第78話 空太の気持ち 2
「好きではない、親友だ、そんな薄っぺらい言葉を何度聞いたところで、アナタと風見さんが仲良くしている姿を何度も見せられたら、もしかしたらと思うに決まっていますわ。今はそうでなくても、この先はと考えてもおかしくはありません」
「そ、そうかな?」
「理由はどうあれ、アナタが見ているのはいつも風見さんばかり。自分だって傍にいるのに、ちっともこっちを見てくれない。あの子はそんな劣等感を抱えながら、アナタの傍に居続けたのですよ。これを辛いと言わずに何と言いますか!」
いやいや、そんな大袈裟な……
うーん、でも空太の前で、いつも壮一や琴音ちゃんの話ばかりしていたことは事実だし。そういえば前に、あな恋におけるアンタのお気に入り度は、旭様や壮一よりも下だったとも言ったっけ。今思えばそれって、かなり酷いことなんじゃ。
「アナタはあの子の気持ちを考えたことがありますか?愛とは見返りを求めないものと言いますが、それを盾に尽くしてくれる相手を蔑ろにして良いものではございません。それを分からないような人は、愛される資格も無いのです。恥を知りなさい!」
ぐはぁっ!な、何だかナイフで胸をえぐられたような痛みが走った気がする。悔しいけど、言っていることは間違っていないと思う。ま、まさか御門さんに正論を説かれる日が来るなんて……
「あの、今日の御門さんどうしたの?何だか言っていることがらしくないような?」
「それはですね、御門様は最近、恋愛小説や男を落とすマニュアル本を読むのに夢中なのですよ」
「自分も彼氏を作りたいと、必死になっているのです。今言ったことは、全てそれらの受け売りでございます」
琴音ちゃん達の話し声が聞こえてきて、御門さんの熱弁のからくりは分かった。しかし受け売りといっても、今のアタシには重く響いたよ。
空太は今まで、そんな気持ちを抱えていたって言うの?アタシはそれに気づきもしないで、壮一と琴音ちゃんをくっつけるのを手伝わさせたり、あな恋の事を語ったり。何かと良いように空太を振り回していたけど、それってどうなんだろう?
「春乃宮さん、アナタはもう少し、愛というものの重さを分かった方が良いですわね。なんならわたくしがご指導してあげましょうか?おーほっほっほ」
痛い所を付かれまくって、がっくりと肩を落とす。思えばアタシは、壮一の想いにも気づいていなかったし、確かに人の気持ちに鈍感で最低な女なのかも。
ただ、それはそれとして、これだけは言っておきたいことが一つ。
「御門さんが言ってることは正しいけどさあ……その好きって気持ちを利用して嫌がらせしてきたよね!壮一と琴音ちゃんを閉じ込めてくっつけさせて、アタシを傷つけさせようとしてさあ!」
「それとこれとは別ですわ。あの事については、もう良いではございませんか。あれのせいでわたくしも、罰掃除なんてするはめになったのですから」
よくもぬけぬけと。だいたい、その罰掃除だってサボってるじゃない。
するとどうやら琴音ちゃんも同じことを思ったらしく、おずおずと意見する。
「御門さん、掃除はちゃんとした方がいいんじゃないかなあ。後で先生に怒られるよ」
「倉田さん、庶民のアナタには分からないでしょうけど。わたくし、産まれてこのかた掃除などしたことがございません」
何を自慢げに胸をはってるの?しようよ掃除くらい!
「掃除はいつも私と牧さんがやっているのです。御門様は、箒一つ持ったことがございません」
「使った物の後片付けは勿論、起こした揉め事の後始末も、全て人任せにございます」
甘やかすな!アンタらがそんなだから、御門様がこんなダメ人間になっちゃったんじゃないの?
捻曲がった根性を叩き直すためにも、今回くらいはちゃんと罰を受けさせようよ!
「とにかくそういうわけですわ。分かりましたか?」
「分かんないよ!」
「理解の遅い人ですわねえ……はっ、あれは?鳥さん牧さん、隠れますわよ!」
「「はい、御門様」」
どうしたんだろう?話の途中だと言うのに、何故か御門さん達はベンチの裏にしゃがんで、身を隠し始めた。
何だろうと首を傾げたけど、その理由はすぐに分かった。
「くぉらあーーっ!御門一味はどこだーっ!」
御門一味って……
声を荒立てて校舎から出てきたのは、お上品な先生や生徒の揃う春乃宮学園では珍しい、昭和の熱血教師のような生活指導の先生。学園の先生達が軒並み御門家を恐れて注意できない中、あの人だけは毎回鬼の形相で怒っている。
そんな先生は今も、竹刀を片手に、顔を真っ赤にさせながら叫んでいる。
「俺から逃げられると思うなーっ!掃除をサボった分、説教も追加してくれるーっ!」
ああ、だいたい話が読めてきた。
御門さん達に掃除の罰を与えたのは、あの先生なのだろう。
隠れている御門さんに目をやると、口に指を当てて、静かにしてろと言わんばかりの目でこっちを見ている。
「ねえ、隠れてないで出て行ったら?逃げ出したくなる気もちも分かるけどさあ」
「後で余計に怒られちゃうよ。ちゃんと謝れば、きっと許してくれるよ」
「お黙りなさい!許してくれる?倉田さん、アナタは何も分かっていませんわ。あんなに怒っている以上、謝ってもどうにもならないと言うのは、わたくしが一番よく知っているのです!」
「御門様の言う通りです。入学以来、ずっと絞られてきましたからね」
「遠足でも、文化祭でも、毎回怒られてきました。場数が違いますわ」
何を言っているんだ。そんなに怒られているのなら、何故に騒ぎを起こすのを止めない?そのせいでアタシ達だって散々迷惑してるんだからね。
よし、ここは一つ盛大に怒られて、心を入れ換えてもらうとしよう。
「センセーイ、御門さん達ならここにいまーす!」
「ちょっと、春乃宮さん!?」
慌てた声を上げる御門さん。しかしその時には既に先生の目はこちらにロックオンされていた。
「そこにいたかあーーーっ!」
「ーーッ!鳥さん牧さん、逃げますわよ!」
「「はい、御門様!」」
一目散に走り出す御門さん達と、それを追いかける先生。
「待て貴様あーーーっ!」
「ええい、しつこい男は嫌われますわよ。春乃宮さん、この落とし前はいずれつけさせてもらいます!」
捨て台詞を吐きながら、駆けていく御門さん達。だけど途中で牧さんの足がもつれて転んでいる。捕まるのも時間の問題だろう。
「ちょっと可哀想だけど、あれで良かったのかなあ?」
「良いんじゃないの?どのみち午後の授業が始まる時には、教室に先回りされて捕まってたよ。そんなことより……」
気になってしまうのは空太のこと。
御門さんの言うことはほとんどが無茶苦茶だけど、空太の気持ちに気付かずに傷つけていたってことだけは、そうなのかもと思ってしまう。
キツい言い方だったけど、無遠慮に言ってもらえたお陰で、自覚することができた。そこだけは感謝だ。
「空太、今までどんな気持ちでアタシと接してきたんだろう?」
「それは……やっぱり本人に聞いてみないと分からないんじゃないかな?昨日は上手く話せなかったけど、またチャレンジしてみた方が良いよ」
「でも、喧嘩した後だしねえ。素直に話してくれるとも思えないんだけど?」
「そうとは限らないよ。話しているうちに、素直になることだってあるかもしれないし。旭ちゃんもね」
「えっ、アタシも?」
アタシの素直な気持ちかあ……今はまだ全然分からないや。
「空太君のことは私に任せて。悪いようにはしないから」
「琴音ちゃん……」
空太の本当の胸の内も、自分の気持ちもまだ分かってない。だけどどうやらいい加減、腹をくくる必要がありそうだ。
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