第73話 中等部訪問 2
テニスコートから離れた校庭の隅。ここに着くなり空太はアタシを見てため息をついた。
「ああいう事はやめてよね。変なイメージがついたら、払拭するの大変なんだから」
「別に良いんじゃないの、払拭しなくても。嘘は言ってなかったわけだし」
「それは……ごめん、悪かったとは思ってるよ」
どうだか。女子にちやほやされて、いい気になってたんじゃないの?
「旭ちゃん。空太君もこう言ってることだし、許してあげたら」
うっ、琴音ちゃんに言われると無下には出来ない。だけど、そう簡単に許して調子に乗らせたくはないなあ。
「琴音さんも知ってるんですか?俺が……何をしたか」
「うん、旭ちゃんから聞いて」
「喋ったんだ、まあいいけど。アサ姉」
何より?何か弁明でもするつもりなの?
「あの時はついカッとなってあんなことしちゃったて、申し訳無いとは思うよ。けど、あれが俺の素直な気持ちだから。今まではアサ姉に協力してたけど、これからは……」
「素直な気持ちねえ。その割にはテニス部の子達と仲良くやっていたみたいだけど」
「は?」
急にキョトンとする空太。まさか見られてないと思っていた訳じゃないよね。可愛い後輩達にちやほやされてる所は、ちゃんと見てるんだから。
「琴音さん、どういう事ですか?」
「あのね、空太君さっき、女の子達と仲好さげだったから、それで怒っているんだと」
「はあ?ちょっと待ってよ。何?そんな事で怒ってたの?」
そんな事とはなんだ、乙女心を弄んでおいて。しかし空太は心外だと言わんばかりにアタシを見据え、アタシもそんな空太を見つめ返す。
「確かにキスをしたことは悪いと思うよ。でもさっきの子達は関係ないじゃない。俺はただ、指導してただけだって」
「そう?鼻の下伸ばしてるように見えたけど」
「言いがかりだよ。だいたい……」
空太はチラッと琴音ちゃんの様子を窺って、声を細めた。
「あな恋の俺だって似たようなことはしてたんじゃないの?俺だけじゃなくて、ソウ兄や旭様だって。それなのに俺だけ責められるなんておかしくない?」
う、卑怯だそ。前は今世とあな恋は同じじゃないとか言っておいて、こういう時だけ持ち出すだなんて。
しかしこれでは反論できないのも事実。キスの件はともかくとして、あな恋のキャラクター達はその面倒見の良さから、後輩に慕われる事も少なくなかった。空太がさっきしていたのは、そんな彼らと同じようなこと。あな恋キャラを非難せずに空太だけに難癖つけると言うのは、確かに違うかもしれない。でも、でもね。
「そっちはいいの!見ていて別に嫌だなんて思わなかったんだから」
「何さそれ?そんなのアサ姉のワガママじゃない」
「うるさーい!文句があるなら、指導くらい男女平等にしなさい!」
「やってたよ!でも途中から希望者が女子ばかりになったんだよ」
「……空太、それは下心があるからだって分からない?」
さすがは乙女ゲームの攻略対象キャラクターなだけあって、モテモテなようだ。ゲームのキャラ本人じゃないにせよスペックはほぼ一緒だから、この結果にはうなずけるよ。
「そりゃ分かって無い訳じゃなかったけど……どう注意しても改善しなかったから途中で諦めて……だけどさあ、そもそも何で俺だけダメなのさ?」
「何でって、そりゃあ……」
あれ、何でだっけ?空太の言うように、例えば壮一がこんな感じで後輩を指導していたとしても、『壮一は優しいからね』で片付けてしまうだろう。変な下心なんて無いって分かっているし。けど空太だとそうはならなかった。それって……
「空太は、下心が溢れていたから見ていて不快になったとか?」
「人聞きの悪い事を!」
そう言われてもねえ。それくらいしかこのモヤモヤとした気持ちの答なんて思い浮かばないし。
「何よ、人にキスしておいて」
「だからそれはゴメンって。でも、俺もふざけてしたわけじゃ無いから。アサ姉以外には、あんなことはしないよ……」
「の割には女の子と仲良くしていたけどね」
「だからさあー!」
終わる事無く口論は続いていく。そんなアタシ達を見ながら、琴音ちゃんは困ったような笑いを浮かべていた。
「これは……先に風見君の方を何とかした方が良いかな。それにしても旭ちゃん、迷ってるみたいなこと言ってたけど、もしかしてもう答えは出てるんじゃ……」
琴音ちゃんがこんな風に言ってたけど、空太との言い争いに夢中なアタシの耳には届くことは無かった。
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