第1話 噂の森の奥に

 

 ーーすごい森だな。


目の前にある森を呆然と黒髪の少年は見つめていた。


 彼の特徴を強いて言うなら、頭の真ん中に生えているアホ毛。本人いわく、いくら髪の毛を整えても立ってしまうらしい。


 身長は日本人男子の平均より少し高いくらい。服装はフードのついたコートにジーンズという感じだ。


 現在、彼は高校の修学旅行で日本からイギリスに来ている。自由時間に悪友と観光名所を回っている最中だ。


「ヨーイチ、知ってるか? この森の奥に入った奴は二度と帰ってこれないって噂があるらしいぜ」

「なんだよ急に。またお前のありそうでない怪談話か?」


 この修学旅行の自由時間では1人1人が勝手な行動をしないようクジ引きでペアを作って行動する。要するに互いを監視しあうということだ。


 偶然、腐れ縁の悪友と同じペアになってしまった少年ーー徳重陽一とくしげよういちはまたかよと思いながらも悪友の言葉に耳を傾ける。


「いや。おまえって結構怪談話嫌いだろ? そういう人に怪談話してビビる反応を見るのが楽しいんじゃん」

「そりゃいい趣味なこった。だったらおまえが行って来いよ。お前が森で迷って信憑性倍増、それにスマホある時代で迷子になれる経験なんてほとんどないぞ?」


 ニヤニヤしながら陽一は皮肉をタップリこめて言い返した。


 こんな悪趣味な友人と二人一緒でも、班を作って大人数で自分だけ存在が浮いているという状況よりもずっと気が楽である。


 次に「迷子になるのはお前だろ、方向音痴」って笑いながら突っ込まれるだろうなと思っていたが、返ってきたその悪友からはーー


「いや、この話結構マジらしくてさ。俺の友達の間では話題になっててさ、人を何人も殺害した犯人とか、脱走した死刑囚とかが最後にこの森に逃げ込んで行方不明になったらしいぜ」


 結構笑えない話が返ってきた。陽一の顔が一気に青ざめた。話している最中の友人のマジな顔にかなり動揺している。


ーーなるほど、あいつも今回は冗談じゃないな。


「プッ……いや、何本気で信じてんの? 所詮ただの噂話だし最終的には迷ったやつも帰ってきたって話だぜ。やっぱヨーイチに話すと反応が面白いわ、お前素直だし」


 彼の悪友は引っかかったなアホウめ、とけらけら笑いながらこっちを指さして膝を叩く。

                  

 この時ばかりは、このいやな冗談を言った悪友をロープで縛ってこの森において行こうと本気で思った。


「あの人大丈夫かしら」

「急に笑い出したな。あの日本人気持ち悪い」


現地人が友人のことをヒソヒソとささやいていたので若干溜飲が下がった。


ーーざまぁみろ。


「あっやべ、集合時間前にトイレ行っとかねぇとな。担任の話長いからな〜。みんなの前で漏らしたら大変だ」

「いっそ漏らしちまえ。そして高校時代の黒歴史作っちまえ」


 彼の友人は逃げるようにその場を離れた。


「所詮ただの噂……か……」


 殺人鬼行方不明うんぬんの話は抜きにしても陽一はこの森には興味があった。


 イギリスに来る前に調べたネット画像でも、こういう不思議な雰囲気を持った森が存在するというのは前もって知っていたからだ。


 友人がトイレに行っている間、来た記念に少し森の中を散歩してみようと森の中に入った結果……



 見事、陽一は森の中で迷子になった。


 友人ではなく、「自分」がである。



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「まさか、あいつにあんなこと言っておいて俺が迷子になるとはな……」


 しばらく奥に進んで戻ってくる予定が、周りの景色に見とれているうちに意図したよりもだいぶ奥まで進んでしまったのだ。


 とはいっても彼もバカではないため、進んできた道を戻る努力はしたが……


「迷わないように目印をつけておいた木は他と同じような木に紛れてわかんないし、圏外で電話も使えない……この森、俺をいじめるために作ったの? ひどくない?」


 {持ち前の方向音痴+森の意地の悪い構造=絶対迷う}の方程式にどっぷりはまってしまい八方ふさがりだった。


 そうして歩いてしばらくしてーー

 

「なんだ……ココ?」


 彼がたどり着いたのは窓に鉄格子のはめられた巨大な洋館だった。

 

 

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