出来た。どれだけこの街にいるのかは分からないが、拠点が出来ることは重要だろう。

 勇者一向を抜けて、自分は自分のやり方で魔王を倒そうと決意したのは良いが、まだまだ先は長い。一人になって何をしていけばいいのかまだわからないが、とりあえず使うだけではお金は無くなるので、何か仕事をするべきだ。



 こうしてアヴラムは、明日はまず仕事を探すとしようと決意するのであった。

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