スパイの正体は

 振り返る。


 声から予想したとおりの顔がそこにあった。


「なんで、あんたなんだよ」


 予想通りだけど、それが許せなかった。


「何が『なんで』なの?」


 そいつ――ハルトさんの夢見の古川オバさんが、憎ったらしい顔でわたしを見てる。白のブラウスと黒のパンツで、わりとスタイリッシュだけど、その顔がダメダメだ。いつもよりさらに二割増しで歪んでる。


「ハルトさんの夢見やってるあんたが、なんで夢魔の味方の組織にいるのっていってんの!」


 たまりかねて怒鳴った。


「この人が、高峰さんの夢見なんだ……」


 隣できらちゃんがつぶやいた。

 うん、とは言えなかった。今は認めたくない。


「なんで、って、ハルトくんの夢見になったのは偶然よ。それより、あんたなんて偉そうな呼び方やめてくれる? 中坊のガキのくせに」


 むかっ。


「それじゃ、オバさん」


 きらちゃんが思いっきり噴いた。

 笑われたのも悔しかったんだろう、古川オバさんは一瞬で顔を真っ赤にさせた。


「誰がおばさんよっ!」

「中坊のガキからみたら二十代後半はオバさんだよ。丁寧に、さん付けしてあげてるじゃん。イヤならババァにしよっか」

「まだ後半じゃないわよシツレイね」

「えっ? そうだったんだ。ごめんなさいオバねぇさん。お肌がくすんじゃってるししわ寄っちゃってるからてっきりもっと上かと思ってたよ」


 眉間を指さして、にやぁって笑ってやった。


『愛良、お主、なかなかに辛辣だな』

「だってこの人、敵でしょ? 今まではハルトさんの夢見さんだからちょっとは遠慮して言いたいこと言わずにいてたんだけど、敵に遠慮なんていらないじゃない」


 わたしの返事にサロメは『むぅ』とうなってコメントしなかった。


「くっそ生意気なガキ。ねえ、さっさと殺しちゃってよ。逃げられないように結界張っとくからさ」


 オバさんがトラウマ狩人に言う。ほんとに、ちょっとなんでもない用事を頼むみたいな感じで。


 こいつ、ヤバいわ。

 人のこと簡単に、それも本気で、殺しちゃってとか言うヤツなんてろくなものじゃない。怖すぎる。


「殺すわけにいかないだろう。この子を連れ帰ることが“あの方”からの命令だ」


 トラウマ狩人がたしなめるような口調で言う。帽子のつばをちょいっと指でつまんでいじってるのは、命令に従う立派な自分ってのを演出してるみたいで、うへってなるけど。


「そんなの、捕まえようとしたら抵抗したから戦ってる時にやむなく、って言っておけばいいのよ。事故よ事故」


 よくも、そんなふうに命を軽んじる発言できるよね。


「あんた、ハルトさんの夢見してて、何も思わなかったの?」

「何を思うってのよ」

「ハルトさんは家族を夢魔に殺されてるんだよ。夢魔の味方しながら側にいて何も思わなかったの? 好きなんでしょ、ハルトさんのこと」


 わたしの質問に、ちょっときょとんとした後、古川オバさんは「は」と息をついた。すごいバカにした声と顔で。


「これだから子供は……。悔んだり罪悪感あるならスパイなんてやめてるわ。少々思うところがあったって、目的を曲げるほどのことじゃない。ハルトくんはかっこいいし強いし、好きってっちゃ好きだけど、暁の夢に来てくれたらなぁ、ぐらいにしか思ってないわ。恋愛感情で釣って連れてくって手も考えてたけど、あんたみたいな面倒なジャマが入ったし、計画変更よ」


 オバさんは、ふふん、って感じで腰に両手を当ててエラソーにしてる。


「目的って何? 人の命より大事な目的って」

「決まってるじゃない。金よ。世の中、お金がないとどうにもならないことばかりなの。あんたみたいなチビガキには理解できないでしょうけどねぇ」

「大きな権力には必ず財力が絡んでいるからな」


 トラウマ狩人が話に乗っかった。

 二人して、できる大人を気取ってるみたいだけど、ばかばかしい。


「それって、ただ働きで人を助けるより、お金もらって人殺しする方がいい、ってことだね」


 きらちゃんが大人達を睨んでる。


「端的に言ってしまえばそうねぇ。研究職って大変なのよ。特に夢の研究なんて、成果を見せるのが難しいから実績を証明しづらくて、そのせいで研究費なかなか降りないのよね。参考資料自腹でそろえるなんて当たり前だし、他にも申請できない出費とかあるし」

「は? 夢が実証しにくいなんて子供でも判るよ。そんな覚悟もしないで研究者になったんかぃ」


 あっちの方が子供だよねー、ときらちゃんと一緒に笑う。


「うるさいわねっ。想像してたよりもっともっとひどかったのよっ」


 まぁそういうことにしておこう。


「それよりもっと大事なことがあるよ。オバさん、矛盾してる」

「何がよ」

「夢の研究のために、夢で悪いことする人達に協力するなんて。じゃあどうして研究してんのよ。まさか夢の世界を乗っ取ってそこから人間を支配する、なんて言わないよね?」

「おぉ、まさにその通り」


 応えたのはトラウマ狩人だ。


「それこそが我らが崇高なる願い。いや、達成せねばならぬ儀なのだ」


 オーバーアクションで帽子のつばに手をやってかぶりなおしてる。悦に入っちゃってる。

 あぁ、やっぱりかわいそうな中二病患者だった。

 思わずきらちゃんと顔を見合わせた。きらちゃんは半笑いだ。多分わたしもそうなんだろう。


「わたしは、なにもそこまで思ってないわ。あのうっとうしい遠野を失脚させたいだけ。そうすればもうちょっと研究もやりやすくなるはずだし」


 オバさんはそこまで重症じゃなかったか。


 それにしても、遠野、ってダンディさんだよね。そういえば大学の教授? 准教授? なんかその辺りだよね?


「遠野さんって研究邪魔してるの? 偉い先生じゃなかった?」

「偉いは偉いけれど、堅物だし人の話聞かないで余計な話するし、それがやたら長いし。あの人が余計なことをいうから研究費だって削られてるって噂まであるし――」


 あぁ、オバさんの愚痴大会が始まってしまった! すごい勢いでとどまるところを知らない。

 でも、ごめん、ダンディさんの余計な話が長いのは納得してしまった。


「あぁ、あの話の長いインテリおじさんかぁ」


 きらちゃんまで納得してる。


「ほらごらんなさい。遠野はいちゃいけない人なのよ」

「だからって、全然関係ない他の人を殺す組織に協力していいって話にはならないでしょ」


 調子づく古川オバさんにぴしゃっと言ってやった。


「あーあ、これだから理想だけ掲げる子供は……。もういいわ、“トラウム・イエーガー”、そいつ、やっちゃってよ」


 結局、そこに戻るんだね。わたしもオバさんのこと嫌いだけど、あっちも相当わたしを嫌ってるっぽいし。


「……そうだな。殺しはしないが、連れ帰るには無力化するしかなさそうなのは理解した」


 話が通じないってことだね。そりゃそうだよ。あんたらの話なんて全っ然、納得できないんだから。


「わたしだってあんたぐらい倒せないと、あの青の夢魔に勝てっこないし、やってやろうじゃない」


 サロメを真正面で構えた。


「愛良ちゃん、大丈夫? そいつバカっぽいけど強いのは確かだよね。バカっぽいけど」


 大事なので二度言った? きらちゃんが何気にトラウマ狩人をディスってる。

 ちょっと笑って、顔をオバさん達に向ける。


「大丈夫。わたし達を信じて」

『うむ。問題ない』


 そう、わたしとサロメと、わたしの急ごしらえの作戦に乗ってくれてる冴羽くんを信じて。

 きらちゃんは、ぱぁっと笑顔になってうなずいた。


「ふん、子供ごときになめられたものだな。いいだろう。私の力を存分に味わわせてやる」


 トラウマ狩人が剣を抜いた。

 レイピアみたいな細身の西洋剣だ。ほのかに暗いオーラを放ってるように見える。


「驚いたか? これがわが魔器、シャープネス・オブ・ダークだ」


 ドヤァっと言い出しかねない勢いだけどやっぱりネーミングがやすっぽい。


「ふん。こっちは五百年もの長い間、魔器として激戦を潜り抜けてきた魔器なんだからね」


 とんでもないアホっぽいトラブルで力が激減してた時期が半分近いけどさ。

 なんて考えたら頭の中にサロメの苦笑いが聞こえた。


「さぁ、行くよっ。きらちゃんは巻き込まれないよう離れててね。ついでにオバさんも」


 たんっ、と軽く地を蹴って、トラウマ狩人に迫った。

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