第35話 劇を終えて 1

 どうにか無事に劇をやり遂げることが出来た。幕が下りて舞台裏に戻ったら、クラスの皆が称賛の言葉を述べてくれて。中々悪くない気分だった。

 ゴメンね皆、劇の途中にやる気をなくしちゃってて。午後の公演では始終気を抜かずにやるから。


 何はともあれ劇は上手くいったし、和風喫茶の宣伝もできたのだから、とりあえずは良しとしよう。

 皆と別れた後体育館を出たアタシは、廊下で待っていた空太と合流する。


「お疲れアサ姉。あれ、ソウ兄は?」

「御門さんのクラスの偵察に行ってくるって。和風喫茶の宣伝は出来たけど、相手の様子もちゃんと把握しておいた方が良いって。琴音ちゃんはもう教室に戻ったの?」

「ああ、交代の時間だってさ」

「そっか。励ましてくれたお礼を言いたかったんだけどなあ」


 まあそれは後でもできるだろう。だとすると今は、先に空太に言っておくべき事がある。


「アンタ、気づいてたよね。途中アタシが気のない演技をしていたって事。ありがとう、あの時ダメ出しされて無かったら、きっとあのまま続けちゃっていたわ」

「まったく。いくら琴音さんの事が失敗したからって、投げやりになること無いでしょ。あんなアサ姉らしくない気の抜けた劇をやっても、後悔するだけなんだからね」

「反省しています」


 本当に取り返しのつかない事をしてしまうところだった。仮にも旭様の代わりにこの世界にいるというのに、劇を大無しにしてしまったとなっては、申し訳ないじゃあ済まされない。


「ところでさあ。あの『シンデレラとカボチャの煮付け』、本当にアレがアサ姉がやらせたかった劇なの?ラブストーリーって聞いてたけど、9割がラブコメのコメの部分で出来てた気がするんだけど」

「一応王子様の方は恋に落ちていたでしょう。夜のお城での出会いや、手を引かれての逃亡といった胸キュンシチュエーションもちゃんとあったし」

「シンデレラの方は王子の気持ちに全く気付いていなかったけどね。最後これからの事を話したいって王子は言ったのに、お店のメニューの話だと勘違いするってどれだけ料理バカなの?」

「この話のシンデレラは呪われてるのかってくらいに鈍感だからね。王子様の気持ちに気付いてくっつく所までを描くとなると、文章にして44万文字はかかるかな」

「長っ!それまで王子の気持ちに気付きもしないの⁉鈍感すぎるでしょシンデレラ。アサ姉がそのシンデレラを演じたのはある意味正解だったよ」

「どういう意味よ?」


 それはアタシが鈍感だとでも言いたいのか?何て失礼な子だ。いや、そもそも。


「アタシが鈍感かどうかなんて分からないじゃない。そもそも誰かに好かれたことだって無いんだし」


 少なくとも経験すらない以上恋愛方面で鈍感かどうかは確かめようがない。まあ普通に考えてそこまで鈍いって事はないだろう。しかし空太は。


「ほら、やっぱり気付いてない」


 何やら切なそうな目をしている。いったい何を言いたいのだろう?

 そんな事を思っていると、廊下を歩いている数人の女子生徒が、こっちを見ながら何やら話しているのが聞こえてきた。


「見て、春乃宮さんよ。劇でシンデレラを演じていた」

「綺麗だったわよねえ。風見君と二人、ラブラブカップルって感じで羨ましかったなあ」


 どうやら彼女達は、先ほどの劇を見てくれていたようだ。しかし。


「壮一はともかく、アタシは別に綺麗ってわけでも無かったのにね」


 見た目で壮一と釣り合えたとはとても思えない。まあお世辞とはいえ綺麗だって言われたのはちょっぴり嬉しいけど。すると空太がおもむろに口を開いた。


「そうでもなかったよ。自分じゃ気付いていないみたいだけど、あの時のアサ姉、ソウ兄にも引けを取らないくらいに、ちゃんとしてた。きっとあの子達も本心から言ってるんだと思う」

「ええー、まさかー。ちょっとメイクしたくらいで、このモブ顔がどうにかなるわけ無いじゃん」

「多少地味でも、だからこそ化粧栄えする事だってあるよ。少なくとも俺は……その、綺麗だったと思うし」


 空太は照れたように、しかしハッキリと口にしてくれた。たまにこんな風な事を言ってくれるんだよねこの子は。


「ありがとう空太。そう言ってもらえて嬉しいよ。まあやっぱり壮一とは、琴音ちゃんとラブラブなカップルになってほしかったんだけどね」

「ブレないねえ、相変わらず。もっとも琴音さんがシンデレラを演じていたとしても、あれをラブラブと呼べたかどうかは分からないけど」


 まあそれはそうなんだけどね。

 そんな風に苦笑いを浮かべていると、ふと三つの人影がアタシ達に近づいてきた。ん、三つという事は……何だか嫌な予感。


「ずいぶんご機嫌のようですわね、春乃宮さん」


 前を向くと、そこには思った通り御門さんが、鳥さんと牧さんを引き連れて立っていた。

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