第49話 アタシの失敗 2
始業式が終わった後の休み時間、アタシは一人教室で空太当てにメールを打っていた。内容は『壮一と琴音ちゃん、二人きりで会わせることに成功』というもの。すると空太も丁度休み時間だったようで、すぐに返事が返ってきた。
『それは良かったね。ところで、アサ姉の方は調子どうなの?最近琴音さんと会えてないって言って、元気無かったよね』
どうやらアタシの不調は、空太にもバレバレだったようだ。まあ空太は事情知ってるし、隠しても無駄か。アタシは素直な気持ちを文字にする。
『正直ちょっとしんどいかも。けど、これも壮一と琴音ちゃんを幸せにする為なんだから。ちょっとくらい我慢しなくちゃ』
送信すると、またすぐに返事が返ってくる。けどその内容は、ちょっと眉をひそめる物だった。
『何かと言うとそればっかりなんだね。もっと自分の気持ちに正直になって、やりたいようにやったら?何だか最近のアサ姉、アサ姉らしくないよ』
何てことを言うかなこの子は?
そりゃあ自分の気持ちを推し殺しているんだから、アタシらしくないと言うのは分かる。だけどこんな風にそれを突き付けられると、やっぱりちょっとイラっとしてしまう。
何よ、協力してくれるんじゃなかったの?いくら事情を知っていて気心が知れているとはいえ、甘えすぎていたかもと少し後悔する。
『もういいよ。アンタに頼らなくても、一人で何とかしてみせるから。空太のバーカ』
ちょと大人げ無いかな?まあ良いか。一人納得してメールを送信していると……
「旭、ちょっと良いかな?」
「わああっ!」
いつの間にそこにいたのか?背後に来ていた壮一に肩を叩かれたアタシは思わず声を上げてしまった。
「……壮一、脅かさないでよ」
「ごめん。どうしても言っておかなきゃ行けないことがあって。お客さんが来てるよ」
「お客さん?」
いったい誰だろう?促されるまま教室の入り口に目をやると。
(えっ、琴音ちゃん?)
そこにはこちらの様子を窺う琴音ちゃんの姿が。
ああ、最近は隠れてこっそり眺めるだけだったから、こうやって正面から見るのは久しぶりだ。って、そんな事言ってる場合じゃない。
「用があるのって、本当にアタシ?壮一じゃないの?」
「旭であってるよ。本人にも確認済み。さあ、早く行ってあげなよ」
「でも…」
一瞬躊躇ったけど、流石に教室まで来てくれているのに会わないと言うのは無理がある。しぶしぶ立ち上がり、重い足を引きずりながら廊下へと出る。
対峙した琴音ちゃんは何だかモジモジしながら、声を絞り出してくる。
「お、おはよう。旭ちゃん」
「……おはよう」
何ともぎこちない挨拶。前はもっと自然に言葉を交わせていたのに、しばらく会わなかっただけでこうまで変わるものだろうか?いや、これは精神的な部分も大きいかもしれないけど。
「何だか久しぶりだね。夏休み中、ずっと体調崩してたみたいだけど、もう大丈夫なの?」
「お陰様で」
「そっか、良かった。メールしても返事が無いから、心配しちゃった」
「ごめん、でももう平気だから」
「えっと、それでね……」
琴音ちゃんは何かを言おうとしたけど、言葉につまった様子で中々喋り出さない。
しまった。もしかしてアタシの態度が素っ気なさ過ぎて、喋り憎いのかも。どうしよう、別に意地悪したい訳じゃないのに。
焦っていると様子を窺っていた壮一が見かねたように、そっと囁いてくる。
「どうしたの?旭からも何か言うことがあるだろ?」
「言うことって?」
「心配してくれてありがとうとか、夏休みどうしてたかとか。色々あるでしょ」
「そんな事言われても……」
そりゃ確かに言いたい事なんて山ほどあるけど、言うわけにはいかない。何なのこの苦行?
壮一も何後推ししてるの?このままじゃアタシの好感度が上がっちゃうかも知れないんだよ。本当ならアタシが壮一の好感度を上げるために動かなきゃいけないのに、これじゃあアベコベだよ。琴音ちゃんとくっつきたく無いの?
グチャグチャになっていく思考を処理できずに固まっていると、琴音ちゃんが笑顔を作ってくる。
「ごめんね、変な事で呼び出しちゃって。私、もう行くね」
「あっ……」
咄嗟に、何か言わなきゃと思った。だって今の琴音ちゃん、笑っているのに何だか目が切なくて。このままじゃいけないって、思ったよ。けど……
「うん。じゃあまたね」
口から出てきたのはそんな言葉だった。
琴音ちゃんは小さく手をふって踵を返す。するとその背中に向かって、壮一が言った。
「ごめん。旭はまだ、本調子じゃ無いみたい。良かったらまた会いに来てよ。その方がきっと元気出るから」
投げ掛けられた優しい言葉。振り返った琴音ちゃんはやはりどこか寂しげな笑顔で「ありがとう」と告げた後、今度こそ去っていく。
何だろう。最後の二人のやり取りは中々絵になったのだけど、近くで見ていたにも関わらず全然ときめかない。それ以上に大きなモヤモヤが、心を支配している気がする。
胸に手を当てて悩んでいると、今度は壮一がこっちを向いてきた。けど。
「壮一……?」
向けられた目は、怒っているような悲しんでいるような、何とも形容し難いもの。長い付き合いだけど、壮一がこんな顔をしたことなんて見たことがない。
戸惑っていると、いつもよりも低いトーンで語りかけてくる。
「これはどういう事?いくらなんでも、あんな態度はないよ」
壮一の言うことはもっとも。自分でも感じ悪いって言うのは分かってる。
だけど、まさか壮一と琴音ちゃんをくっつける妨げにならないようにあんな態度をとっていたなんて言えるはずがない。
「何でもないから。もう行くね」
そう言って教室に戻ろうとしたけど、逃がしてはくれなかった。
歩き出そうとした矢先、前に回り込んだ壮一は、横の壁にドンッと手をついて行く手を阻んできた。
(ええっ、これってもしかして、一時期大流行した壁ドン!?壮一ったら、やる相手が違うよ!)
これで相手が琴音ちゃんだったらさぞかし良い絵になっていただろう。残念ながらゲームあな恋でもそのような胸キュンシチュエーションはなかったけど。
て、そんな事を考えている場合じゃない。壮一はいつになく真剣な表情で、じっとアタシの目を見つめてくる。
「何でもないわけないだろ。だったらどうして、倉田さんを避けるのさ?」
「それは…」
「倉田さんのこと、嫌いになった?」
「違っ……」
咄嗟に否定しようとしたけど、壮一の迫力に押されて声が出てこない。
断じて嫌いになったわけでは無いのだけど、あんな態度をとってしまったのだ。その場しのぎの言い訳で取り繕うとしても、説得力はないだろう。
何も答えることができずに黙っていると、壮一は諦めたようにため息をつく。
「―———もういいよ」
それはまるで、見放されたような冷たい声。しかしショックを受ける間もなく、さらに続けてくる。
「少しは倉田さんの気持ちも考えて。今の旭とは、俺も話したくない」
「待って……」
慌てて手を伸ばすけど、背を向けた壮一はそのまま去って行き、指先は触れること無く虚しく空を切る。
一人取り残されたアタシは今起きた事が信じられず、ただ廊下に立ち尽くす。
壮一に嫌われてしまった。琴音ちゃんの事も、傷つけたかもしれない。
ただ二人がくっついてくれれば良いと思っただけなのに、どうしてこうなった?
まだ九月に入ったばかりだと言うのに、 まるで背筋が凍るように冷える。アタシはチャイムが鳴るまでの間、ただ呆然としているのだった。
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