第76話 壮一の気持ち、アタシの気持ち 3

 壮一は返事の前も後も表情一つ変えず、ずっと黙ったまま。アタシも何も言うことができなくて重い沈黙が続いていたけど、やがて壮一が語り出す。


「ちょっと意外だったよ。旭のことだから俺に気を使って、『はい』って答えるかと思ってた」

「それは思ったよ。でもね、そんなうわべだけの答えなんて、本当は望んでいないんでしょ」


 壮一はそんなもので満足したりしない。本当に欲しいと思ったものは、例え無様でもなんとしても手に入れようともがくような人だ。そんな壮一が、形だけの彼女で満足するはずがない。


「ここで付き合うのを選ぶのは簡単よ。今までやって来たことの罪滅ぼしを考えたら、そっちの方がいいのかも。でも、それじゃあダメなの」

「俺がこんなにも頼んでいるのに?」

「本当に申し訳ないとは思う。でも、責任感とか、申し訳なさで結ばれる愛なんて、本物の愛じゃ無いじゃない!」


 アタシは握り拳を作り、大きく言い放つ。


「アタシの尊敬する人が言っていたわ。今まで築きあげてきた関係も、大切な物も、全部失ってもいいから、好きな人の隣にいたいって」


 ちなみにこれらは全部、あな恋で壮一が言っていたこと。

 こんな時にまであな恋頼みの口上をするだなんて我ながらどうかと思うけど、最初これを聞いた時には心撃たれたんだ。そんな素晴らしい言葉を引用して何が悪い!

 これくらい、きっと今の壮一だってわかってる。あな恋の壮一とは違うけど、目の前にいる壮一があな恋の彼が言ったことを分かっていないとは、どうしても思えないから。


「だからアタシは、いい加減な気持ちで返事は出来ないよ。壮一だって、本当はわかってるんでしょ?」


 それなのに、わざわざ断り辛くなるような、意地悪な言い方をしてきたのは何故なの?


「ああ、分かってるよ。例えここでOKを貰えたとしても、それじゃあ満足できなかったって。それでも、やっぱりちょっとだけ期待してはいたんだけどね」


 そう言ってはにかんだ顔で笑う。その切ない笑顔を見ると、本当にこれでよかったのかって、やっぱり思ってしまう。壮一はいつだって、アタシを傍で支えてくれていたというのに。

 そんな優しさに甘えて、本当に望んでいた事に気付きもしなかったアタシ。だから……


「ごめん、壮一……」


 だから、この結末は、当然のことなのかもしれない。もう後戻りはできない。アタシは自分の愚かさのせいで、大好きな親友を失くしたんだ。

 頬に一筋の涙が零れる。泣いていい立場じゃないって分かっているのに、止まる事無く涙が溢れ、思わず顔を伏せる。

 それはまるで、壮一の御両親が亡くなった時のよう。あの時もアタシはこうして泣いていたっけ。結局アタシは、壮一を幸せにするって約束を、果たすことは出来なかったなあ……


 ポンッ。


 ふと頭に、柔らかな感触があった。

 驚いて顔を上げると、そこにはいつかと同じように、微笑んでいる壮一がいた。


「泣かないで。旭がどう思っているかは分からなけど、俺はこれでよかったって思ってるから」

「でも……」

「俺さ、フラれた後なのに、何だかすっきりした気分なんだよ。もちろん悲しいって気持ちもあるけど、それ以上に嬉しい。だって旭が、初めて本音をぶつけてくれたんだから」

「壮一……」


 奥歯を噛み締めて、涙をグッとこらえる。本当に辛いのは、壮一の方なんだ。こんな時まで、その優しさに甘えるわけにはいかない。


「アタシ、もっとしっかりから。もう誰かを傷つけたりしないように」

「うん、それで良い。大丈夫、旭ならきっとできるから」


 壮一の言葉が胸に響く。

 やっぱりアタシにとって壮一は、かけがえの無い友達なんだ。例えもう、元の関係には戻れなくても。ずっと……


 こうしてアタシ達の、お互い分かっているようですれ違ってばかりのおかしな関係は終わりを迎えた。

 もう壮一とは、今まで通り気軽に話したりなんてできないだろう。それはやっぱり寂しいけれど、仕方がない。

 もっと強くなって、二人とも気持ちに整理がついたら、その時はまた、並んで歩けるようになれるかな?

 そうできることを信じて、アタシ達は前に進んでいく。





 いつかはまた、並んで歩けるようになりたい。確かにそう思ったよ。でもねえ……


 互いに内にあったものを全てさらけ出し、壮一との関係が変わってしまってから一夜開けて。

 あんなことがあっても、もちろん学校は休みにはならない。当然登校しなければならないわけだけど。


「あのさあ壮一」

「何、旭?」

「アタシ達、どうして一緒に登校しているんだっけ?」

「何言ってるの。いつものことじゃないか」

「だからよ!」


 あんなことがあったと言うのに、どうしていつも通りでいられるのだろう?てっきりギクシャクして、目を会わせるのも難しくなるって思ってたのに。これじゃあ以前と変わらないじゃないの。


「旭がどんな風に考えてたのかは知らないけど、俺は友達をやめる気はないから。失恋はしたけど、それとこれとは別問題でしょ」


 そうは言うけど、そんな簡単に割りきれるの?さらっと失恋してるって認めてるけど、こういうのってもっと後を引くものじゃないのかなあ?


「何なのその顔?納得できてないみたいだけど、心外だなあ。これくらいの図太さがないと、旭の付き人なんてやってられないよ」

「何よそれ!」

「自覚がないみたいだけど、御門さんほどじゃないにせよ、旭も十分周りを振り回す子だから。細かい事をいちいち気にしてから、精神が持たないってこと」

「酷い!」


 訂正、前とは違う所があった。

 今までの壮一は決してこんな意地悪を言ったりはしなかったけど、今日は……


「壮一、何だか口が悪くなってない?」

「かもね。今まではセーブしていたけど、これからは溜め込まずに話すって約束したから。結果的にそうなったのかも」

「ほーう。それじゃあ今までも心の中では、とても口に出せないような事を考えていたってこと?とんだ腹黒じゃない」

「否定はできないかな。こんな俺じゃあ、嫌?」

「……嫌じゃない」


 最初はちょっとビックリしたけど、壮一にならこんな風に悪態を疲れるのも悪くない。

 おっと、アタシにMっ気がある訳じゃないから。本音をぶつけ合えるようになった分、前よりも壮一を近くに感じる気がして嬉しいってこと。


「それにしても意外な一面ね。こんなのあな恋でも……」

「えっ、何って?」

「ううん、何でもない」


 どうやら壮一も、もうあな恋とは別の人格になっているようだ。

 あな恋の壮一は、確かに尊敬できる素晴らしい人だった。今の壮一はそれとは違うけど、それで良いんだ。これこそがアタシが長年共に過ごしてきた、風見壮一その人なのだから。

 最初は旭様がそうであったように、アタシも壮一の親友にならなきゃって思ってたけど、そうはならなかった。でももしかしたらこれからなら、今度こそ本当に親友になれるかもしれない。

 そう考えると、やっぱり嬉しい。


「なに笑ってるの?」

「……何でもない」


 暖かな気持ちを胸にしまう。

 アタシ達は昨日までと同じように、学校へと続く道を歩いて行くのだった。

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